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北里柴三郎口述、伝染病研究所助手 中川愛咲編纂による「伝染病研究講義」が出版された

2009-09-06 | 歴史
1896(明治29)年9月6日、北里柴三郎口述、伝染病研究所助手 ドクトル 中川愛咲編纂による『伝染病研究講義』(以下参考の※1:「国立国会図書館/北里柴三郎 | 近代日本人の肖像」の伝染病研究講義 第1巻参照)が出版された。
以下参考に記載の※2:微生物管理機構の「北里柴三郎博士の秘話」の中の“伝染病研究講義という講義録”には、中川愛咲の『伝染病研究講義』の編纂目的と共に、伝染病研究講義の第七章でインフルエンザ菌についての記載(4頁半)があり、その最初に「第一概論、発見の次第」と言う項目には、大凡次のような事が述べられているという。
インフルエンザは伝染性の呼吸器炎症(以下参考の※3:「呼吸器炎症=9割がウイルス性=抗生物質は効果なし=目立つ不適切な服用【日経新聞】」参照)で時には全世界に蔓延する。その原因(コンタギウム)は諸種伝染病に於けるごとく微生物であることは既に1891年の冬欧州の流行を観察した諸家の認めるところだが、本菌の人工培養には成功していない。しかし、1892年1月になって初めてインフルエンザ菌がグリセリン寒天培養基に発育することを確定した(北里、ドイツ医事週報92年1月)。その後プファイフェル氏は血液を寒天斜面培養基に塗布して本菌を培養することに成功した」。・・・とあり、インフルエンザ菌がプファイフェル(Pfeiffer)によって“確定されたのではなく、北里自身がインフルエンザ菌を“確定した・・と、つまり、来里博士が最初の発見者であると受け取れる表現がされている。
毎年のように突如として流行が始まり、短期間の内に学級閉鎖が広まり、また急速に消え去ってしまうインフルエンザ(Influenza)とは、インフルエンザウイルスによる急性感染症の一種であり、流行性感冒(略称・流感)ともいわれているが、発病すると、高熱、筋肉痛などを伴う風邪の様な症状があらわれる(詳細は症状を参照)。
インフルエンザとヒト(人)との関わりは古く、古代エジプトにはすでにインフルエンザと見られる病気の記録が残っているそうだ(「インフルエンザウイルス#歴史」を参照)が、昔の人は、短期間に広い地域で多くの人が一斉に発症することから「天体の影響Influentia coeli」に起因するカゼと考え、これらのことに由来してインフルエンザInfluenzaと呼ばれるようになったという(以下参考の同じく、※3:微生物管理機構の「暮らしと微生物曖昧摸糊」の中の“128. インフルエンザの病原体”のページ参照)。
北里博士が6年間のドイツ留学を終えてベルリンを離れたのは1892(明治25)年の3月のことであるが、その直前、1891(明治24)年の冬に、ヨーロッパではインフルエンザが大流行していたようだが、1890年代には、多くの医師等により、インフルエンザは細菌による伝染病であろうことは推測されていたものの、その病気を起こす細菌がみつかってはいなかった。その主な理由は、健康な人の口の内にもたくさんの細菌が存在し、どれが病気を起こす細菌なのかを区別することが難しかったことが原因のようであった。そんな中で、ドイツのコッホ研究所にいたプハァィフェル(Pfeiffer)が、患者の鼻咽頭(咽頭-Yahoo!百科事典参照)に小さな桿状(かんじょう)の細菌の存在に気付き、この細菌は、インフルエンザ患者の鼻咽頭に認められるが、健康なヒトには存在しないとの観察結果より、インフルエンザの原因菌であると結論した。その研究報告が1892年(明治25)に論文として掲載され、このことから、微生物の教科書などには、インフルエンザ菌の最初の発見者は彼だとされているが、同論文が掲載されている同じ頁に、北里による「インフルエンザ菌とその培養法」という研究報告も掲載されているという。したがって、先の中川愛咲編纂による「伝染病研究講義」では誰がということを特定はしていないが、北里博士が最初の発見者のようなニューアンスで書かれているのであろう。
しかし、今日では、インフルエンザ(Influenza)の病原体はRNAウイルスインフルエンザウイルスであるとされているが、ウイルスが、分離されたのは1933(昭和8)年になってからのことであった。
プハァィフェルや北里博士がインフルエンザ菌を発見した後の1918(大正7)年から1919(大正8)年にかけて発生したインフルエンザは、スペインで国王や首相らが感染したことからスペインかぜ(スペインインフルエンザ)と名づけられ、最も世界的な大流行(パンデミック)となったものだが、このときのインフルエンザは、各国に伝播して約2500万人が死亡したといわれる(アサヒクロニクル週刊20世紀)。これは14世紀の黒死病(ペスト)以来の悲惨さで、第一次世界大戦も終結に導いたとも言われるほどであった。
そのことから、ヒトインフルエンザウイルスの多くはマウスやウサギに対して病原性を持たなかったが、インフルエンザ菌はインフルエンザの本当の病原体ではないのではないかとの強い疑問がだされ、英国のスミス(Smith)らによって、インフルエンザ患者の咽頭を拭ぐった液を色々な動物の鼻に接種する感染実験が行われ、ついに、1933(昭和8)年、イタチ科のフェレットを用いた感染実験によって初めてヒト以外の動物に感染させることに成功。そして、この病原体が、細菌を通さない濾過器を通過することを示してウイルスが原因であることを最初に証明したのであった。したがって、このようなウイルスが知られていなかった頃は病原体として細菌しか知られていなかったため、患者から分離されたインフルエンザ菌が原因だと思われていたのであった。
1918(大正7)年にスペインカゼが米国で猛威を振るっていた頃、ブタにもインフルエンザと似た呼吸器の病気が流行していることを観察し、これをブタインフルウンザと名づけた科学者がいた。その後も毎年ヒトの流行期と重なるようにブタインフルエンザの流行が繰り返されていたようだ。又、18世紀末から19世紀初頭にかけてニワトリや七面鳥等の家禽(カキン)に脳炎や全身からの出血を特徴とする死亡率100%の家禽ペストFowl plagueと呼ばれる流行性の病気が欧州全土で猛威を振るっていた。そして、この時、ニワトリから家禽ペストの原因ウイルが1927(昭和2)年に分離され、家禽ペストウイルス「Fowl【鳥類の】plague【Vペスト】virus【ウイルス】」、「Myxovirus pestis-galli」と命名されているようだ。このように、スペインかぜ以降も、人だけでなく家畜や家禽の中にもインフルエンザは毎年継続して感染流行を起こしている。
しかし、近年は新型ヒトインフルエンザのパンデミックが数十年起こっていないこと、死亡率が減少したことなどの安心感からか「インフルエンザは風邪の一種、恐れる病気にあらず」と捉える人が多くなったたようだが、これは誤解である。インフルエンザの症状はいわゆる風邪と呼ばれる症状の中でも別格のものであり、急性脳症や二次感染により死亡することもある。パンデミック化したインフルエンザは人類にとって非常に危険なウイルスなのである。
新型インフルエンザとは、新たに人から人に伝染する能力を有することとなったウイルスを病原体とするインフルエンザであって、一般に国民が免疫を獲得していないことから、全国的かつ急速なまん延により国民の生命および健康に重大な影響を与えるおそれがあると認められるものを言っている。
今般、メキシコや米国等で確認された新しい豚インフルエンザ(H1N1)を感染症法第6条第7号に規定する新型インフルエンザ等感染症に位置づけ、感染の拡大を防止す様々な対応が国際的な連携のもとに始められている。
今回の新型インフルエンザは、その遺伝子が豚インフルエンザのものに似ていることから、確認当初は豚インフルエンザと呼ばれていたが、その後の研究で、今回のインフルエンザウイルスが豚インフルエンザウイルスの遺伝子のほかに、鳥インフルエンザウイルス及びヒトインフルエンザウイルスの遺伝子も持つことが確認されているようだ(以下参考の※4:「厚生労働省・感染症情報」参照)。
日本で感染者が初めて確認されたのは2009(平成21)年5月8日、カナダから米国経由で帰国した高校生と同伴教員である。検疫体制強化の水際作戦が新聞やテレビで報道されていたが、テレビでの検疫陣の姿を見ているとまるで、細菌検査体制の物々しさであり、当初厚生省はさもこの水際作戦が功を奏したようにも受け止められる発言をしていたが、その後、同省が神戸の高校生を初の国内感染者と認めたのが、8日後の5月16日のことであった。これら高校生は渡航歴がないことから国内で初めてのヒトからヒトへの感染の確認例ともなった。その後も、検疫強化体制は続けられたが、神戸の感染例が見つかる前の段階での国内での新型インフルエンザ対策の問題が指摘されている。神戸では、医師が的確な判断で新型のインフルエンザである事を最初に発見した。しかし、その後、神戸・大阪を中心に高校生の間で大流行したが、両市などでは市および学校など関係者の適切な対応で大事にはいたらなかったものの、国や厚生省の新型インフルエンザへの対応の不備が露呈された格好となった。その後も各地で新型インフルエンザは広まっているようだが、混乱を避けるためか余り報道はされていなかったが、8月15日沖縄県で新型豚インフルエンザの感染者が肺炎を起こし1名死亡したことが報じられた。亡くなった男性は、心筋梗塞の治療暦があり、慢性腎不全のため人工透析をうけていたというが、新型インフルエンザで初の死者を出したことは大ショックであった。この男性も海外渡海歴はない。このときの調べでは、全国5千箇所の医療機関からの最新1週間(7月27日~8月2日)のインフルエンザ患者の報告数は2655人で前週(7月20日~26日)の1312人に比べて倍増していたという。
そして、その後、神戸市でも、新型の豚インフルエンザにに感染していた77歳の男性が入院先の病院で8月18日死亡、続いて19日には、名古屋で80歳の女性がと、いずれも病気入院中に死亡した患者からインフルエンザに感染していたことが確認され、その後も重傷者が次々発見され、厚生省も過去に例の無い8月の流行を認めた。初めて発見されて以降、国民の混乱をさけてか、私たちには、あまり知らされていなかったが、今回の新型インフルエンザは実際にはその間も国内で深く静かに広まっていたのだ。
インフルエンザと呼ばれるこの古い病気は、原因のウイルスは見つけられている(冒頭画像、又、以下参考の※5:「asahi.com:新型インフルウイルス、実は細長いインゲン形」参照)が、まだまだ解らないことだらけ。高齢者や幼い子供達又、重い病気などを患い抵抗力の弱って居る人達がインフルエンザにかかると、急性気管支炎や肺炎を引き起こして死亡する危険があることは今までからわかっているが、8月20日仏公衆衛生研究所チームの発表によるよると、妊娠とメタポリックシンドローム(内臓脂肪症候群)の人は死亡リスクを高めるという。メタポに多い肥満が治療効果を低めるのかそれとも糖尿病が症状を悪化させるのかはまだ不明のようだが、メタポにはならないよう注意しなきゃ~聞けないね~。ワクチンの製造等非常に遅れているなど国の対応が良くないので、先ずは、我々自身が感染しないよう注意しなければ仕方が無い。今年の秋は新型インフルエンザが急速に拡大しており、マスクの確保と着用、外出後の手洗い、うがいなどきっちりとやってくださいね。
(画像は、2009・06・17朝日新聞朝刊より。中央は、新型ウイルスの写真)
参考:
※1:国立国会図書館/北里柴三郎 | 近代日本人の肖像
http://www.ndl.go.jp/portrait/datas/259.html
※2:微生物管理機構
http://www.microbes.jp/
※3:呼吸器炎症=9割がウイルス性=抗生物質は効果なし=目立つ不適切な服用【日経新聞】
http://www.nikkeyshimbun.com.br/2006/060208-41kenkohiroba.html
※4:厚生労働省・感染症情報
http://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou.html
※5:asahi.com:新型インフルウイルス、実は細長いインゲン形
http://www.asahi.com/science/update/0615/TKY200906150017.html
インフルエンザ - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%83%95%E3%83%AB%E3%82%A8%E3%83%B3%E3%82%B6
インフルエンザ / Influenza (東京都感染症情報センター)
http://idsc.tokyo-eiken.go.jp/flu/index.html
神戸大学トップページ / 「新型インフルエンザ」関連情報
http://www.kobe-u.ac.jp/info/topics/menu/Flu.htm
池田光穂-病気の文明史
http://www.cscd.osaka-u.ac.jp/user/rosaldo/020501civil.html
メタボリックシンドローム - Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A1%E3%82%BF%E3%83%9C%E3%83%AA%E3%83%83%E3%82%AF%E3%82%B7%E3%83%B3%E3%83%89%E3%83%AD%E3%83%BC%E3%83%A0
新型インフル、メタボも死亡リスク高まる恐れ 仏研究所:asahi.com
http://www.asahi.com/special/09015/TKY200908210356.html