
(今日の夕陽16時37分-仕事場から)
”憎まれ役を押しつけるような気がして!”と
お世話をしているウォーキング倶楽部のYさん
からメールがきた
12月例会の今年納めウォーク後、夕方から納会
(世間でいう忘年会)を開催するのが倶楽部10年
来の恒例行事で今年も名幹事のYさんがいろいろ
と楽しい企画を推進してくれている
そのことについて部員共通の掲示板に名幹事から
お願いしてあることに数名の部員の反応がないの
でここは自分の出どころと少しお小言を書いたら
Yさんが逆に気をつかってメールを送ってきた
出欠の返事を求めているだけで別に憎まれるよう
なことではないが幹事としては少しでも早く参加
数を確定して準備やら会場の店に連絡したいので
協力してやりたい
以前もブログに書いたことがあるが亡くなった母
から言われ続けたことがある(広島弁だが)
”人に嫌われんようにしんさい!”
”人に嫌がられることをしちゃいけんよ!”
裏を返せば
”人に好かれるようにしんさい!”
”人に好かれることをしんさいよ!”
そう思って自分では守ってきたつもりだが、これは
相手が判断することで果たしてどうだかわからない
幹事のYさんからみれば自分のやったことは「憎ま
れ役」に思えたのかもしれない
「憎まれ口」をたたいたのかもしれない
受け取るほうもそう感じているのかもしれない
いつの頃からか、そういうことを言う自分になった
それは、多分、関わるところで年長者になってから
だと思う・・・
つまり年長者はいざとなれば「憎まれ役」を買うくら
いの自覚がないと物事はまとまらないし進まない
とくに一生懸命に皆のためにやっている人を見てい
ると障害となることは排除してやりたい
年寄りは口出ししないようにとよく言うが、見て見ぬ
ふりをする無責任な態度だけはとりたくない
正義感は強いほうだと思うが、これも思い込みかも?
それで嫌われていたら母の教えを破ることになるが
好かれるとか
嫌われるとか
今はあまり気にしないことにしている
落合博満元中日監督ではないが、自分がお世話をする
限り、そのチームとか倶楽部とかサークル、組織等の
メンバーは大事にしたい”メンバーになってよかった!”
と言ってもらえる環境をつくりたい!
そこで、メンバーひとり一人に進化、成長してほしい
それがお世話役の自分の役割で、そのための憎まれ役
ならそれでもいいと思ってやっている
しかし人はどう思っているのか聞いたこともないし
聞かされたこともないので自分にはわからない
1997年の「マイブーム」という流行語をつくった
イラストレーターのみうらじゅんさんの本を読んだら
興味深いことが書いてあった

人間関係をスムースにやっていくには
「ご機嫌とり」がいいという
”なんで俺がそんなことをしなければ・・・”
という我(自分)をなくして
"自分があの人のためにできることなら・・・"
と機嫌をとる(喜ばれる)ことを考えたほうがいい
といっている
なるほどなあ・・・
しかしこれはまさに修行だな
なかなか自分をなくせない
みうらさんは
「ご機嫌とり」を
「菩薩行」と言っている
つまりそれほど難しいということ
省みると「ご機嫌とり」などあまりやってこなかった
うーん、昭和の時代に親しい友人からさりげなく言わ
れたことを思い出した
”優しくて親切だけど時に冷たいと思うことがある”
もうこの人だめだと思ったら引いてしまうところかな
そんなことだったと思う
友人は「菩薩行」が足らんと見抜いていたのかなあ
その友人Tさんは信仰心の篤いすばらしい人だった
定年以降は会っていないので会ってみたくなった!