本日も1階後方下手寄りで観劇。
さえちゃんは熱血。時々、猫科動物が牙を剥いて威嚇している姿が連想された。
・出だしのキリヤン、狂気タップリ。若いけど。
・オープニングの法廷、上手側の仮面ちゃん最前列の子の動きがイイ!
ピキピキして、ポーズの保持も的確。
・シシイとパパは仲が良いよねえ。んで「貴族として変わり者」って
雰囲気もあると思う。この二人なら「サーカスの芸人の振りをした」って
逸話も納得だ。
・今日初めて知った!みゆちゃんのパパはエリちゃんだったのね。
なにを見てきたんだ~。
・母「后になりますの!」のところで、「わあ~、おきさきさまぁ~」って
夢見る少女のみゆちゃんの表情はカワイイよ!要チェックのこと。
・震える黒天使は好きだわ。ここに限らず、黒天使の群舞は好き。
10人でも6:4で動いたり、線対称の動きだけではないところが。
・ひら~。素敵よ~。
・「私だけに」。アサコの声は良く出ている
・「ツェップス、手のひらを見る」は今日も無し。変更なの?
このメンツだと、ツェップスが悪の首謀者だね。
・「君の手紙何度も読んだよ」のガイチの背中に泣ける。
皇帝として「義務を捨てる」ことはできない。全てをなげうつことはできない。
それでも、自分のできる最大限の譲歩をする。シシイの我が儘に負けるのではなく、
彼女への愛のために、皇帝自らが選んだ道なのだ。
その深い愛情に泣く。
・ルキーニが撮影したのは帝劇ルキーニ&婚約者のシルヴィアさん
・ハンガリー戴冠式でのルキーニ、その位置で撮ると、写るのはトート閣下では?
・マダムは赤毛に青い羽根飾り。でも胸元は首飾り&ブローチ。
寄せて上げてじゃなかったわ。
・シシイが見た写真には何が写っているの~?
ここのトートは、シシイを喰らうんじゃないかと思った。迫力があったわ。
・精神病院、ショールの演出自体は好きなんだけど、あんなに綺麗でなくても
いいのでは?もうちょっとボロい方が説得力があるような。
・その後、泣き顔から、キリッとした表情になるところが好き。
・ルドルフの葬儀。息子を失った悲しみに対し、妻と支え合いたい夫。
でも妻はそれを拒絶し、自分の殻の中でひとり悲しむ。
それを見た夫は、拒絶された寂しさより、嘆いている妻を
可哀想に思う気持ちの方が強い。妻を思っているんだなあ、と。
・前後しますが、ルドルフの棺の前のフランツ。皇帝として身を切るような思いで
「皇位継承は・・・」とルドルフに告げ、見放したように思えるけれど
「自殺者の葬儀は出せない」という法王庁に長い電報を打って埋葬許可を取ったり
最初に葬儀を拒絶した枢機卿が、後日法王に選出されそうになると
オーストリア皇帝の権限で阻止したりと、そんなエピソードを知っていると
息子としてはちゃんと愛していたんだよなあ、って思う。その辛さを
埋めてくれるのはシシイしかいないのに。。。、と上記に続く。
・「死は逃げ場ではない」があっさり。と思ったら、その後の「愛と死の露輪舞」では
ボロボロ(←感情的に。役者さんの歌ではなく)なトート様なのだった。
痩せ我慢だったのね。その落差がイイかもよ~。
・トートとルキーニの関係性がイマイチ見えなかったんだけど
今回観て、手下でもないし、何かを狂おしく求める者でもなく、
割と普通の男が、トート様に見いだされてしまったために、
エリザベートを殺す道具として使われちゃったのかなあ、なんてことを思った。
最終答弁の後、つまり1898年9月10日に、レマン湖にいたルキーニに
トート様が「取り憑いた」から、ルキーニはエリザベートを刺したのかな、なんて。
トートとルキーニの関わりは、最終答弁でナイフを受け渡したとき
初めてできたのかなあ、と。だから「俺ではない」と弁明しているのか、と、
勝手に話しを作ってみたり。
・フィナーレの男役群舞、笑っちゃうほど揃っていない。けど、
ムラの初日より、だいぶ揃ったのよ、コレでもさ。
腰が入りすぎの越リュウに惚れ惚れさ。
他にもあったような気がするんだけどなあ。「ワタシャなにを観てきたんだ~」と思った場面がもっとあった気がするんだけど。その辺は12日に確認してきます。
さえちゃんは熱血。時々、猫科動物が牙を剥いて威嚇している姿が連想された。
・出だしのキリヤン、狂気タップリ。若いけど。
・オープニングの法廷、上手側の仮面ちゃん最前列の子の動きがイイ!
ピキピキして、ポーズの保持も的確。
・シシイとパパは仲が良いよねえ。んで「貴族として変わり者」って
雰囲気もあると思う。この二人なら「サーカスの芸人の振りをした」って
逸話も納得だ。
・今日初めて知った!みゆちゃんのパパはエリちゃんだったのね。
なにを見てきたんだ~。
・母「后になりますの!」のところで、「わあ~、おきさきさまぁ~」って
夢見る少女のみゆちゃんの表情はカワイイよ!要チェックのこと。
・震える黒天使は好きだわ。ここに限らず、黒天使の群舞は好き。
10人でも6:4で動いたり、線対称の動きだけではないところが。
・ひら~。素敵よ~。
・「私だけに」。アサコの声は良く出ている
・「ツェップス、手のひらを見る」は今日も無し。変更なの?
このメンツだと、ツェップスが悪の首謀者だね。
・「君の手紙何度も読んだよ」のガイチの背中に泣ける。
皇帝として「義務を捨てる」ことはできない。全てをなげうつことはできない。
それでも、自分のできる最大限の譲歩をする。シシイの我が儘に負けるのではなく、
彼女への愛のために、皇帝自らが選んだ道なのだ。
その深い愛情に泣く。
・ルキーニが撮影したのは帝劇ルキーニ&婚約者のシルヴィアさん
・ハンガリー戴冠式でのルキーニ、その位置で撮ると、写るのはトート閣下では?
・マダムは赤毛に青い羽根飾り。でも胸元は首飾り&ブローチ。
寄せて上げてじゃなかったわ。
・シシイが見た写真には何が写っているの~?
ここのトートは、シシイを喰らうんじゃないかと思った。迫力があったわ。
・精神病院、ショールの演出自体は好きなんだけど、あんなに綺麗でなくても
いいのでは?もうちょっとボロい方が説得力があるような。
・その後、泣き顔から、キリッとした表情になるところが好き。
・ルドルフの葬儀。息子を失った悲しみに対し、妻と支え合いたい夫。
でも妻はそれを拒絶し、自分の殻の中でひとり悲しむ。
それを見た夫は、拒絶された寂しさより、嘆いている妻を
可哀想に思う気持ちの方が強い。妻を思っているんだなあ、と。
・前後しますが、ルドルフの棺の前のフランツ。皇帝として身を切るような思いで
「皇位継承は・・・」とルドルフに告げ、見放したように思えるけれど
「自殺者の葬儀は出せない」という法王庁に長い電報を打って埋葬許可を取ったり
最初に葬儀を拒絶した枢機卿が、後日法王に選出されそうになると
オーストリア皇帝の権限で阻止したりと、そんなエピソードを知っていると
息子としてはちゃんと愛していたんだよなあ、って思う。その辛さを
埋めてくれるのはシシイしかいないのに。。。、と上記に続く。
・「死は逃げ場ではない」があっさり。と思ったら、その後の「愛と死の露輪舞」では
ボロボロ(←感情的に。役者さんの歌ではなく)なトート様なのだった。
痩せ我慢だったのね。その落差がイイかもよ~。
・トートとルキーニの関係性がイマイチ見えなかったんだけど
今回観て、手下でもないし、何かを狂おしく求める者でもなく、
割と普通の男が、トート様に見いだされてしまったために、
エリザベートを殺す道具として使われちゃったのかなあ、なんてことを思った。
最終答弁の後、つまり1898年9月10日に、レマン湖にいたルキーニに
トート様が「取り憑いた」から、ルキーニはエリザベートを刺したのかな、なんて。
トートとルキーニの関わりは、最終答弁でナイフを受け渡したとき
初めてできたのかなあ、と。だから「俺ではない」と弁明しているのか、と、
勝手に話しを作ってみたり。
・フィナーレの男役群舞、笑っちゃうほど揃っていない。けど、
ムラの初日より、だいぶ揃ったのよ、コレでもさ。
腰が入りすぎの越リュウに惚れ惚れさ。
他にもあったような気がするんだけどなあ。「ワタシャなにを観てきたんだ~」と思った場面がもっとあった気がするんだけど。その辺は12日に確認してきます。