今日のことあれこれと・・・

記念日や行事・歴史・人物など気の向くままに書いているだけですので、内容についての批難、中傷だけはご容赦ください。

ざりがにの日

2009-05-12 | 記念日
私がこのブログを書くのにいつも参考にさせてもらっている「今日は何の日~毎日が記念日~」の5月12日の記念日の中に「ざりがにの日」というのがあった。しかし、そこには、記念日に選ばれた理由も何もかかれていなかったので、色々ネットで調べ、以下参考に記載の「MANAしんぶん」を見て、凡そのことが分かった。
この日、つまり、1927(昭和 2)年5月12日は、神奈川県の養殖業者が、アメリカ・ニューオーリンズから、食用カエルの餌用としてザリガニを持ち帰った日らしい。
1918(大正7)年5月に東京帝国大学の渡瀬庄三郎教授の手によって北アメリカ産巨大種の食用蛙(Rana catesbeiana)が食用として輸入され、その後、1920(大正9)年頃から国の指導により各地で養殖されるようになったが、この食用のカエルの飼育には渡瀬の助手をしていた河野卯三郎たちが携わったようだが、これと軌を同じくして、卯三郎の長兄河野芳之肋が、神奈川県大船(鎌倉郡小坂村岩瀬)で民間初の“鎌倉食用蛙養殖場”((現、いわせ下関こども広場)を開設したという。卯三郎もその後、兄の養蛙を手助けするようになり、鎌倉養殖場はアメリカのニューオリンズにある会社から種蛙を直接輸入し、国内はもちろんのこと、遠く北米にまでその名を知られるようになったという。その後、芳之助は商用を兼ねて、1927(昭和2)年に一度渡米をしているが、同年5月12日帰国。その時の様子を、弟の河野卯三郎が遺稿集で、以下のように述べているという。
“当時米国に居た私の愚兄(芳之助)が、日本に帰るとき生きたブルフロッグと、その餌であるアメリカザリガニを、ビヤダルに一杯持参し、大船の田園都市の近くに水田を改造して養蛙池を造り、蛙をザリガニと共に放養したところが、そのザリガニが野生になって大船一帯に繁殖したのが、アメリカザリガニが日本に渡来した始めである”・・・と。又、この池から逃げだしたザリガニが、1930(昭和5)年に岩瀬の小川で捕獲されたザリガニ”と符合するという。そして、このときの蛙とザリガニの輸入を最後として、昭和初年の経済恐慌(1927年~1930年)のさなか、鎌倉養殖場は自然閉鎖されたとのことである(詳しくは同HPEssay Notes:食用蛙とアメリカザリガニ(酒向 昇 エビ研究家)参照)。
渡瀬教授によって輸入された食用ガエルは、味ではなく、雄の鳴き声は牛の声に似て低く大きく遠くまで響き渡ることから、これを「ウシガエル」とよび、日本では食用ガエルといえばこの「ウシガエル」を指すことが多い。日本には、渡瀬教授が米国へ渡米時にカエル料理を食したことに始まる。淡白な味に感激し、これはいけると産業化を思い立ったという。帰国するや送付を以来し、1918(大正)年には17匹が到着し、東京市芝区白金の東京帝大附属伝染病研究所の池に放たれ、養殖には成功したが結局、日本人には見向きもされなかったようだが、それでも、昭和初期や戦後の一時期には、アメリカ向けの有力な貿易品となり、1949(昭和24)年には800トンを輸出、当時の金で2億5000万円の貴重な外貨を稼いだという。やがて、BHC(以下参考に記載の「EICネット[環境用語集:「BHC」]」参照)騒動などで輸出先を失った(朝日クロニクル「週刊20世紀」より。以下参考に記載の「衆議院会議録情報 第063回国会 物価問題等に関する特別委員会 第14号」又、「ウシガエル ~ ぶんぶく探検隊 ~」も参照)。思い起こせば、第二次大戦中、私が子供の頃徳島の母方の親戚に疎開していたが、近所の仲間と一緒に、池へ棒の先に紐で結わえた生きたトンボを餌にして、食用ガエルを捕りに行ったのを思い出すよ。戦時中は、結構食料にされていた。又、現役で仕事をしている頃、1~2度、食用ガエルを食べたことがあるが、淡白で食べやすく美味しかったよ。ただ、慢性的な食料不足に悩まされてきた日本が、食用として養殖された個体が逃げ出し、日本各地のみならず世界中に定着。大型かつ貪欲で、環境の変化に強い本種は在来種を捕食してしまうことが懸念され2006年外来生物法により特定外来生物に指定された。そのため現在本種の日本国内での流通はないという。世界の侵略的外来種ワースト100にも指定されている。
ザリガニは、池や川など水辺に生息する身近な動物なので、子供たちの夏の遊び相手とされており、私なども、息子がまだ小さい頃、明石城跡を整備した明石公園内の池で、息子と一緒にスルメを餌にザリガニ釣りをよくしたものだ。
日本の在来種といわれる「ニホンザリガニ」は北海道や東北北部などごく限られた地域に分布していた固有種・アメリカザリガニ科の(Cambaroides japonicus【De Haan, 1841】)であり、ザリガニの語源は、体内で生成される白色結石から仏舎利を連想して「シャリカニ」(シーボルト著、「ファウナ・ヤポニカ(日本動物誌)」で用いられているニホンザリガニの和名)となったとする説もあるが、ザリガニの後ずさり行動に由来する「ヰザリガニ(居去り蟹)」が転化してザリガニになったというのが最も有力だそうである(Wikipedia)。
しかし、このように極限られた北日本の地域で細々と生息していたため、江戸時代には、北海道もまだ未開の地であったので、ザリガニの存在など殆どの人は知らなかっただろうし、明治時代や大正時代でも、まだ、生きたザリガニを見たことのある日本人は一般にはいなかった。それが、現在、身近に見れるようになったのは、先に書いた「ウシガエル」の餌にするために輸入された「アメリカザリガニ」が逃げ出し、いつしか、日本各地で自然増殖したものが多いからだが、このほか、20世期に北米から移入されたものに、ザリガニ科のウチダザリガニ(亜種もしくは変種にタンカイザリガニ)もおり、これらの帰化種が持ち込んだ寄生虫や伝染病、河川環境の悪化などが日本古来の生態系を破壊する一因となっている。「ニホンザリガニ」は2000(平成12)年には環境省の絶滅危惧II類(VU)(環境省レッドリスト)に指定されている(以下参考に記載の「環境省生物多様性センター」のここ参照)
北米から移入された2種のうちでも特に、アメリカザリガニの分布が日本全土にを広がっているようだ。
シーボルトが西洋の薬であった“「ら蛄石(オクリカンキリとも呼ばれる)」はザリガニの胃の中にできる結石である”などと説明しても、それを聞いた門下生は、「ザリガニ」など見たこともないはず。
日本文化の中では、ザリガニなどは、マイナーな存在であり、昭和も中程の時代になってもまだ、余り食用とはされていなかったことは久生 十蘭 (ひさお じゅうらん)の『キャラコさん』(1970(【昭和45】初版)を読んでもわかる。
廃棄金山を復活させようとしている大学の研究室を出たばかりの4人の若い
科学と道連れになり、いっしょに、丹沢山の奥へ出かけ手助けしようと思った退役陸軍少将・石井長六閣下の末娘・キャラコ(あだな。本名:剛子)は、4人の為に裏山から色々なものを捕ってきて、丹沢奥の寝泊りしていた破小屋(あばらごや)の中で、力のつく食物をと、精一杯の料理を作ってあげる。その見事なご馳走をみて、驚く4人だが、特にその中の1品の料理を食べろといわれて、へどもどしながらのキャラコとの以下のような会話がある。
「いや、結構です、結構です。……いけないなんてことはない。毒薬でさえなければ、何を使ってくだすっても結構ですが、それはそうと、この蟹(かに)と海老(えび)の合の子のようなのは、いったい何者ですか」
「これはね、有名な蜊蛄(ざりがに)よ。……日本の食通がひどく珍重するんですって。あたし、日本アルプスの山のホテルでいちどいただきましたわ。となりのテーブルにフランス人がいましてね、これが皿に盛って出ると、エクルビース、エクルビース! といって夢中になってよろこんでいましたわ。フランスでも、たいへんいきなものになっているんですって。……でも、どんなふうにお料理するのか知りませんから塩うでにしましたの。……(青空文庫・キャラコさん/女の手より)。
この文章にも見られるように、ザリガニには、漢字の「蜊蛄」が使われているが、江戸時代の文献にも漢字表記では、「蜊蛄」と書かれているようだ。
しかし、当時ザリガニなど見たこともない人にとって、突然出された大きな鋏を持った海老のようなザリガニ料理を出されて肝を冷やしただろう。日本ではあまり食用とされないザリガニ料理だが、原産地の北アメリカでは食用に漁獲され地元の名物料理とされているようだし、「キャラコさん」が言っているように、フランス料理の高級食材エクルビス(ザリガニのフランス名)には、アメリカザリガニ、ウチダザリガニなどが使用されるようだ。豪州でも日常的に家庭で調理されるという。また、中華料理でも小龍蝦(xiao long xia)と呼ばれ人気の高い食材であるそうだ。日本でも外国料理店や一部の料亭などでザリガニ料理を出す場合もあり、築地場内でもザリガニを販売している店があるが、全国的には食用とは認知はされていない。
いらぬお世話だが、この小説『キャラコさん』は、日本が太平洋戦争に突入した戦局の暗雲立ち込める時代に書かれたにもかかわらず、キャラコと呼ばれる20歳前の若くて何の屈託も無い明るい女の子を主人公にした珍しい小説。以下参考に記載の青空文庫:「作家別作品リスト:作家名: 久生 十蘭」で読めるので、読まれていない方は一度読まれるとよい。
それに、今はペットブームで、海外の色んな動物など飼っている人が居るが、余り、外国の動・植物を日本国内で育てるのには個人的には賛成したくないよな~。
(画像は、アメリカザリガニ。Wikipediaより)
参考:
今日は何の日~毎日が記念日~5月12日
http://www.nnh.to/05/12.html
ザリガニ - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B6%E3%83%AA%E3%82%AC%E3%83%8B
環境省生物多様性センター
http://www.biodic.go.jp/
MANAしんぶん
http://www.manabook.jp/index.html
ザリガニ図鑑・アメリカザリガニ/佐倉ザリガニ研究所
http://crayfish-study.sakura.ne.jp/pbc03.html
ぼうずコンニャクの市場魚貝類図鑑
http://www.zukan-bouz.com/index.html
ざりがに.COM
http://www.geocities.jp/ideryusei/index.html
ザリガニ研究者のホームページ
http://www14.plala.or.jp/usio/index.html
昭和恐慌 - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%98%AD%E5%92%8C%E6%81%90%E6%85%8C
EICネット[環境用語集:「BHC」]
http://www.eic.or.jp/ecoterm/?act=view&serial=2230
衆議院会議録情報 第063回国会 物価問題等に関する特別委員会 第14号
http://kokkai.ndl.go.jp/SENTAKU/syugiin/063/0650/06305120650014a.html
ウシガエル ~ ぶんぶく探検隊 ~
http://www16.ocn.ne.jp/~bunbukut/ry...usigaeru.htm
長崎大学薬学部 長崎薬学史の研究~シーボルトの治療薬「十八道薬剤」
http://www.ph.nagasaki-u.ac.jp/history/research/cp1/siebold_18dou.html
作家別作品リスト:作家名: 久生 十蘭
http://www.aozora.gr.jp/index_pages/person1224.html#sakuhin_list_1
丹沢山 - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%B9%E6%B2%A2%E5%B1%B1
「キャラコさん」
http://www.jade.dti.ne.jp/~suzaku/kyarako.html