<ヨハネによる福音書6:37-51>
主イエスは「わたしが命のパンである」と言いました。
この「命」とは肉体のことではなく
魂をも含めた人の全人格を意味しています。
神はかつてイスラエルの民がエジプトを脱出したときに、
40年に渡りシナイ半島の荒野を放浪させ、
「人はパンだけで生きるものではなく
神の口から出る言葉で生きる」ことを教え訓練なさったのでした。
主イエスを教会救い主と信じる私たちも主日ごとに
この礼拝を通して命のパンを分け合い
主イエスに生かされていることを確認するのです。
人生の岐路に主イエスの養いを求め続ける信仰生活でありますように。
司祭 ヨハネ小野寺達
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主イエスは「わたしが命のパンである」と言いました。
この「命」とは肉体のことではなく
魂をも含めた人の全人格を意味しています。
神はかつてイスラエルの民がエジプトを脱出したときに、
40年に渡りシナイ半島の荒野を放浪させ、
「人はパンだけで生きるものではなく
神の口から出る言葉で生きる」ことを教え訓練なさったのでした。
主イエスを教会救い主と信じる私たちも主日ごとに
この礼拝を通して命のパンを分け合い
主イエスに生かされていることを確認するのです。
人生の岐路に主イエスの養いを求め続ける信仰生活でありますように。
司祭 ヨハネ小野寺達
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