(四十四)
「一週間も聴かされたら飽きてくるね。」
「大丈夫や、二週間目からは馴れてくるよって。」
彼女のCDがどれ程の売り上げを記録しているのか知らないが、
学校の周りでは耳にしない日が無いほど、息を吸えば空気と一
緒に彼女の歌が身体の中に入ってきた。私はバロックに聞いた、
「馴れてくるって?」
「気にならんように為る。」
「それも可哀想だよね。」
事実、彼女の歌が流れていても、それに気付かずに商店街を通り
過ぎることが多くなった。
「人には許容できる量ちゅうもんがあるんや、それを超えたら、
ただウザいだけや。」
「それって絵画と同じかもしれんね?」
「そうっ、あれや、一瞥主義!」
「はいはい。でも、一週間は短いよね。」
「大丈夫や、またすぐに忘れてくれるから。」
「やっぱり良いって為るのかな?」
「ああ、良いもんはな。たとえばコンサートで散々聴き飽きた曲
でも皆なと一緒ならノレるやん。あれって音楽云々よりも聴く者
の状況の変化が聴き飽きたことを忘れさせるんや。」
「ライブってそうかもしれん。」
「だいたいやな、人間には自分の感動を人に伝えたいという共感
の欲求があるもんなんや。音楽なんか共感から生まれたんやから
。」
「それじゃあ、音楽は貧富の格差を超えて共感することができる
のかな?」
「出来ると思う。」
「たとえば?」
「・・・。」
彼はしばらく考えていたが思い浮かばなかった。
「バロックって一番好きな曲って何?」
「シューベルト。」
「えっ!シューベルト!」
てっきり70年代のミュージシャンが出てくると思っていたの
でびっくりした。
「死んでから見つかった曲があるんや。」
「クラッシック?」
「うん、彼は才能は認められていたけど、音楽家としては恵
まれないで病気で早よう死んだんや。ただ最後は、命懸け
でシンフォニーを創ったけれど、それは彼が生きてるうちに
聴くことが出来けへんかったんや。その無念さを思うと、」
彼は、すこし間を措いてまた話し始めた、
「作曲家が自分の創った曲を聴くことが出来ないで死ぬこ
とほど、悔しいことは・・・」
急に、バロックは話すのを止めた。彼は泣いていた、目から涙が
溢れていた。私は驚いたが、彼自身も込み上げてくる感情に不意
を突かれたのだろう。しばらく感情が静まるまで何も言えなかっ
た。
「ごめん、俺、シューベルトのことを考えると可哀想で、泣けて
くるんや。」
私は何も言えず、ただ彼の知らなかった純真さに驚いた。
(つづく)
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます