「無題」 (十七)―⑩

2013-07-26 05:31:21 | 小説「無題」 (十六) ― (二十)

              「無題」

              (十七)―⑩



 翌朝、わたしは結局酔い潰れて帰れなかったバロックと一緒に朝

湯に浸かってから朝食をとり、そしてガカの車に乗って宿を後にし

た。わたしは後部座席から助手席のバロックに、

「これから大変ですね、風評被害」

と言うと、

「まあ、原発事故がどうなるかですね。たぶん農場はあかんけど、

発電機の問い合わせは増えてるんですよ」

「じゃあ、営業部長に復帰するんですか」

「いや、もうそっちはもっと詳しい人が居ますからね。これからは

始まったばかりの都市緑化に取り組もうと思ってます」

「都市緑化というと緑のカーテンみたいなものですか?」

「ええ、ほらあそこ見て下さい」

そう言ってバロックは前方の山の頂きを指差した。わたしは背もた

れの間から身を乗り出して彼が差す方を見た。

「あれ、いったい何ですか?」

「ツリーハウスです」

「でも、ずいぶん高い所にありますね」

「ええ、スカイツリーハウスって呼んでます」

「うまいですね、それにしてもすごい蔓が絡んでますね」

それは山の頂きの巨木に設えたツリーハウスだったが、地面から生

えた葛(くず)の蔓が巨木を伝わってツリーハウスまで、さながら木に

飾られたイルミネーションの導線のように伸びていた。

「すごいでしょ。葉が茂るとまるでクリスマスツリーのようになり

ます」

「あっ、あれを緑のカーテンに使うつもりですか」

「ええ、まだ研究の段階ですが」

「どのくらいまで伸びるんですか?」

「まあ10メートルは軽く越えますから、普通のビルなら3階くら

いは楽に超えるでしょ」

「そんなに」

「それどころじゃないですよ、蔓から根が出ますから養分さえ与え

て継いでいけば際限なく伸びます」

「際限なく?」

「ええ、たぶん100メートルでも200メートルでも伸ばせます。

ただ、繁茂力が強すぎて木を枯らしちゃうんですよ、だから悪者扱

いされてますが、根からは葛粉が取れますし薬にも使われてます」

「ああ、葛根湯ですよね」

「ええ」

「それに蔓でカゴを編むこともできるし、ロープのようにして使う

こともできる」

「昔から吊り橋に使われていましたね」

「もっと言うと葉は家畜が好む餌だし、繊維だって取れる。そ

れに、何しろ資源は邪魔になるなるほどある」

バロックは眼を輝かせて葛の可能性を熱く語った。そして、

「こんな役に立つもんなんで使えへんねんやろ?」

と言い、かつて重宝した葛が野放しで厄介者扱いされてい

ることに今の時代の自然忌避が見て取れると語った。




                                 (つづく)