(十三)
日曜日にシカゴを誘って城天で路上ライブをやった。彼はどうし
ても始めにビートルズの「Why Don't We Do It In The Road?」
を演るべきだと練習の時から言っていた。
(知らない人はこちら)
http://youtu.be/KM02WcvlKn0
確かにオープニングには持って来いだと思った。それにアメリカ帰
りのシカゴだもん、今日の主役は彼に違いなかった。彼の言う通り
にさせてやった。二人は白のТ―シャツにジーンズ、デッキシューズ
とステージ衣装も揃えた。彼は一年生のくせに170センチ弱のおれ
よりも背が高かった。
「あっちじゃ低い方だった」
「おれ、アメリカには絶対行かん!」
日本人のアメリカへの憧れの度合いは、背の高さに比例しているん
じゃないかとフト思った。確かにアンちゃんも背が高かった。シカ
ゴはサングラスも一緒に揃って掛けよう言ったが、それだけは絶対
嫌だと反対した。おれはサングラスを10分と鼻スジで支えたこと
がなかった。家族で海水浴に行った時、ずり落ちるサングラスを辛
うじて鼻翼で止めていると、母親から、
「あんたのはサン(ズ)ラスやね」
と言われてから、生涯に使うであろう必需品のリストの中からメガ
ネの類は一切削除した。もしも、レンズが最初に日本やアジアで考
え出されたら、東洋人の誰もがよもやそれが鼻に掛けれるとは思わ
なかっただろう。恐らくヘッドバンドなどを頭に巻いてそこから垂
らしたに違いない。
メインボーカリストのシカゴは一曲目からポール張りのシャウト
を効かせ、「No one will be watching us」と歌いながらも行き交
う見物人の注目を集めた。しかし、調子に乗りすぎて何時までも繰り
返して、遂にノドを痛め、予定していた彼のブルース・スプリングステ
ィーンの歌をおれに代わってくれと泣きついた。
「古木、次からこの歌は最後にしよか、ゴホッ!」
シカゴは擦れた声でそう言ったが、おれも歌ったことの無いブルー
スの歌を少しでも似せようとして声を絞り出して歌った為、シカゴと
同じようにノドがイカレてしまった。情けないことに二人とも一曲歌
っただけで休憩する羽目になってしまった。
「ゴッホッ!ちょっと休憩させて、ゴホッ!」
「ゴホッ!ごめん、みんな!ゴッホッ!」
オーディエンスは、七転八倒する二人に冷たい一瞥を浴びせて、
三々五々四散した。
おれとシカゴはコンビニでドリンクを買って木陰で休むことにした。
日差しは夏のままだったがその盛りが過ぎたことは、湧き上がる積
乱雲がその勢いを失って棚引く様子や、木立の間を時折吹き抜け
る涼風からも感じられた。その風にのって何処からともなく他のパ
フォーマー達の演奏や歌が届けられたり、或は急に遠退いたりした。
ただ彼らも人が演ってる時は邪魔しないように気を配っているのだ
ろう、向こうで歌が終わるとそれを待っていたように今度はこっちで
演奏が始まった。
シカゴがペットボトルの蓋を開けながら話しかけた。
「あんたが言った森田童子の『みんな夢でありました』だっけ、そ
れってどんな曲?」
おれは飲みかけのペットボトルを置いて、カバンから歌詞ノートを
出してギターを弾いてその曲を歌った。
(知らない人はこちらで)
http://www.youtube.com/watch?v=N4RaoKh7K2w
あの時代は何だったのですか
あのときめきは何だったのですか
みんな夢でありました
みんな夢でありました
悲しいほどに
ありのままの君とぼくが
ここにいる
ぼくはもう語らないだろう
ぼくたちは歌わないだろう
みんな夢でありました
みんな夢でありました
何もないけど
ただひたむきな
ぼくたちが立っていた
キャンパス通りが炎と燃えた
あれは雨の金曜日
みんな夢でありました
みんな夢でありました
目を閉じれば
悲しい君の笑い顔が見えます
川岸の向こうにぼくたちがいる
風の中にぼくたちがいる
みんな夢でありました
みんな夢でありました
もう一度やりなおすなら
どんな生き方があるだろうか
「みんな夢でありました」
(作詞/作曲 森田童子)
歌い終わるとシカゴが歌詞ノートを取ってしばらく眺めてから、
「ぼくはもう語らないだろう、ぼくたちは歌わないだろう」
と、歌詞の一節をつぶやいた。
「ああ」
「何か滲(し)みるね」
「おれらは理想を語れんようになって、現実まで見えんようになっ
てしまったんや、きっと」
「あんたが部室で話したことなあ、ほら、手段と目的の話し」
シカゴはおれと向き合ったまま、寝そべりながらボソボソと呟いた。
おれはペットボトルに残ったスポーツドリンクを嗄れた喉に流し込
んだ。
「ああ」
彼は歌詞ノートに目を止めたまま続けた。
「そもそも生きることは目的なのか、それとも手段なのかって」
「ふん」
「どう思う?」
「それぞれと違うんかな」
「せやろ、もし目的ならただ生きていても間違いやないと思うねん。
今あんたが言うたように、それそれが自分の生き方でええんやない
かって、みんな何かと戦えなんて言えんやろ」
「まあな」
「目的があっても思うように行かなかったり、止めざるを得んかっ
たり。そんな単純やないと思うんや」
「確かにそうかもしれん」
「だから、目的を持たないからといってそういう人を蔑むのは間違
いやないかなって。つまり、個人の生き方と社会のあり方は分けて
考えなあかんと思うんや」
「うん」
「そもそも社会のあり方に問題があって、それを自覚の無い個人を
嗾(けしか)けて改革しようとしても・・・」
「上手くいかんか」
「たぶん」
「アメリカでは一体どうなってるの?」
「何が?」
「敬語とか」
「スラングはあっても敬語なんてほとんどないよ。ただ言い方で伝
わるけどね」
「例えば教師との朝の挨拶とかは?」
「そんなの『ハーイ』と『バーイ』で済んじゃう」
「あっ!それええなー、それで行こっ!」
(つづく)