今日(1月23日)は「ワンツースリーの日」
記念日協会によると、「123」で、掛け声の「ワンツースリー」とよむ。語呂合せ。
何か新しいことを始めるきっかけの日にと、起業を目指す人々などが制定した・・・とある。
♪ワン・ツー ワン・ツー ワン・ツー ワン・ツー
しあわせは 歩いてこない だから歩いて ゆくんだね
一日一歩 三日で三歩 三歩進んで 二歩さがる
人生は ワン・ツー・パンチ 汗かき べそかき 歩こうよ
あなたのつけた 足あとにゃ きれいな花が 咲くでしょう
腕を振って 足をあげて ワン・ツー ワン・ツー
休まないで 歩け ソレ ワン・ツー ワン・ツー ♪
1968(昭和43)年11月に発売され水前寺清子 の大ヒット曲となった「三百六十五歩のマーチ」。作詞は、星野哲郎 、作曲は、米山正夫。昭和の名曲の1つである。以下でMIDIが聞けるよ。
三百六十五歩のマーチ(MIDI)
http://www.fukuchan.ac/music/j-sengo2/365honomarch.html
それまで演歌の本流とも言える楽曲をリリースし続けた水前寺の13枚目に出した歌謡曲ナンバーで、歌詞にも登場する「ワン・ツー・パンチ」というサブタイトルが付けられていた。題名のとおり一日一歩ずつ歩み続ける人生を励ますマーチ(行進曲)調の曲である。ジャケットの写真もそれまでの着物姿から一転、鼓笛隊のコスチュームに身を包んだ水前寺がバトンを手にポーズを決めたものとなっている。
この歌は、テンポのよいマーチのリズムが楽しく心地よいが、それ以上にとにかく歌詞が良い。「幸せは歩いてこない だから歩いてゆくんだね」だけど、前へ前へと進むのもよいが、「 三歩進んで、二歩さがる 」ゆとりが、必要だ、そして、兎に角「汗かき べそかき 歩こうよ」そうすると、あなたの歩いていった 足あとにゃきっと「きれいな花が 咲くでしょう」と言うのである。まさに名言である。
良い歌と言うのはこのようにはっきりと分かりやすい言葉で表現するのがよい。そして、その詩を生かし元気付けてくれる曲。それを、歌手が表現する。作詞、作曲、歌手による三位一体の時代にあった音楽が昭和歌謡曲のよさであろう。それが、今の何か独りよがりの歌とは違って、聞いている人の心をうち、何時までも忘れられない歌となるのだろう。
第二次世界大戦における敗戦による荒廃や混乱も、1950年代の朝鮮戦争特需により1955(昭和30)年ごろには日本経済は戦前の水準に復興し、更なる高度成長が始まった。この経済成長の要因には、先ず最初に良質で安い労働力が、あったことが上げられる。1960年代には東京オリンピックの開催(1964年)やベトナム戦争(1959年 ~1975年)などによる特需があり、この歌が発売された年・1968(昭和43)年には国民総生産(GNP)が資本主義国家の中で第2位に達した。この経済成長は世界的に見ても稀な例であり、終戦直後の復興から続く一連の経済成長は「東洋の奇跡」と言われた。
それを底辺で支えてきたのが、先に述べた良質で安い労働力、つまり、働きバチといわれた、団塊の世代であった。日本の生活習慣が大きく変化した。社会的には、東海道新幹線が開業し、海外旅行も自由化される。文化的には、テレビ・電話機がほとんどの家庭に広がる。カラーテレビの普及がはじまり、レコードプレーヤーが一般家庭にも普及。 冷蔵庫・洗濯機・扇風機などの家電製品が生活必需品となった。日本の鉄道輸送がピークに達し、 自動車の普及が始まり、モータリゼーションが本格化する。 大都市で地下鉄が次々に開通し、路面電車の多くが廃線されていった。 そして、都市部(とりわけ太平洋ベルト地帯)への人口流入が続き、住宅団地が多く建設される。大都市郊外に低質な住宅が次々供給され、スプロール化が進んでいた。
兎に角、国民は敗戦後の荒廃から抜け出すべく、前を向き、123(ワンツースリ),123(ワンツースリ)と休みも録に取らず、家庭をも顧みず必死に働いてきた。植木等の「スーダラ節」が大ヒットしたのが1961(昭和36)年のことではあるが、そのようなスーダラ的な生き方はまだまだ夢の段階であり、「しあわせは 歩いてこない だから歩いて ゆくんだよ」だが、「三百六十五歩のマーチ」の歌が大ヒットしたころには、やっと一息つきながら後のことをも振り返りながら歩むべき時代になったというべきか・・・。
そして、気がついてみると、環境汚染、環境破壊などといった環境問題 が進み四大公害病の発生、都市の過密と地方の過疎など深刻な問題が発生していた。今は、「123、123」とがむしゃらに前進じゃなく「3歩歩いて2歩下がり」歩いてきた道を反省しながらゆっくり前進する時代だと思うがね~。
(画像は、CD、水前寺清子 「三百六十五歩のマーチ/真実一路のマーチ/ウォーキングマーチ 」)
水前寺清子 - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B0%B4%E5%89%8D%E5%AF%BA%E6%B8%85%E5%AD%90
三百六十五歩のマーチ
http://www.fukuchan.ac/music/j-sengo2/365honomarch.html
高度経済成長 - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%AB%98%E5%BA%A6%E7%B5%8C%E6%B8%88%E6%88%90%E9%95%B7
団塊の世代 - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9B%A3%E5%A1%8A%E3%81%AE%E4%B8%96%E4%BB%A3
環境問題 - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%92%B0%E5%A2%83%E5%95%8F%E9%A1%8C
環境汚染(環境)
http://greenwood.cpm.ehime-u.ac.jp/sato/link/pollution.html
記念日協会によると、「123」で、掛け声の「ワンツースリー」とよむ。語呂合せ。
何か新しいことを始めるきっかけの日にと、起業を目指す人々などが制定した・・・とある。
♪ワン・ツー ワン・ツー ワン・ツー ワン・ツー
しあわせは 歩いてこない だから歩いて ゆくんだね
一日一歩 三日で三歩 三歩進んで 二歩さがる
人生は ワン・ツー・パンチ 汗かき べそかき 歩こうよ
あなたのつけた 足あとにゃ きれいな花が 咲くでしょう
腕を振って 足をあげて ワン・ツー ワン・ツー
休まないで 歩け ソレ ワン・ツー ワン・ツー ♪
1968(昭和43)年11月に発売され水前寺清子 の大ヒット曲となった「三百六十五歩のマーチ」。作詞は、星野哲郎 、作曲は、米山正夫。昭和の名曲の1つである。以下でMIDIが聞けるよ。
三百六十五歩のマーチ(MIDI)
http://www.fukuchan.ac/music/j-sengo2/365honomarch.html
それまで演歌の本流とも言える楽曲をリリースし続けた水前寺の13枚目に出した歌謡曲ナンバーで、歌詞にも登場する「ワン・ツー・パンチ」というサブタイトルが付けられていた。題名のとおり一日一歩ずつ歩み続ける人生を励ますマーチ(行進曲)調の曲である。ジャケットの写真もそれまでの着物姿から一転、鼓笛隊のコスチュームに身を包んだ水前寺がバトンを手にポーズを決めたものとなっている。
この歌は、テンポのよいマーチのリズムが楽しく心地よいが、それ以上にとにかく歌詞が良い。「幸せは歩いてこない だから歩いてゆくんだね」だけど、前へ前へと進むのもよいが、「 三歩進んで、二歩さがる 」ゆとりが、必要だ、そして、兎に角「汗かき べそかき 歩こうよ」そうすると、あなたの歩いていった 足あとにゃきっと「きれいな花が 咲くでしょう」と言うのである。まさに名言である。
良い歌と言うのはこのようにはっきりと分かりやすい言葉で表現するのがよい。そして、その詩を生かし元気付けてくれる曲。それを、歌手が表現する。作詞、作曲、歌手による三位一体の時代にあった音楽が昭和歌謡曲のよさであろう。それが、今の何か独りよがりの歌とは違って、聞いている人の心をうち、何時までも忘れられない歌となるのだろう。
第二次世界大戦における敗戦による荒廃や混乱も、1950年代の朝鮮戦争特需により1955(昭和30)年ごろには日本経済は戦前の水準に復興し、更なる高度成長が始まった。この経済成長の要因には、先ず最初に良質で安い労働力が、あったことが上げられる。1960年代には東京オリンピックの開催(1964年)やベトナム戦争(1959年 ~1975年)などによる特需があり、この歌が発売された年・1968(昭和43)年には国民総生産(GNP)が資本主義国家の中で第2位に達した。この経済成長は世界的に見ても稀な例であり、終戦直後の復興から続く一連の経済成長は「東洋の奇跡」と言われた。
それを底辺で支えてきたのが、先に述べた良質で安い労働力、つまり、働きバチといわれた、団塊の世代であった。日本の生活習慣が大きく変化した。社会的には、東海道新幹線が開業し、海外旅行も自由化される。文化的には、テレビ・電話機がほとんどの家庭に広がる。カラーテレビの普及がはじまり、レコードプレーヤーが一般家庭にも普及。 冷蔵庫・洗濯機・扇風機などの家電製品が生活必需品となった。日本の鉄道輸送がピークに達し、 自動車の普及が始まり、モータリゼーションが本格化する。 大都市で地下鉄が次々に開通し、路面電車の多くが廃線されていった。 そして、都市部(とりわけ太平洋ベルト地帯)への人口流入が続き、住宅団地が多く建設される。大都市郊外に低質な住宅が次々供給され、スプロール化が進んでいた。
兎に角、国民は敗戦後の荒廃から抜け出すべく、前を向き、123(ワンツースリ),123(ワンツースリ)と休みも録に取らず、家庭をも顧みず必死に働いてきた。植木等の「スーダラ節」が大ヒットしたのが1961(昭和36)年のことではあるが、そのようなスーダラ的な生き方はまだまだ夢の段階であり、「しあわせは 歩いてこない だから歩いて ゆくんだよ」だが、「三百六十五歩のマーチ」の歌が大ヒットしたころには、やっと一息つきながら後のことをも振り返りながら歩むべき時代になったというべきか・・・。
そして、気がついてみると、環境汚染、環境破壊などといった環境問題 が進み四大公害病の発生、都市の過密と地方の過疎など深刻な問題が発生していた。今は、「123、123」とがむしゃらに前進じゃなく「3歩歩いて2歩下がり」歩いてきた道を反省しながらゆっくり前進する時代だと思うがね~。
(画像は、CD、水前寺清子 「三百六十五歩のマーチ/真実一路のマーチ/ウォーキングマーチ 」)
水前寺清子 - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B0%B4%E5%89%8D%E5%AF%BA%E6%B8%85%E5%AD%90
三百六十五歩のマーチ
http://www.fukuchan.ac/music/j-sengo2/365honomarch.html
高度経済成長 - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%AB%98%E5%BA%A6%E7%B5%8C%E6%B8%88%E6%88%90%E9%95%B7
団塊の世代 - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9B%A3%E5%A1%8A%E3%81%AE%E4%B8%96%E4%BB%A3
環境問題 - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%92%B0%E5%A2%83%E5%95%8F%E9%A1%8C
環境汚染(環境)
http://greenwood.cpm.ehime-u.ac.jp/sato/link/pollution.html