「バロックのパソ街!」 (十三)

2013-01-21 02:49:37 | 「バロックのパソ街!」(十一)―(十五)



                   (十三)




 日曜日にシカゴを誘って城天で路上ライブをやった。彼はどうし

ても始めにビートルズの「Why Don't We Do It In The Road?」

を演るべきだと練習の時から言っていた。

(知らない人はこちら)
http://youtu.be/KM02WcvlKn0

確かにオープニングには持って来いだと思った。それにアメリカ帰

りのシカゴだもん、今日の主役は彼に違いなかった。彼の言う通り

にさせてやった。二人は白のТ―シャツにジーンズ、デッキシューズ

とステージ衣装も揃えた。彼は一年生のくせに170センチ弱のおれ

よりも背が高かった。

「あっちじゃ低い方だった」

「おれ、アメリカには絶対行かん!」

日本人のアメリカへの憧れの度合いは、背の高さに比例しているん

じゃないかとフト思った。確かにアンちゃんも背が高かった。シカ

ゴはサングラスも一緒に揃って掛けよう言ったが、それだけは絶対

嫌だと反対した。おれはサングラスを10分と鼻スジで支えたこと

がなかった。家族で海水浴に行った時、ずり落ちるサングラスを辛

うじて鼻翼で止めていると、母親から、

「あんたのはサン(ズ)ラスやね」

と言われてから、生涯に使うであろう必需品のリストの中からメガ

ネの類は一切削除した。もしも、レンズが最初に日本やアジアで考

え出されたら、東洋人の誰もがよもやそれが鼻に掛けれるとは思わ

なかっただろう。恐らくヘッドバンドなどを頭に巻いてそこから垂

らしたに違いない。

 メインボーカリストのシカゴは一曲目からポール張りのシャウト

を効かせ、「No one will be watching us」と歌いながらも行き交

う見物人の注目を集めた。しかし、調子に乗りすぎて何時までも繰り

返して、遂にノドを痛め、予定していた彼のブルース・スプリングステ

ィーンの歌をおれに代わってくれと泣きついた。

「古木、次からこの歌は最後にしよか、ゴホッ!」

シカゴは擦れた声でそう言ったが、おれも歌ったことの無いブルー

スの歌を少しでも似せようとして声を絞り出して歌った為、シカゴと

同じようにノドがイカレてしまった。情けないことに二人とも一曲歌

っただけで休憩する羽目になってしまった。

「ゴッホッ!ちょっと休憩させて、ゴホッ!」

「ゴホッ!ごめん、みんな!ゴッホッ!」

オーディエンスは、七転八倒する二人に冷たい一瞥を浴びせて、

三々五々四散した。

 おれとシカゴはコンビニでドリンクを買って木陰で休むことにした。

日差しは夏のままだったがその盛りが過ぎたことは、湧き上がる積

乱雲がその勢いを失って棚引く様子や、木立の間を時折吹き抜け

る涼風からも感じられた。その風にのって何処からともなく他のパ

フォーマー達の演奏や歌が届けられたり、或は急に遠退いたりした。

ただ彼らも人が演ってる時は邪魔しないように気を配っているのだ

ろう、向こうで歌が終わるとそれを待っていたように今度はこっちで

演奏が始まった。

 シカゴがペットボトルの蓋を開けながら話しかけた。

「あんたが言った森田童子の『みんな夢でありました』だっけ、そ

れってどんな曲?」

おれは飲みかけのペットボトルを置いて、カバンから歌詞ノートを

出してギターを弾いてその曲を歌った。

(知らない人はこちらで)
http://www.youtube.com/watch?v=N4RaoKh7K2w


あの時代は何だったのですか
あのときめきは何だったのですか

みんな夢でありました
みんな夢でありました

悲しいほどに
ありのままの君とぼくが
ここにいる

ぼくはもう語らないだろう
ぼくたちは歌わないだろう

みんな夢でありました
みんな夢でありました

何もないけど
ただひたむきな
ぼくたちが立っていた

キャンパス通りが炎と燃えた
あれは雨の金曜日

みんな夢でありました
みんな夢でありました

目を閉じれば
悲しい君の笑い顔が見えます

川岸の向こうにぼくたちがいる
風の中にぼくたちがいる

みんな夢でありました
みんな夢でありました

もう一度やりなおすなら
どんな生き方があるだろうか

「みんな夢でありました」
(作詞/作曲 森田童子)

歌い終わるとシカゴが歌詞ノートを取ってしばらく眺めてから、

「ぼくはもう語らないだろう、ぼくたちは歌わないだろう」

と、歌詞の一節をつぶやいた。

「ああ」

「何か滲(し)みるね」

「おれらは理想を語れんようになって、現実まで見えんようになっ

てしまったんや、きっと」 

「あんたが部室で話したことなあ、ほら、手段と目的の話し」

シカゴはおれと向き合ったまま、寝そべりながらボソボソと呟いた。

おれはペットボトルに残ったスポーツドリンクを嗄れた喉に流し込

んだ。

「ああ」

彼は歌詞ノートに目を止めたまま続けた。

「そもそも生きることは目的なのか、それとも手段なのかって」

「ふん」

「どう思う?」

「それぞれと違うんかな」

「せやろ、もし目的ならただ生きていても間違いやないと思うねん。

今あんたが言うたように、それそれが自分の生き方でええんやない

かって、みんな何かと戦えなんて言えんやろ」

「まあな」

「目的があっても思うように行かなかったり、止めざるを得んかっ

たり。そんな単純やないと思うんや」

「確かにそうかもしれん」

「だから、目的を持たないからといってそういう人を蔑むのは間違

いやないかなって。つまり、個人の生き方と社会のあり方は分けて

考えなあかんと思うんや」

「うん」

「そもそも社会のあり方に問題があって、それを自覚の無い個人を

嗾(けしか)けて改革しようとしても・・・」

「上手くいかんか」

「たぶん」

「アメリカでは一体どうなってるの?」

「何が?」

「敬語とか」

「スラングはあっても敬語なんてほとんどないよ。ただ言い方で伝

わるけどね」

「例えば教師との朝の挨拶とかは?」

「そんなの『ハーイ』と『バーイ』で済んじゃう」

「あっ!それええなー、それで行こっ!」

                                (つづく)     

「バロックのパソ街!」 (十四)

2013-01-21 02:45:42 | 「バロックのパソ街!」(十一)―(十五)



                (十四)




 人は、きのうを知ることができてもあしたを知ることはできない。

知ることは覚えることから生まれる。だから、きのうのことを覚え

ることができてもあしたのことを覚えることはできない。つまり、

人はあしたのことを語っているつもりでも、実は、きのうのことを

語っている。

 我々の知性は、未来について語っていても、実は、過去の記憶を

変換しているに過ぎない。しかし実際は過去と未来は違う。過去は

変えられないが未来は変えられる。いくら過去を変換しても新しい

未来は生まれて来ない。我々が未来を語る時も、知性はアーカイブ

から過去の編集された映像を流し始め、表象化された記憶が甦り、

実は、過去を語ってしまう。しかし、未来が過去よりも明るいなら

ば、我々は過去の記憶に執着してはならない筈だ。知性だけに頼っ

て未来を語っても過去への回帰を繰り返すばかりで閉塞した状況は

何も変わらない。新しい未来を拓くには知性だけではない新しい何

か、方法なのか能力なのか、感性なのか或は運動なのか、それとも

アッサリ狡(こす)い知性など投げ出してしまうか、過去を辿るよう

に未来に戻ってしまっては、新しい仮定や試みが生まれるはずがな

い。

 「我々とは何か?」という問いしても、知性に委ねれば只管(ひた

すら)古(いにしえ)を遡(さかのぼ)り、それでも明解な一論に辿り着

けないまま二論が残る。つまり、道理(ゾルレン)の下に存在(ザイ

ン)があるのか、否、それとも逆なのか。更には、国が存在するから

人の暮らしがあるのか、それとも人が存在するから国が生まれたのか。

権利と義務はどちらが優先されるか、個人の自由と社会の秩序はどち

らが重いか、秩序とは自然に存在するものか、それとも人が作り出し

たものか等々。知性がいくら過去に訊ねても真偽を得ることなど出来

ない。それにも関わらず、族閥を偏重し身分秩序に拘るこの国の「自

虐」道徳は、その由来を原始道徳である支那の儒教に求め、というの

はその原則は全て「力は正義」「早いもん勝ち」なのだ、結果、人々

は卑しいまでに謙(へりくだ)り「何故そうしなければならないか?」

を説かれないまま犬のように腹従させられて人格を蔑(ないがし)ろに

される。権力に媚び身分に諛(へつら)い序列に従うことを強いる自虐

道徳に惑溺した閉塞社会から、新しい未来を切り開く若者が生まれて

くる訳がないではないか。我々に決定的に足らないのは、足元だけし

か灯さない記憶だけを辿った安っぽい知性に委ねられた人間関係をそ

の上から照らし出して俯瞰させる、太陽のような理性だ。

「アメリカなんて簡単だよ」

何時かシカゴはそう言った。

「何で?」

「誰が創ったかって直ぐ解かるもん」

「ああ、神でないことだけは確かやな」

「そう、アメリカはアメリカ人が創った」

「それでもピューリタンの伝統は残っているやないか」

「あるね、確かに。それでも神様だ聖人だっていう怪しいのはまあ

存在しないから」

「日本人は棄てられんのや、そういう伝統みたいなもん」

「コレクターなんや、きっと」

「あっ!そうか、伝統文化のコレクターオタクなんや」

「たしかに国中足の踏み場もないほど伝統で溢れかえってる」

「同じ東洋人でも中国人は権力者が代わったら前の文化は全て壊し

てしまうって、司馬遼太郎が書いてたけどなあ」

「それ解かる、あっちにもいっぱい居たけど、奴らセルフィッシュ

やってアメリカ人にも言われてた」

「アメリカ人にそう言われたら本物やで。中国人は宗族主義やから

な。確か孫文も国家意識が生まれないって嘆いていた。」

「へーっ、あんた読書家やね」

 おれとシカゴは長い休憩を終えて再びライブを始めることにした。

「やる?」

と、おれが聞くと、シカゴは、

「やるよ!せやかてまだ一円にもなってないで」

そうだ、おれ達は衣装まで揃えて出資してまだ一円の収益も上げて

いなかった。

 真夏の舞台を照らし続けた太陽は、そのエンディングが迫ってい

るにも係わらず澄んだ秋空に励まされて日差しを強め、頂点に昇っ

て少し休んでから降りはじめると、俄かに人出も増えはじめ、人気

のストリートパフォーマーは多くのストリートオーディエンスに囲

まれて汗を垂らしながら自分のライブを熱唱していた。

「やるか!」

と、おれが言うと、シカゴは、

何も言わずにギターを取った。そして得意のブルース・スプリング

スティーンを歌い始めた。すると、離れて様子を窺っていた馴染み

の娘らが痺れをきらしたように集まって来た。彼が歌い終わると、

おれは左腕を彼の方に向けて、

「紹介するわ、今日デビューしたばかりのシカゴです!」

すると、彼女達は拍手をしながらもローディング中のCPのように

身動ぎせずただジーッと彼を見ていた。彼女らの頭の中に何がイン

プットされようとしているかはおおよそ見当がついた。シカゴのシ

ュッと通った鼻筋や何処までも伸びる長い脚、更にはネイティブな

発音の英語の歌に彼女らは股間を緩ませるに違いない。そして、

おれの見当どおり、シカゴというコンテンツをダウンロードした彼

女達は彼の歌声に酔い痴れて、好奇心のポインタで彼のアバターを

なぞっていた。気が付くと天然の照明は天守閣の向こうに落ちよう

としていた。二人とも時間を忘れて歌い、小声で話せないほど喉を

広げて唸っていた。そして、ギターケースの賽銭箱には信者からの

有り難いお賽銭が唸っていた。シカゴとおれは掌を合わせてそれを

拝んだ。こうして彼の城天デビューは先ずは大成功に終わった。

                                (つづく)  

「バロックのパソ街!」 (十五)

2013-01-21 02:44:45 | 「バロックのパソ街!」(十一)―(十五)



                (十五)



「ほら、古木・・・」

祭りの後片付けをしながらシカゴがおれに声をかけた。おれはギタ

ーケースのお賽銭を掴んではコンビ二袋に投げ込んでいた。どうし

て人は金を弄(いら)ってる時には周りのことが見えなくなるんだろう

か。シカゴに言われて顔を上げるとアンちゃんの妹が、縄跳びの輪

の中に入り逸(そび)れて何時までも佇(たたず)んでいる女の子の

ように所作無く立って居た。

「あれっ、どうしたの?」

おれが屈み込んだままそう言うと、

「こんばんは」

と別世界から答えたっきり畏(かしこ)まって黙り込んだ。

「あっ、『城天』見に来たんか?」

そう言うと小さく頷いた。彼女は学校の制服のままカバンを正面に

提げてその柄を正しく両手で握り締めていた。カバンの下から覗い

てる白い靴下が眩しかった。おれは腰を起こして立ち上がった。

立ち上がると彼女は後退りした。

「おれ等のライブ見てくれた?」

また頷くだけだった。

「何や、言うてくれたらええのに、来てんの知らんかったわ」

彼女は答えずにただ頷くばかりで、その頷く意味が全く理解できな

かった。

「アッ!思い出した、良子(よしこ)ちゃんや、なっ!」

「はい」

「何んや、やっと答えてくれたわ。久し振りやなぁ、元気にしてた

?」そして、「あっ!そうや、シカゴ紹介したるわ」

そう言って彼の方を振り返ると、彼女はそれを拒むように、

「あの―、実は、相談があるんですけど・・・」

と急に早口で喋った。それは独りで何度も暗誦してきたセリフ

みたいだった。

「えっ!相談?」

「あの―、ここでは出来ないので兄の部屋まで来てもらえませんか?」

「え?ああっ、別にええけど・・・」

アンちゃんの部屋は彼が居た頃のまま残されているとお母さんから

聞いていた。ステージを片付けてから、シカゴと約束していた打ち

上げを断って、良子ちゃんが待つアンちゃんのマンションへ行くこ

とにした。するとシカゴは、

「何や!祝杯あげへんの?」

「ちょっと、用事がでけたんや。ゴメン」

「どんな用事?」

「まあ、ええやないか」

「あれっ?言うてくれへんの、水臭さ―っ!」

「悪い!今日は水に流してまた今度水入らずでしようや」

それでも、おれには良子ちゃんがどんなことで悩んでいるのか皆目

見当がつかなかった。ただ、思い詰めた彼女の眼は、市役所の動

物愛護(?)センターで殺処分を待つ犬のように何かを訴えている

眼だった。おれはシカゴを城天に放置してアンちゃんのマンション

に向かった。

 「相談があるんですけど・・・」良子ちゃんはそれだけしか言わ

なかった。つまり、部屋には彼女ひとりだけとは限らなかった。

「しまった!もう少し聞けばよかった」と思いながらエントランス

のインターホンで、一時は入り浸っていたアンちゃんの部屋の番号

を押した。

「古木です」

良子ちゃんは何も言わずに玄関ドアのロックを解錠した。馴染みの

エレベーターも心做しか冷たく感じた。部屋の前でチャイムを鳴ら

すとすぐに部屋のドアが開いた。すると、生活感のない脳の視床下

部を刺激する香りが部屋の中から漂ってきた。

「すみません、呼び出して」

良子ちゃんは学校の制服を着替えて、紅いТシャツに紺のショート

パンツ姿で現れた。後ろで纏めてあった髪は解かれて、城天で恥ず

かしそうにしていた彼女とはとても思えないほど大人びて見えた。

良子ちゃんは加減を越えたパヒュームばかりか口紅まで差していた。

「部屋を間違えたかと思った」

そう言うと嬉しそうに笑ったが、その笑い顔にはまだ少女っぽさが

残っていた。

「どうしたん?相談って」

こっちから先に切り出さないと永遠に相談にのる機会を失うかもし

れないと、つまり相談なんてどうでもよくなってしまわないうちに、

進路相談の担当教師のような素っ気ない聞き方をした。すると、

「中に入って下さい」

彼女はおれの言葉を無視して、どちらが年上かわからないほど冷静

に部屋の奥へ案内した。彼女が悩みを打ち明けてくれないので相談

員のおれは言葉を失って黙ってソファに座った。正面の奥には笑っ

てるアンちゃんの遺影と新しい花が飾られた祭壇があった。

「あっ!そうや、アンちゃんに挨拶せんと」

そこに気付いた自分が一歩社会人に近づいた思いがしたが、さて祭

壇には遺骨は置かれていたが、パーカッションの類いが何もなく蝋

燭や線香すらなかった。仕方がないので横に立掛けてあるアンちゃ

んが愛用していたギターの弦を爪弾いてから掌を合わせた。

「無信仰やから何もするなって、お兄ちゃんが」

彼女がアイスコーヒーのグラスを二つ持って来て、一つをアンちゃ

んの祭壇に置いた。

「それはおれもしょっちゅう聞かされた」

アンちゃんは儒教は言わずもがな、自殺者の一人も救えんくせに来

世での救済を説く仏教も批判した。そのくせ「死人の上前を撥ねた」

上がりを世襲すると罵った。良子ちゃんはもう一つのグラスをおれ

が座っていた前のテーブルに置いた。

「どうぞ」

おれはソファに戻ってアイスコーヒーを口に含んだ。そして、良子

ちゃんはおれの前に立ったまま、突然こう言った。

「実は、相談というのは、私とセックスしてくれへん?」

「ブッふぁ―ッ!」

おれは驚きのあまり口に入れたコーヒーを誤って鼻孔へ流し込んで

吹き出してしまった。それはまるでド真ん中のストレート勝負を挑

まれて手も足も出せない打者のように言葉がなかった。それでも彼

女は落ち着いていて、テーブルにあったクロスで拭こうとしたが、

おれはそのクロスを引き取って自分の粗相を始末しようと屈んだ。

すると目の前にはショートパンツから伸びた彼女の脚が塩化ビニー

ルのような光沢で艶やかに聳えていたが、それ以上見上げることが

出来なかった。

「嫌っ?」

「どっ、どうしたん?急に」

「やっぱり嫌なんや」

「いっ、嫌やないけど、急に言われた誰でもびっくりするやろ」

「そしたら、してくれる?」

おれはそのストレートの球には手を出さず、

「きれいになったね」

そう言って彼女の肩に手を伸ばすと、良子ちゃんはギラついた眼を

ゆっくり閉じた。その彼女の背後ではアンちゃんが笑っていた。

 ところが、良子ちゃんにとっておれは単なる手段にすぎなかった。

キスを交わした後で、

「ごめん、歯磨いてくれへん?」

タバコ臭いと言われた。

「歯ブラシないで」

「ある」

彼女は「おれ用」の歯ブラシまで用意していた。おれはエサを前に

「待て」と言われお預けを強いられた座敷犬のように、その気など

端からなかったように装いながら、

「ごめんごめん、ライブやると無茶々々タバコ喫うてしまうからな」

そう言ってバスルームに行くと、今度はバスタオルと陳列用のフッ

クが付いたままのブリーフを渡された。おれはもう女王様の命令に

はどんなことでも従おうと思った。シャワーを浴びただけでは納得

できないと言うのであれば香水を頭から浴ったて構わなかった。臭

いというのは不思議で人が鼻を曲げる程には自分の臭いに気付かな

い。それどころか自分だけはそれほど臭わないのではないかと思っ

てしまい、やがて他人もそうなんじゃないかなどと、とんだ勘違い

に到る。この臭いに対する認識の違いが自己と他者の差異を生む根

源なのだ。そして、他人の臭いが許せる許せないの分水嶺を人はど

のような条件の下で、環境や習慣や体調や利害、或は人間関係とい

った全く臭いとは関係のない理由で、受容したり或は拒絶したりす

るのかという研究は、心理学や行動学においても等閑(なおざり)に

扱われていることが信じられない。凡そ我々が愛着を感じる匂いと

はクサイのだ。そして共同体とはその臭いを共有することである。

「はい、これっ」

良子ちゃんはバスルームから出てきたおれにコンドームを差し出し

た。そんなものまで用意していたのだ。

「何これ?」

「それ、つけて下さい」

「付けられないよ」

「どうして?」

おれは彼女が用意したブリーフを履いていた。元々はトランクスし

か履かなかったが、彼女がブリーフを隆起させて反り返る男根に妄

想を逞しくしているので女王様に従ったが、そのブリーフを下ろし

て萎えた風船を曝してやった。

「キャ―っ!」

「ほらっ、付けられへんやろ」

「何で大きならへんの?」

おれはその原因を彼女と一緒に丁寧に探りながらコトは始まった。

「ほら、ここで付けるんや」

もう良子ちゃんは何も聞いていなかった。そして、良子ちゃんが女

に生ろうとしているベットは、かつて、おれが彼女のお兄さんに誘

われて初めて男に成ったベットでもあった。ただ、アンちゃんが笑

ってる写真はこの部屋からは視線が届かなかった。

 おれは良子ちゃんと合体して、世界征服を企(たくら)む悪人共を

やっつけようと愛とセイギの為に立ち上がった。しかし、横の壁か

ら悪人どもの嘲笑うような声がした。

「・・・ゲキョウ、なむみょう・・・、南無妙法蓮華経、南無・・」

「何、あれ?」

良子ちゃんは合体に集中してそれどころではなかった。作業を一時

停止して彼女の頬を叩いて気付かせると、

「ええっ?」

「何か聴こえるで」

良子ちゃんが言うには、隣の部屋のおばあさんがお経をあげている

というのだ。おれが、アンちゃんが居た頃はそんなことはなかった

と言うと、どうもアンちゃんが死んでから入信したらしい。おれも

隣のおばあさんとは何度か廊下で出会って挨拶を交わしたが、年は

いっていたが穏やかな人柄で、何よりもアンちゃんを孫のように可

愛がっていた。

「出てくるんだって、お兄ちゃんが夜になると」

「ほんとっ!」

「管理人さんから聞いたんやけど、お兄ちゃんがこっちへ来いって

呼ぶんやて」

「どうする?」

「えっ!」

「やめる?」

「いややっ!」

良子ちゃんはおれの身体を引き寄せた。まったく大阪に住む者は宗

教などを畏れていては暮らしていけない。夕方に裏通りを歩けばこ

の種の独唱は何時でも聴ける。いや独唱どころか輪唱も時にはコー

ラスさえ耳にする。休みになればそれぞれの新興宗教の信者が新聞

の勧誘員と競うようにして家々を訪れ、人々は洗剤ではなく霊験に

縋って三ヶ月契約で入信し「あすこはご利益がない」と言っては別

の神仏に乗り換えるのだ。高校野球を観れば一目瞭然で、大阪と謂

わず関西から甲子園に出場するのは神仏の加護に縋る高校ばかりだ。

さながら大阪は新興宗教のメッカ(?)のようだ。ただ、それほどま

でに神仏が蠢き信仰に篤い人々が集いながら、何故か大阪の街の暮

らしは悪くなる一方だ。

「音楽流そうか」

たまたまCDに入っていたアンちゃんの唄をかけてボリュームを上

げて再始動した。すると、おばあさんはその歌を「祓い」除けるか

のように更に大きな声で唱え出した。

「南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経、・・・・」

しかしおれも愛とセイギの為に止めるわけにはいかなかった。おれ

はおばあさんのお経に負けまいと必死で合体し続けた。おばあさん

もまるで二人の動きを見透かしているかのように早口で唸り始めた。

いつの間にかおれはおばあさんが唱える五字七字のお題目のリズム

に合わせて腰を動かしていた。良子ちゃんも我を忘れて節目ごとに

喘ぎ声を発した。全く関係ない話しだが、民謡の合いの手はこれが

由来に違いない、そう思えるほど三人の息が合っていた。一回裏表

の攻防が終わるとおばあさんも同じように休んだ。我々が再びCD

をかけて二回の攻防を始めるとおばあさんは遅れてならじと応援席

からお経を唱え始めた。我ら愛とセイギの味方と世界征服を企む教

団の闘いは熾烈を極め、二人は不浄を祓うお経の中でさながら冥府

魔道に堕とされた餓鬼のように求め合い、深夜を過ぎても決着がつ

かず夜が白み始める頃、遂におばあさんのお経も絶えて、戦いは若

さに優る我々の五回裏コールド勝ちで決着した。悪人どもから愛と

セイギを守った二人の戦士は、世界が黄色くなってしまったことに

驚いたが、夕方まで死んだように眠った。

 良子ちゃんが聞いたところによると、あの夜、おばあさんはいく

らお教を唱えてもアンちゃんの呼ぶ声が消えなかったらしい。どう

もアンちゃんのCDを流したのがいけなかった。

 それから、良子ちゃんは路地を歩いていてあのお経が聴こえてく

ると欲情すると罰当たりなことを言っては、おれがライブをしている

城天に現れた。それでも良子ちゃんの眼は、新しい飼い主が現れ

て間一髪でガス室送りを免れた座敷犬のように穏やかさを取り戻

した。一方、おれは、何も明かす必要もないのだが、あの日から

下着を長年愛用していたトランクスから女王様お気に入りのピッチ

ピチのブリーフに変えた。

                                  (つづく)

「バロックのパソ街!」 (十六)

2013-01-21 02:40:26 | 「バロックのパソ街!」(十六)―(二十)
 


                   (十六)




 おれの反儒教革命は、教師だけに止まらず保護者達からも、社会に

出て敬語や礼儀が身に付かないようでは困るとの理由から、冷たい

眼で見られるようになったが、それでも、徐々に生徒たちは温かい

眼を返してくれるようになった。夏休みの間に福沢諭吉を読み漁り、

教師の北森さんに教えられて古文の引用が多くて読み難い丸山眞男

も読んだ、お陰で古文の成績は良くなったが。彼は、著書「日本政

治思想史研究」の中で、明治時代の比較的「保守的」な倫理学者・

西村茂樹の以下の文章を引用として次のように紹介している。

「儒道は尊属の者に利して卑属の者に不利なり、尊属には権利あり

て義務なきが如く、卑属には義務ありて権利なきが如し、国の秩序

を整ふるは、此の如くならざるべからずと雖ども、少しく過重過軽

の弊あるがごとし」西村茂樹『日本道徳論』岩波文庫版、29頁

 つまり、明治の「保守的」な倫理学者でさえ、今の言葉で言えば、

儒教は依怙贔屓(えこひいき)が過ぎると認めているのだ。

 更に、福沢諭吉は「学問のすヽめ」の中で、

「名分と職分とは文字こそ相似たれ、その趣意は全く別物なり。」

と云い、名分と職分の混同を諌めている。本来、肩書きというのは

職分であって決して身分ではない。ところが、我が国民は封建社会

の奴隷根性が棄て切れないまま文明開化を迎えて、職分の何たるか

を知らずに「肩書き」を身分と勘違いしてしまい、自らの異見を述

ずに上意に渋々諾々と従うことが大義だと思っているのだ。

 以下はおれの考えだが、そういった上下貴賎の名分を甦らせたの

は思想道徳ではなく、序列の低い者だけが強いられる敬語や礼儀が

残されたままであるからだ。我々の恭しい敬語や礼儀は相手の職分

に対して払われるのではない、身分に対してなのだ。しかし、グロー

バル化した世界はやがて言語をもグローバル化されるに違いないだ

ろう。その時、恐らく日本語は複雑怪奇な敬語やまどろっこしい漢字、

回りくどい言い方など情報伝達手段としての能力が疑われ陶汰され

るに違いない。幾通りも在る主語の中から相手の立場を慮って使い

分ける日本語が英語のYOUに駆逐され、やがて日本語は伝統文化

を懐かしむ一部の国粋主義者の慰みに過ぎなくなって絶滅すること

だろう。IТ化によって更に公用語として英語が使われるのは間違い

ないだろう。だって、キーボード入力すればそれだけで文章が作れる

んだ、つまりややこしい漢字変換など不要なのだ。加えて、日本語

を使っている限り上下貴賎の身分を意識せずに自由に語り合うこと

など出来ないからだ。そんなまどろっこしい言葉がグローバル化した

世界の公用語として採用されるわけがない。

 朝立ちのない目覚めを迎えて、久々に登校時間に間に合うように

学校へ行った。校門には、あの国家主義者の、つまりは社会主義者

の山口が待ち構えて生徒の身形や言動を検査していた。おれはシカ

ゴから教えてもらったアメリカンスタイルで「ハーイッ!」と言っ

て通り抜けようとした。

「待てっ!古木」

「はあ?」

「何じゃ今の挨拶は」

「アメリカ式」

「なんやと、お前は未だにまともに挨拶もできんのか」

「『ハーイ』って言うたやんか」

「お前は教師をなめとんのか!」

「反対やて、山口さんが生徒をなめているからそう思うんや」

「どういうことや?」

「あんたがちゃんと挨拶するんやったらおれもするって」

「ほんまか」

「する!」

「日本語でやぞ!」

おれは真っ直ぐ立って、

「お早うございます」

そう言って頭を下げた。すると教師の山口さんが、

「お早うございます」

と言って頭を下げた。少し気持ち悪かったけど対等な関係での等価

交換が成立した。大袈裟に言えば、それは憲法で保障された「法の

下の平等」が実践された瞬間であった。その様子を登校してくる多

くの生徒が立ち止まって見ていた。気まずそうに山口さんが、

「早よう行け、授業が始まるぞ」

「はい」

これを読まれた年長者の方々は忌々しく思われたかもしれない。実

は我々は序列を越えて対等の立場で話せる言葉を持っていないのだ。

いきおい若者の言葉が乱暴に聞こえたりするが、標準語そのものが

立場の違いによって言葉を遣い分けるように仕組まれている。我々

は言葉遣いによって序列化されている。しかし、言葉は情報が優先

されるべきならどんな言葉であれ権威や都合によってその質を変え

られてはならないはずだ。グローバル企業が挙って敬語のない合理

的な英語を社内の公用語として採用するのには、日本語では身分の

「肩書き」を越えて忌憚のない異見を交わせないからではないだろう

か。

 グローバル社会では、挨拶だけでなく頭を下げるなどの礼儀もま

た「卑屈である」という理由で削除されるに違いない。我々は子供

の頃から意見を述べただけでも「口ごたえするな」と言われて弁明

など許されなかった。何らかの瑕疵(かし)があってその経緯を説明

しようとすれば未だに「言い訳がましい」と言われる。黙って過失

を認めて頭を下げるのが責任を負う者の清い「姿勢」なのだ。しか

し、責任を当事者に負わせるだけで果たして問題が解決するのだろ

うか。「何故そうなったのか?」という原因を探ることよりも非難

の的にして頭を下げさせて謝罪させることの方が大事だろうか。果

たして、社会的な非難に曝された者がそれでも挫けずに真実をあり

のまま洩らす勇気を持ち続けられるだろうか。説明責任という言葉

を近頃頻繁に耳にするが、説明責任を果たされて経緯が明かされて

納得した例がない。何れも平身低頭して「私が悪う御座いました」

と言って終わってしまう。敢えて言うなら、社会は責任者を非難し

て形ばかりの謝罪を求めるのではなく、もちろん被害をあたえた方

にはそうしなければならないが、責任を負う者の「言い訳がましい」

説明責任こそ求めるべきではないだろうか。

 以前、ビジネスホテルのオーナーがホテルを建てる際に建築審査

後に身障者用の部屋を違法改造していたことがバレて、その説明会

見で正直な心の中をあからさまにして世間の顰蹙を買ってしまった

が、こと説明責任に関して言えば、あれほど正直な説明責任を果た

した人物はいなかった。しかし、彼は非難に曝されると一転して何

を聴かれてもひたすら頭を下げるばかりで芝居掛かった涙の謝罪ま

で演じた。それでは何故彼は態度を一変させたのだろか?社会の非

難を真摯に受け止めて反省したからだろうか。それとも本当のこと

を話したことに後悔したからだろうか。

 果たして我々は、「謝ったら終いや」と黙ってひたすら頭を下げ

て非難をやり過ごす者と、腹立たしいことが明かされるだろうが経

緯を正直に語る者と、どちらが今後の社会に活かせると思っている

のだろうか。これは責任者だけの問題ではなくそれをどう受け止め

るのか、我々もまた問われている。ただ非難すれば問題が解決する

わけではない。個人的な感想を言えば、前出のホテルオーナーが言

った「時速60キロ制限の道を67~68キロで走ってもまあいい

かと思って」いる経営者は、決して彼一人だけではない。
                             
 人が他人からどう呼ばれているかで凡そのその人の立場が把握で

きる。学校の中で、生徒は教師を呼び捨てに出来ないが、教師は生

徒を呼び捨てにしても何の疚しさも感じない。互いに年齢、性別や

立場による「序列を弁えて」いてことさら問題にもならない。もち

ろん序列を越えて親しみから呼び捨てで呼び合うこともあるが、そ

れは個別の問題なので措いて、社会の中で言葉によって他人と係わ

り合う限り、我々の言葉は平等性を担保し難い。年配者のほとんど

はそんなことはないと言うかもしれないが、それは序列の上に居る

から気付かないだけで、例に二十歳前後の若者とどんな話題でもい

い、例えば「日本は再軍備すべきかどうか」を聞いてみればいい。

幾ら話しても恐らく会話はかみ合わないだろう。意見の対立を言っ

ているのではない、それなら未だしも言葉が通じ合っているが、言

葉そのものが通じないのだ。社会性を帯びた若者は、というのはど

うしようもない野郎は措いて、恐らくあなたの話しにも快く頷いて

くれるかもしれないが、しかし多分、自らの考えは決して話そうと

はしないだろう。結果、あなたが一方的に語るばかりで彼等の乏し

い反応に、あなたは「何を考えているのか解からない」と吐き捨て

るかもしれない。ところが、若者たちは自らの言葉を矯められ目上

の者に対する敬語を強いられて、その上で年長者に自らの意見を述

べることに戸惑っているのだ。こうして我々の差別言語は世代間を

越えた議論が生まれないまま、序列によって権力を手にした老人た

ちによって、もはや新しいものなど何も生み出せない彼等によって、

旧い石板に書かれた秩序や道徳や価値が再び見直されようとしてい

る。

 若者たちよ!敬語を棄よう!

 頭を下げてばかりいたら前が見えんようになる、

 間違ってもええやん、自分の言葉でしゃべろう!
 
それから、「学問のすヽめ」を読もう! 

                                (つづく)

「バロックのパソ街!」 (十七)

2013-01-21 02:39:23 | 「バロックのパソ街!」(十六)―(二十)
 


                 (十七)



 教師の山口さんが、あの日から病気の為に学校を休んでしまった。

何でも癌が見つかったらしい。

「ああ―ぁ」

判っていたら詰まらない警戒心は解いたのに。校門で交わした朝の

挨拶が脳裏に浮かんだ。思えば、あんなに物分りのいい山口さんは

初めてだった。病気を克服されてまた朝の挨拶をしましょう。

 考えてみれば、思想などと言ってもその殆んどが本人の置かれた

状況から派生するのだ。おれにしても親父の会社がコケなければ、

決まった道を進んでいたことだろう。そうすれば今のおれの考えを

きっと敗者の思想と嘲笑っていたに違いない。要するに、思想とは

幾ら綺麗ごとを言っても、手に入れた権力を奪われない為の、或は

耐えきれない暮らしから逃れる為の、所詮方便に過ぎないのではな

いか。高尚な思想(ゾルレン)と雖(いえど)も存在(ザイン)が立ち行

かなくなれば忽ち役立たずとして見捨てられるのだ。我々は思想な

ど語っているのではない、ただ生い立ちを語っているのだ。

 大阪の街はバブル経済崩壊後も、バブル期に計画された大規模な

都市再開発を見直すことなく、否、返って景気回復になるといって

借金をしてまで断行した。それは、金融は破綻しても実体経済は堅

調で、金融が改善すれば再び景気回復すると大方の専門家の意見に

同調するものでもあった。しかし、結果は火に油を注ぐことになり

財政は火の車となった。ただ楽観主義の大阪人はそんなことなど気

にもしなかった。

 ある日、学校から戻ると珍しく母が居た。さらに珍しいことに夕

飯の用意までしていた。

「今日休みやさかい晩ごはん一緒に食べよ思て」

「ええーよ、後で食うよ」

「違うねん、ちょっと話しがあるねん」

「何?」

「まあ、座り―な」

おれは仕方なくテーブルの椅子に腰を下ろした。すると母はお茶を

入れながら、

「あんた、ちゃんと学校行ってんの?」

「行ってるよ、いま戻ってきたやろ」

「そやな、それでちゃんと卒業できるの?」

「・・・」

実は、進学を諦めた時にもう卒業などどうでもよくなった。もの心

がついた時から轡(くつわ)を噛まされて競争を勝ち抜くことを教え

込まれ、馬主がいなくなった途端に檻から追い出されて今日から

自分独りで生きていけと言われても、頭の中は「?」だらけで呆然

とするばかりだった。ただ、もう学校に留まるつもりはなかったので、

その時はやめるつもりでいた。母にはそんなことを言いたくなかっ

たので、箸をとって唐揚げを突き刺してそれで自分の口を塞いだ。

「学校に聞いたんやけどな、出席がギリギリやって言うてたで」

「何でそんなこと聞くのん」

そんなことは充分知っていた。つまり、考えながら休んでいたのだ。

すると母は、

「実は、あんたが卒業したら、わたし結婚してもええやろか?」

「ええっ!」

母は所謂水商売で働いていた。当然常連の客と懇(ねんご)ろになっ

てそういうこともあるかもしれんと覚悟していたが、実際に起って

みると母を奪われたような淋しい気持ちが沸いてきた。母はもうそ

ういうことに懲りて引退したものと思っていたので、自分が排除され

た新しい関係を築こうとしていることに少し裏切られた思いがした。

「誰と?」

「会社の社長さんなんやけど、日本の人と違うねん」

「がっ、がいじん!?」

「まっ、外人いうても、中国の人なんや」

「中国人?」

「そう」

「何の仕事してるの?」

「貿易」

「ふーん、何か金持ってそうやな」

「持ってはる」

「ははっはっ」

母と二人で笑った。

 母が言うには、その人は中国人と言っても神戸生まれでもちろん

日本語を話せるらしい。父親が食材などを輸入する会社を細々と営

んでいたが、彼が後を継いでから中国政府の政策転換によって急に

取り扱いが増え、今や何でも扱う貿易会社へと成長したらしい。

「幾つ?」

「わたしより三つ上」

「もしかしてバツイチ?」

「そう」

「子供は?」

「二人おる」

おれは彼女の足を引っ張るつもりなど毛頭なかったが、それでも直

ぐに母子関係を改めることができなかった。しかし、一方ではこれ

からは自分のことさえ考えればいいという、肩の荷がひとつ減った

ような開放を感じた。呆然としてると、母が、

「あんた大学行きぃな、行きたいやろ大学!」

「えっ」

「行かしたげる言うてくれてはんねんって!」

「ええ、もうやめた」

「何でぇ?せっかく言うてくれてはんのに」

「まさか、その為に一緒になるんと違(ちゃ)うやろな!」

「何を言うてんの、アホ!」

日本人が知っている中国人は戦略家や軍人や道徳家といった社会的

な教訓を垂れる人か、或は都での夢叶わず郷里の山紫水明に想いを

虚しくする詩人達か、何れも何千年か何百年も前の人物ばかりで、

現代に至るも専ら政治家ばかりが鹿爪顔をマスメディアに曝して、

情を通じ合える縁(よすが)がなく、個人の顔が全く見えないことに

驚かされる。いったい彼等には個人的な情感というものが備わっ

ているのだろうか?そもそも彼等は笑うことがあるのだろうか?

総てが謀(はかりごと)のように思えてしまうのは何故だろうか。

「個人主義は敵だ!」という国の人に援けられてまでして進学した

いとは思わなかった。ただ、中国人のお笑い芸人でも出てくりゃあ

チョッとは見方が変わるんだけどな。

 自分の母親がよそのおっさんに体を許すと想うと何とも言えない

虚しさに襲われた。例えば娘であればそんな風には想わないのだろ

うか?変な言い方かもしれないが、自分の還る場所を奪われたよう

な、自分の生い立ちを逆に辿っていくと最後の最後で母の胎内の入

口の前に見知らぬおっさんが立っていた。それでも母はおれのもの

ではない、彼女自身のものである。

「えっ!かめへんの」

「ああ、おれが決めることちゃうやろ」

母はおれが卒業したら中国人のおっさんの処へ行くことになった。

おれは頑なに進学の話しを断ったが、それでも心の片隅で卒業だけ

はしておこうと細い糸を切らないように心掛けて、それから休まず

に登校した。

 今や教育は英語を小学校から始めようとしているが、言語教育と

はただ言葉を覚える限りに非ず、文化や考え方、ともすれば生き方

さえも覚えることになる。一方では支那が起源の儒教道徳を強い、

儒教道徳を説く者が何故中国を嫌うのか理解できないが、そこでは

道理があって後に人が存在すると説くが、他方、英語教育では人間

の「自然権」を認める個人主義社会の言語を覚えさせる。それで学

生が序列道徳と平等意識を混がらがらずに使い分けることなどでき

るだろうか。英語は、教師であれ親であれ年上であれ年下であれ、

総て「YOU」で済む。そこには序列による呼び方の違いなどない。

何れ「英(易)語は漢(難)語を駆逐する」に違いない。そしてそれは

ただ言葉が変わる限りに非ず、やがて敬語がなくなり序列道徳が崩

壊するだろう。おれは日本文化を守ろうとする人はアメリカの軍事

圧力なんかより遥かに英語教育を脅威に感じるべきやと思うけどね。

それでも「文化は易きに流れる」だから仕方がないか。

「グッドモーニング!北森さん」

「おまえはウィッキーさんか?」

「古!」
                                  (つづく)