大型合併はなぜ失敗するのか?
成功の王道はビジネスの基本ルールに立ち返ること
<Steve Rosenbush (BusinessWeek.comシニアライター、ニューヨーク)
米国時間2007年10月4日更新 「When Big Deals Go Bad and Why」
ビジネスを大成功させるのは、産業構造を丸ごと変えてしまうほどの情熱と理想を持った大胆なリーダーである。米マイクロソフト(MSFT)、米バークシャー・ハザウェイ(BRKB)、米サウスウエスト航空(LUV)などがいい例だ。
残念ながら、そうした偉大なビジョンは、M&A(企業買収・合併)には裏目に出ることの方が多い。なにしろ数十億ドル規模の取引が、個人的な人間関係や自己満足、業界を大転換させるためのあまりにも壮大な計画、そして、合併後は業績が飛躍的に高まるという思い込みによって進められるのだ。手数料目当ての銀行や弁護士が契約成立まではすべてを円滑に運んでしまうから厄介だ。
大型合併の残骸がごろごろ
このところ、失敗した合併の残骸が目につく。10月4日、独ダイムラークライスラー(DAI)の株主は、社名をダイムラーへ変更することを承認するだろう。これで、400億ドルを投じながら大失敗に終わった1998年のクライスラー買収の最後の痕跡が消えることになる。
今後もクライスラー株の19.9%を保有し続けるものの、ダイムラーの株主は、一連の出来事を早く忘れたいに違いない。思い起こせば、合併を巡る訴訟、ヒットモデルの不足、米国とドイツの企業文化や経営手法の違い、深刻な経営不振など、問題だらけだった。今年5月、ダイムラーはクライスラー部門をわずか60億ドルで米大手投資ファンドのサーベラス・キャピタル・マネジメントに売却することに合意した(BusinessWeek.comの記事を参照:2007年5月14日「Daimler Gives Chrysler to Cerberus」)。
10月1日、米大手オークション・サイトのイーベイ(EBAY)は2005年に買収したスカイプ・テクノロジーズについて、26億ドルという買収額は高すぎたことを認めた。イーベイは14億ドルの減損処理を行い、スカイプの共同創設者であるニクラス・ゼンストローム氏とヤヌス・フリス氏はイーベイを去った(BusinessWeek.comの記事を参照:2007年 10月1日“The Tech Beat”、BusinessWeekチャンネルの記事を参照:2007年10月16日「イーベイ、スカイプバブルに泣く」)。
米メディア大手タイム・ワーナー(TWX)と米AOLとの合併も完全な失敗だったが、それから何年も経ったというのに、まだ合併を成功させるための努力は続けられている。最近では、AOLを広告事業に特化させ、本社をバージニア州からマンハッタンに移転させた。「AOLを手放すつもりはない」と、タイム・ワーナーのリチャード・パーソンズ会長は言い切る。広告の主戦場がオンラインへと移行しつつある中、インターネット企業のAOLに見切りをつける意味はないと考えているからだ。
恐怖、絶望、過信がもたらす失敗
そもそもこうした企業合併はどういった経緯でまとまるのか。いずれの場合も、思い切って大きな賭けに出たのは明らかだ。ちょうどチップが残り少なくなって焦ったラスベガスのギャンブラーが一発勝負に出るように。
失敗に終わる合併は、恐怖や絶望から生み出されることが多い。例えば、ライバル企業(あるいはライバルになりそうな企業)が新市場を作り出したり、既存の市場に参戦してきたりすれば、こちらも受けて立たなければならない。合併後の展望や組織統合について、経営陣が過剰な自信を持っていることもある。
また、買収自体は戦略的に意味があっても、買収価格が評価額を大きく上回っていることもある。
もちろん大きな見返りが得られた大型合併もある。その最たるものが1965年のペプシコーラとフリトレーの合併で生まれた米清涼飲料大手のペプシコ(PEP)(本社・ニューヨーク州パーチェス)だ。合併から数十年で、それぞれ年商1億ドル超の15以上のブランドを要する巨大コングロマリットに成長した。
2005年7月、ルパート・マードック氏率いる米ニューズ・コーポレーション(NWS)がSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)の米マイスペースを5億8000万ドルで買収した時、マードック氏の判断を疑問視する声は多かった。
ところが、現在アナリストの試算では、マイスペースの資産価値は約100億ドルにも膨れ上がった。株式の5%の売却を検討中と報じられているライバルの米フェースブックの予想評価額とほぼ同額だ(BusinessWeek.comの記事を参照:2007年9月25日「Facebook: $10 Billion Social Network?」)。2年経って、マードック氏が極めて安い買い物をしたことを否定する者はいない。
失敗する合併に多いのは、「ゲームのルールを変える」とか「大きな転換となる」といった宣伝文句とともに、鳴り物入りで船出するケースだ。いずれの場合も、買収する側はプロが経営し取締役会が監視する大手企業だ。買収対象の企業についてはアナリストが徹底的に調べ上げ、顧問が入念に吟味し、最後に機関投資家を含む株主が承認する。
これだけの予防措置を講じてもなお、タイム・ワーナーやイーベイ、ダイムラーの失敗を未然に防ぐことができなかった。失敗がこれほど定期的に起こるのはなぜなのだろうか。
成功の秘訣は会社を“少しだけ変える”こと
M&Aが失敗するのは、本来なら経営状態が良好な会社が、気まぐれや情緒的行動によって常軌を逸してしまうからだ。ハイテクや通信部門で合併失敗が多発するのは、技術革新や規制の変化が恐れや不安を引き起こし、企業幹部を誤った決断へと走らせるためであることが多い。AOLタイム・ワーナーはそうした失敗例の1つである。傲慢、羨望、抑制の利かない野心──。こうしたものが、しばしばまずい決断を招く。
「M&Aでは心理面が大きく関係する。すべてとは言わないが、かなり大きな部分を占める」
そう指摘するのはハル・リッチ氏。米M&A顧問会社セージェント・アドバイザーズの共同CEO(最高経営責任者)で、米シティグループ(C)、クレディ・スイス米国支社、スイスの金融大手クレディ・スイス・グループ(CS)傘下の投資銀行ドナルドソン・ラフキン・アンド・ジェンレットでM&A部門の共同部門長を歴任した。
失敗の原因を解明するためには、合併を成功に導くものは何かを理解することが重要だ。米ネットワーク機器大手のシスコシステムズ(CSCO)のようにM&Aで確固たる実績を上げてきた企業は、M&Aが事業活動の中にがっちりと組み込まれている。買収対象の選定や合併後の事業統合は、秩序だったプロセスで進められる。収益の増大や全く異なる事業への参入を目的とした買収はしない。
「我々は、規模がやたらと大型の合併や会社を激変させてしまうような合併は好まない」と、シスコの法人向け事業開発担当副社長ネッド・フーパー氏は言う(BusinessWeek.comの記事を参照:2007年4月9日「Man on the Hot Seat at Cisco」)。
「M&Aが一番うまくいくのは、通常の業務プロセスの一環として行い、既存事業を強化したり、得意分野を少し拡大するような場合である。目的は目先の収益ではなく、将来性の高い新技術の獲得や新たな成長分野を開拓するための市場の変化に対応することにある」(フーパー氏)
シスコなど買収側企業にとって、投資銀行などに影響されずに単独で動けるのは強みだ。フーパー氏はシスコの事業開発業務の一環としてM&Aグループを統括し、チームで買収案を検討している。
合併によって一足飛びに新天地を目指すのは危険
経営陣が事業の根幹に関わる問題をM&Aによって解決しようとして、失敗に至るケースも多い。例えば、規制強化や技術面で脅威にさらされている場合だ。米AT&T(T)やドラッグストア・チェーンの旧・米レブコといった企業は、買収によって低迷する市場を抜け出し、新たな事業領域に移行することを狙った例である。
AT&Tの場合、瀕死の固定電話事業から、将来性の高いブロードバンドインターネットとケーブル事業に移行しようとした。だが、M&Aはそうした目的には向かなかった。ところが、何年も後に米ベライゾン・コミュニケーションが、あくまで通信事業を基盤とし、時間とカネをかけることによってケーブルとブロードバンドへの事業拡大に成功した(BusinessWeek.comの記事を参照:2007年10月1日「Verizon's Big TV Bet Pays Off」)。
レブコは製薬事業からの脱却を目指して1983年にディスカウント会社オッドロッツを買収したが、10年で破綻に追い込まれた。
米玩具大手のマテル(MAT)も、AT&Tと同じく新技術に対応する手段としてM&Aを利用し、倒産の一歩手前まで行った。数十億ドルを投じてソフトウエアとゲーム開発の米ザ・ラーニングカンパニーを買収したものの、投資額に見合わない業績不振が続き、前CEOジル・バラッド氏が更迭された。
本当に意味のある買収なのか?
「時代は変わった。もう、これまでのビジネスの常識は通用しない」――。経営者のそんな思い込みがM&Aの失敗を招くことも多い。
「優れた買い手は、常に本当に意味のある買収の機会をうかがっている。その瞬間に、市場が上向きか下向きかというようなことには左右されない」とリッチ氏は言う。こうした人物像が“オマハの賢人”と呼ばれるウォーレン・バフェット氏を思い起こさせるのも決して偶然ではない。
だからといって、M&Aの対象が必ずしも黒字企業である必要はない。シスコは黒字に転じたことのない新興企業でも、しっかりした事業計画さえ持っていればたびたび買収している。
こうした買い手は、買収対象企業と文化的に合うか、統合がうまくいくかどうかにも細心の注意を払っている。今に至るまで、AOLとタイム・ワーナーの社員の間には、企業文化の深い溝がある。それが事業の成功を阻害していると、業界関係者は言う。
大規模で、野心的で、業界の勢力図を塗り替えるような合併ほど、失敗のリスクが高い。「業界再編の先駆け」などともてはやされた合併ほど、問題を抱えた企業を倒産寸前に追い込むだけに終わることが多いのだ。
(記憶に新しい最悪のM&Aを
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