(十八)
「みんなが受験で休みだしたらお前は毎日学校へ来るんやな」
北森さんに毎日登校するようになったことを揶揄(からか)われた。
「来んでも卒業させてくれるんやったら来(け)えへんで」
父兄始め卒業生や教師達にとって目障りなおれは、その頃、福沢
諭吉に共感して「反儒教革命」というビラを作って部室の前に誰で
も取れるように紐を通してぶら下げていたが、それが問題になって
校内の風紀が乱れるとの理由で、おれだけでなく軽音楽部まで槍玉
に挙げられた。そのビラには、
「敬語を棄てよう!」
「序列に諂(へつら)うな!」
と銘打って福沢諭吉の言葉を紹介した。ビラは瞬く間に紐だけを残
して無くなった。それでもおれ達は風紀が乱れるなんて思ってもいな
かったが、というのは部活内では以前から敬語なんて使っていなか
ったし、それでも何の問題もなかった。ただ、顧問の女教師は泡を食
って部員を集め緊急の部会を開いた。早速、女教師の清水さんは
誰かに言い含められたように、目上の者や教師に対してきちんと敬
語や礼儀を正しましょうと言った。すぐにおれが口を挟んだ、
「教師が学生に対して敬語を使うならおれ達だってそうするけど、
乱暴な言葉使いはどっちかと言うと教師の方がひどいやないか」
そう言うと一部から拍手が起った。
「だってあなた達は生徒でしょう!」
「だから何なんですか?それがおかしいっていってるんですよ」
「でも教師が生徒に敬語を使う方がおかしいでしょ」
「だから敬語を使うのはやめようと言ってるんや。おれはそういう
封建的な序列意識を改めようと、これはなあ、あなた、革命なんや、
文化革命なんや」
「そんなことはこの中だけにしなさい。学校中に広めないで下さい」
「それでもクラブの皆は賛同してくれたんや」
ここで大きな拍手が起った。
「それで一体何が変わるというの」
「身分や年齢や性別による言葉の差別がなくなる」
「そんなの嘘よ!なくなる訳ないわよ。」
するとシカゴが口を挟んだ、
「なんや、先生も結局差別があることは認めてるんや」
そこでおれがビラに書いてある憲法第14条を読んだ。
「すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会
的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、
差別されない。」「ほらっ。おれはただ、下の者だけに敬語を強いる
のはやめようと言ってるだけなんや」
「そんなこと学校が認めるわけないでしょ!」
「認めてくれなんて言ってない、ただ、おれ達が使わんだけや」
「そんなことすれば社会に出て困るのはあなた達よ!」
「その考え方が間違っているんや。それじゃあ社会というのは間違
っていると思っても、困りたくないから黙って従ってるんですか?」
教師の清水さんはそれ以上は何も言わなかった。そして、
「わかりました。わたしはもうあなた達を指導することが出来ませ
んので、今日でこのクラブの顧問を辞めます」
そう言って全くこっちを見ずに出て行こうとした。
「先生!待って!」
咄嗟に「先生」という言葉がでてしまった。彼女はドアの寸前で立
ち止まっておれを睨んだ。
「あなたが辞めるのはどう考えてもおかしい。相談もせずに勝手
な運動をしたおれに責任があるんやから、辞めなあかんのは自
分の方です。それに三年生はもう部活をやめる時期やし、この際、
自分がやめます」
実際、一週間後には三年生を送る部会が予定されていた。そして、
「どうか清水さんにはこれからも顧問として残ってもらいたい」
そう言うと皆が一斉に拍手した。おれは信念を捨てて何度も「先生」
という言葉を使って慰留した。すると彼女も渋々ながら考えを翻し
てくれた。その後、女部長が提案して急遽、三年生の送別会をする
ことになった。おれは皆に迷惑を掛けたことを謝って、部長を選ぶ
投票が行われ、女生徒からの圧倒的な支持を得て一年生のシカゴ
が選ばれた。何度も言うがおれ達は学年による分け隔てが無く誰も
がタメで話し合えた。シカゴは堂々と新部長としての抱負を開陳した。
そして清水さんも顧問として、アンちゃんの悲しい出来事に触れた。
「わたしの力不足であなた達を守ってやれなかったことを本当に申
し訳ないと思っています」
そう言って泣き出した。我々の誰もがアンちゃんのことは心の奥底
にしまっていたのだ。思い出した女生徒の多くが連られて泣き出し
た。
「これからはもっとあなた達の相談にのれる顧問になります」
全員が湿った拍手を送った。そして今までどおり一二年生が歌う校
歌に送られて三年生が部室を後にした。
おれの「反儒教革命」は、おれが部活を辞める事で軽音楽部とし
ての責任を取った形になった。部活内では敬語を排して分け隔てな
く活動していたが、おれはアンちゃんからそれを引き継いで校内に
まで広げようとしたが上手くいかなかった。元々、こうなるだろう
とは予測していた。そしてその時は辞めようとも決めていた。飽く
までもクラブ活動は学校内活動で、学校が認めない限り好き勝手に
出来るわけがなかった。しかし、そんなことを言えば、会社内であ
れ、地域内であれ、それこそ日本国内でも、序列の下の者は異見が
あってもただ黙って命令に従うしかないのだろうか。社員は経営者
に異見を述べてはいけないのだろうか。実際この国ではそうなのだ。
「分を弁えろ!」
そういう封建的な序列秩序こそが、客人のような若者の無関心を蔓
延らせ、独立不羈の志を萎えさせてきたのだ。敢えて言えば、数多
の企業で行われている行動や計画は、ほとんどの若者は命令される
から「仕方なく」取り組んでいるに過ぎない。命じられた成果を残
すことだけに齷齪(あくせく)し本来の意義や展開など知る由もない。
権力に諂い無力の者を嘲ていれば自分の立場が保てる。誰も「独立
不羈」の精神など養ってこなかった。しかし時代はひっくり返った。
若者を客人として迎えてくれる社会など無くなったのだ。卒業生の
多くは企業からの求人が集まらず、仕方なく失業対策の為の専門学
校へ掃きだされようとしていた。
その後、マスメディアはおれ達バブル崩壊後に社会に出た世代を
「ロストジェネレーション」と呼んだ。元来それは第一次大戦後の
喪失感による厭世的で自堕落な世代を、主にアメリカの作家たちが
作品に描いてそこから生まれた言葉である。ヘミングウェイはそれ
を代表する作家だ。ただ、かつての「ロストジェネレーション」が
戦後の喪失感であったのに対して、我々の「ロスジェネ」はこれか
ら始まる戦争「前夜」の喪失感でないことを願うばかりだ。いや、
「ロスジェネ」世代は戦争アリなのかもしれない。戦争って一瞬で
閉塞状況をぶっ飛ばしてくれそうだし、そうでなきゃ一瞬で自分を
ぶっ飛ばしてくれる。おれもこうなったら「ロスジェネ」作家を目
指して小説でも書こうかな。「日はもう昇らない」とか、或は「武
器を取れ!」とか。
(つづく)