「生まれ出づる歓び」
(九)
佐藤の要請を受けて故人の音声を再生させた会話アプリの開発がスター
トした。すでにAIを使った会話アプリは実用化されていたが、われわれ
の企画の成功は一に故人の声の再生にかかっていた。佐藤がプレゼンする
第一回目の打ち合わせはわが社の音声技術部の技術室で行われることにな
っていた。その佐藤は約束の時間ギリギリになって来社した。おれは担当
の野口にデンワでその旨を伝えてから佐藤を迎えに行った。佐藤は地味な
ブルゾンにパンツというラフな格好だった。そう言えば、これまで彼のス
ーツ姿を見た覚えがなかった。シリコンバレーから始まったIT起業家た
ちのファッションに拘らないライフスタイルは、この国の業界でも一応の
市民権を得ていた。佐藤は、
「お前の会社に入るのは初めてだよ」
「あっ、そうだっけ」
そう言やあ俺たちはもっぱら居酒屋で酒を酌み交わすばかりで、一緒に仕
事をするのはこの日が初めてだった。
(つづく)