「死亡届」ためらう父…11日で1年
毎日新聞 2012年3月10日
東日本大震災の直後から、殺到する仕事に追われた被災自治体の職員。自分の家族も津波にのまれたが捜す時間が取れず、1年がたとうとしているのに「死亡届」を出す気持ちになれない人たちがいる。
◇すっと一緒だよ、祐太…
村上知幸さん(41)陸前高田市職員
幼い小学生が登校する姿を見るたび、津波にのまれた次男祐太君(当時6歳)と重ね合わせてしまう。
小学校入学の目前だった。
死亡届を出すことは「祐太をあきらめること」に思えてならない。
震災で1700人以上の犠牲者が出た岩手県陸前高田市。
村上さんは市役所の広報担当として市民や報道陣の対応に忙殺された。
「わが子を捜しに行きたい」という気持ちを抑え込んできた。
黒い津波が市庁舎を襲う直前、村上さんたちは屋上へ避難した。
長男大介君(12)が通う小学校の校舎は見えたが、祐太君が通う保育所や自宅付近は水没していた。
市職員や住民計124人が4階で一夜を過ごした。
水が引いた翌朝、村上さんは高台にある妻真奈美さん(39)の実家へ向かった。
真奈美さんと大介君が出迎えたが、祐太君と母幸子さん(当時62歳)の姿がない。
「なんでだよ」。玄関で泣き崩れた。
幸子さんは保育所へ祐太君を迎えに行っていた。
それでもすぐぬれた服を着替え、招集指示を受けた避難所へ急いだ。
家族が行方不明の市職員はたくさんいた。
「つらいのは自分だけじゃなかった」
幸子さんの遺体は昨年4月上旬、自宅から約2キロ離れた所で発見された。
祐太君は見つからないまま、8月5日の誕生日を迎えた。
村上さん夫妻はケーキを買って祝った。
あの日から1年。
村上さんは更地となった自宅跡を眺めて言う。
「私たちも死を受け入れたい。そのために骨一つでもいいから、戻ってほしい」
大好きなウルトラマンの仮面をかぶり、お父さんの携帯電話の写真に納まっている祐太君。
今も、自宅跡の住所で住民登録されている。
【沢田勇】
◇「たった一枚の紙では……」
阿部忠幸さん(41)女川町職員
「人の命が終わるということは、とてつもないこと。証拠もないのに一枚の紙で終わらせることはできない」。
かみしめるように話す。
宮城県女川町で計10年ほど火葬場を担当。
死を見つめてきたが故に、行方不明の母美恵子さん(72)の死亡届を出せずにいる。
あの日。
津波を知らせる放送で庁舎屋上に避難すると、自宅付近が津波にのみこまれる様子が見えた。
日中は家に一人でいることが多かった美恵子さん。
不安がこみ上げた。
震災後に仕事は急増したが、合間をぬって避難者リストをながめた。
震災の約10日後、訪れた家は跡形もなく、母が持ち歩いていたバッグを持って帰った。
4月に火葬場が再開し、忙しさはピークに達した。
約2カ月間で、普段の2年分以上の数になる241体が運ばれてきた。
小さなひつぎ。
しがみついて泣き崩れる家族。
何度、もらい泣きしただろう。
仮設住宅にいると、母への思いがこみ上げる。
「耳が遠かったのに津波警報は聞こえたのか」
「旅行くらい連れていけばよかった」……。
春までに区切りをつけるつもりでいるが、なかなか踏ん切りがつかない。
「写真一枚すらないのに、死んだとは思えない。『どこいってたんだ? なんで連絡くれなかったんだ?』って、顔を見ながら話す日が来る気がして」
【石山絵歩】
◇「復興は大切。
でも沢山の命忘れないで」
…名取の中学、遺族がメッセージ
<死んだら終りですか?>
津波で生徒14人が犠牲になった宮城県名取市立閖上(ゆりあげ)中学校。
14人の名を刻んだ慰霊碑の除幕式が11日にあるが、周囲に並ぶ六つの机にメッセージが手書きされている。
書いたのは亡くなった丹野公太さん(当時1年生、13歳)の母祐子さん(43)。
昨年9月、校内に残っていた机を外に並べた際、犠牲者の名前とともに
<津波は忘れても14人を忘れないでいてほしい。いつも一緒だよ>
などと記した。
机に花やジュースなどが集まり始めた。
「読んでくれている人がいる」と感じた祐子さんは、土地のかさ上げなど復興の話が先行することを疑問に思い、メッセージを追加していったという。
<街の復興はとても大切な事です。
でも沢山の人達の命が
今もここにある事を
忘れないでほしい>
【大場あい】
毎日新聞 2012年3月10日
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