【 2018年6月8日 】 京都シネマ
イギリスの属国であり宗教対立からも争いが絶えなかったアイルランドで、半世紀近くも前から精神病院につながれいた女性の秘密が、解き明かされる。最後の場面は思わず身震いがした。
もう40年以上も強制入院されられていた精神病院の建替え移転で、老女が転院しなければならなくなったが、深いつながりを持った病院を離れることに強く抵抗する。移転に伴う病状の再診査で担当する若い精神科医が、こだわりを持つこの年老いた女性が他の患者とは違う点に注意を惹かれ、新しい事実を掘り起こしていく。
彼女は「生まれたばかりの赤ん坊を殺した」ということで精神病院に強制入院させられていたが、彼女はそれを強く否定する。いったい何があったのか。
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映画の最後は、思わず“アッ!と息をのんでしまう”驚きと感動の結末であるが、ストーリーの背後にあるものをよりよく理解するには、アイルランドとイギリスとの間に歴史上、実際に何があったかを知っておいた方がいい。
スクリーンは、半世紀前の第二次世界大戦時、アイルランドがまだイギリスからようやく自治権を取り戻していた頃から始まっている。
イギリス(グレイトブリテン)とアイルランドの歴史は複雑だ。自分自身、長い間イングランドと大英帝国の区別も違いも知らずに、下の地図の2つの島全部が「イギリス」だと思っていた。
舞台となっているスライゴーは北アイルランドとアイルランドの境界線近くの街で、北アイルランドの帰属を巡るアイルランドとイギリス本国との歴史的背景がこの映画の話の展開に深く絡んでいる。
さらに、アイルランドで定められた憲法や法律が人々-特に女性の生き方に大きな影響を与えていた。
第一次世界大戦前後からの2つの国の歴史の概略をアイルランド側から示すと以下のようになる。
【アイルランドの近年の概略史】
1916年 「イースター蜂起」
1918年 「アイルランド共和国」独立宣言
1922年 「アイルランド自治国」(北部6州を除く)成立
(現在イギリスに属している北部6州・北アイルランドの帰属問題は今も係争中)
1922年~1923年
「アイルランド」国内で条約賛成と反対派のナショナリスト同士で内戦)
1937年 アイルランド憲法発布。国名を「エール」に変更
(第二次世界大戦中は中立を維持)
1949年 英連邦から離れ「アイルランド共和国」に
*1910年代後半から1920年代までの「アイルランド独立」の頃の様子は映画『麦の穂をゆらす風』や『マイケル・コリンズ』に描かれている。
【 「大英帝国」「イギリス」・「アイルランド」の国旗の変遷 】
そして、現在のイギリスの正式名称は「グレートブリテン及び北アイルランド連合王国」と呼ぶそうである。つまり、イングランド、スコットランド、ウェールズそして北アイルランドの4つの王国で構成されているという事だ。その4つ目の「北アイルランド」の帰属をめぐって、現在でも争われて現在に至っている。
原作のセバスチャン・バリーの小説『秘密の書』がこの映画のもとになっているということだが、人物の設定や歴史背景と役割も所々変更されているという。
歴史の教科書にあるように、イギリスは国王ヘンリー8世の時代に、自己の6度の結婚を合法化するため、ローマ・カトリック教会と袂を分かち、イギリス国教会を立ち上げて、以後プロテスタントの国になっている。だから、カトリックの影響力が強く残っていたアイルランドはイギリスとは共に歩めず、以後宗教対立が続くことになる。
この映画の『カタログ』に載っていた山田公子さん、大野光子さん記事は「歴史的背景」をうまくまとめて『なるほど‼』と参考になった。解説を一部引用すると、
『・・・1937年に制定されたアイルランド憲法には「家族は社会の基本単位であり、女性は家庭に生きることにより国家に
貢献する」という条項があり、法律により女性は結婚すると・・・仕事を辞めなければならないという状況が1973年まで
つづいた。・・・また1979年制定の家族計画法により、避妊は結婚したカップル以外には禁じられ、・・・(途中略)・・・
中でも、「罪深い女を救い矯正する」という名目で、このような未婚の母の強制収容と出産後の精神病院送りに深く関わっ
たされるカトリック教会への批判が高まった。・・・(以後略)』(山田)
『・・・カトリック国家樹立(1937年憲法制定)により英連邦から離脱したアイルランドは、第2次世界大戦で公的には中
立の立場をとったため、英国に残留した北アイルランドの首都ベルファストはドイツ軍の空襲を受けたが、国境の南側は非
戦闘地域であった。・・・アイルランド国内の反英感情は強く、英国軍兵士としてドイツと戦い武功を上げたマイケル(ロー
ズの結婚相手)は、過激なIRA側から卑怯な裏切り者と見られ・・・執拗に命を狙われるのである。(以下略)』(大野)
この映画は、単に奇抜なアイデアだけで意外な結末だけを狙ったような軽々しいものではない。歴史的事実をふまえつつ、そこでの人生の意味を問いながら、自分はいかにあるべきかをそれぞれに突き付ける、重みのある映画だ。その上での、感動が結末にある。
上に紹介した大野さんの記事の最後に、以下の記述がある。
『・・・愛と真実を信じ100年を生き抜いた女性の物語「ローズの秘密の頁」は、バリーが「歴史の中に埋もれ、忘れ去られた、自
身の遠い祖先の声を掬い上げ」ようと書いた小説であった。シェリダンは、このベストセラー小説を映画の文法作法に則って再構
築することで、20世紀アイルランド社会が生み出した闇の告発と犠牲者たちの魂へのオマージュとしたのである。』
的を得たなかなかの名文である。
その原作も読んでみようと思ったが、残念ながら邦訳されていないという。(どなたか、日本語訳の本を早く出してください!)
『ローズの秘密の頁』-公式サイト
『麦の穂をゆらす風』-マイブログへ
若い日のローズ役の「ルーニー・マーラ」、特徴的で魅力的な女優-どこかで見たと思ったら『ライオン』で見た彼女だ。
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『アイルランドの歴史』-ウィキペディアのページ