ハイデガーは、人間を「世界内存在」と呼んだが、「世界内存在」とは、
たとえば金魚鉢(globe )の中の金魚は、金魚鉢の外にも世界が広がっている
ことを知ったとしても、金魚鉢を飛び出して外の世界で生きて行くことは
できない。つまり金魚鉢の中の金魚はもちろん人間が手を加えなければなら
ないが、存在のすべてを金魚鉢に依存する
「金魚鉢ー内ー存在」ということになる。同様に、我々人間もまた地球
(globe)を飛び出して宇宙へ出て行こうとするが、しかし生存を地球環境に
依存する人間は、宇宙を地球化することによって成し遂げようとする。
しかし、いかに宇宙を地球化したとしても、人間とは「地球環境ー内ー
存在」であることに何ら変わりはない。つまり、ただ金魚鉢を大きくしただ
のことである。
同じ「世界ー内ー存在」であっても人間と金魚とでは世界との関わ
り方はまったく異なる。金魚の活動はすべて自然に還元される「自然
ー内ー活動」であるが、ところが、人間は高度な製作技術を獲得して、
自然を資料・材料にして人間中心主義の世界を新たに構築しようとする。
しかし、人間の手によって作られた製品は自然循環から取り残されて再生
されることはない。そればかりか、それらの技術から発生する膨大な量の地
球温暖化物質やそもそも自然界にはそんざいしないプラスチックゴミは、生
成の世界を破壊する。しかし、生成としての世界は、たとえば生物が泄した
糞尿は無数の微生物によって分解され、再び生物が摂取する養分へと生まれ
変わり、永劫回帰の循環を終わることなく繰り返す。しかし、われわれが作
る製品は非生成であって生成循環へ回帰しない。
つまり、我々が人間中心主義人間の下で作り出す製品は再び生成循環へ
回帰することはない。われわれが作るモノは生成には
そぐわないのだ。こうして、魚鉢の中に排泄された金魚の糞尿は、微生物に
よる分解が始まる前に金魚鉢全体が微生物の増殖に侵され再び金魚の養分
に回帰することはない。科学技術から作られた製品は永劫回帰する生成の世
界を妨げる。
(つづく)