夕螺の一言日記

毎日心に浮かんだことなどを書いてみたいと思います。。。(2014年3月13日開設)

池に浮かぶ月2106【12月22日】

2023年12月22日 20時30分40秒 | 「池に浮かぶ月」
去年はマイナンバーカードの強制がはじまりました。
健康保険証をはじめいろいろなものに紐づけされはじめ、紙の健康保険証はなくし、残った人には受付じに6円高くするとか。
任意のはずが半強制となりました。
国会は形骸化しそれは力の政治を産みます。

≪去年の今日はこんなことを・・・≫
2022年12月22日(木)「力の政治」

「池の上に月が昇る
その池に写る月は現実の月ではない
しかし現実の月を写したものであることでその池に浮かぶ月も現実である
人間の過去もすでに現実としては存在しない
しかし過去の時間の中で現実であった」
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2023年12月21日(木)「リチウムイオン電池」

2023年12月21日 22時13分23秒 | 「思うこと」
東京の粗大ごみ処理場が火事になり粗大ごみが山になっているそうです。原因は処理過程でリチウムイオン電池が発火したためだそうです。破損する時に発火する素材が燃えてしまうようですね。
リチウムイオン電池はスマホなどやおもちゃなどいろいろなものに使われていて謝って粗大ゴミに出してしまうと危ない。回収も進んでいるそうですが、粗大ごみに紛れ込んでしまうことは避けられないのでしょう。
リチウムイオン電池は電気自動車やハイブリッド車にも使われているそうですが、事故などで破損した場合は危ないのでしょうか?事故で燃えたというニュースは聞いたことがありませんが。しかし電気自動車のリチウム電池の処分は社会問題化しそうですね。
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池に浮かぶ月2105【12月21日】

2023年12月21日 20時30分14秒 | 「池に浮かぶ月」
地獄に行って
針の山を歩くのは苦しい
餓鬼となって
人糞を食らうのは苦しい
修羅となって
血で血を洗うのは真っ平だ
畜生世界で野良犬もつらいだろう
人の世に生まれ
思い憂うのもつらいものがある
天に生まれれても
死を憂うだろう
六道輪廻。。。。。
解脱も退屈だろう。。。。

≪去年の今日はこんなことを・・・≫
2022年12月21日(水)「六道輪廻も解脱も」

「池の上に月が昇る
その池に写る月は現実の月ではない
しかし現実の月を写したものであることでその池に浮かぶ月も現実である
人間の過去もすでに現実としては存在しない
しかし過去の時間の中で現実であった」
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「12月21日という日」

2023年12月21日 08時06分25秒 | 「何を思ってた?」(旧ブログまとめ)
【2023年】ツイッターつぶやき
東京の粗大ごみ処理場が火事になり粗大ごみが山になっているそうです。原因は処理過程でリチウムイオン電池が発火したためだそうです。破損する時に発火する素材が燃えてしまうようですね。
リチウムイオン電池はスマホなどやおもちゃなどいろいろなものに使われていて謝って粗大ゴミに出してしまうと危ない。回収も進んでいるそうですが、粗大ごみに紛れ込んでしまうことは避けられないのでしょう。
リチウムイオン電池は電気自動車やハイブリッド車にも使われているそうですが、事故などで破損した場合は危ないのでしょうか?事故で燃えたというニュースは聞いたことがありませんが。しかし電気自動車のリチウム電池の処分は社会問題化しそうですね。

≪過去の記事≫

【2003年】
明日は冬至ですね。。。
かぼちゃを食べないと。。。ハハハ
こちらのサイトは、明日から冬の日記となります。もう冬の真っ盛りですが、冬至を季節の変わり目としました。
僕のように冬が嫌いな人間にしてみると、冬至をすぎてこれから日が少しづつ伸びていくと思うと救われます。
こちらの掲示板に日記を書いてきましたが、明日の22日からは日記ページに書くことにしました。
これからもよろしくです。。。

【2004年】
冬至
今日からこの日記も冬。。。。寒くなりました。そろそろマフラーでも出そう。
この寒い夜。帰宅途中のコンビニの前に高校生ぐらいの女の子3人が座り込んでたむろしてました。それでまた歩いてシャッターの降りたドラッグストアーに着たらやはり3人が座り込んでいました。こんな風景は夏にはよく見たのですが、この寒いのに若い人はすごいです。

【2005年】
この数日に比べると暖かでした。とはいえもう冬本番です。
明日は冬至。この日記も冬になります。もう木々も丸裸で、落葉が一番遅いと思われる銀杏も裸になりました。
冬至と言えば「ゆず湯」
商品名です。柚子を細かくして果肉から皮、種までも乾燥させたもので、紙のバックに入っています。これをお風呂の中に入れるのですが、香りもよいしほんのりとお湯も黄色くなります。温まります。お湯が黄色くなるので発色剤でも入っているのかと思い包装の袋を見たら、そういった添加物は一切入っていないようです。
冬になるとスーパーの店頭に並びます。
しかし果物売り場の棚にあるので、勘違いをしてゆず湯として飲んでしまわないかなぁと思ったりもします。
発売元もこだま食品という食品会社ですからぁ。。。。ハハハ
飲んではだめとは書いていないようなのですが、一応飲まないです。
スポーツジムも冬になってからはじめたので行くまでが億劫です。帰りも寒いので風邪ひかないように気をつけたいです。でも、体を動かした後は体もぽかぽかで気持ちがよいです。冬に汗をかくというのはめったにないことですから冬にも体を動かして汗をかくというのはよいのかもしれません。体が軽くなったし、だるさもなく、時々立ち暗みもあったものがなくなりました。

【2006年】
個人の独裁者の政権が倒れたとき、一般庶民の生活に対してのその独裁者の贅沢な生活が浮き彫りになるというのは珍しくない。
一般庶民の困窮と権力・富を手に入れたものとのギャップは、その時代の末期の現れである。
これは、何も個人の独裁政権の話だけではない。今の格差拡大や企業優先の中での一般庶民の困窮化というシステム事態も同じである。富と権力を手に入れると、必ずオゴリがでる。そのオゴリは目に余るものとなる。一方には一般庶民の犯罪が目に余るものとなる。社会は停滞をする。この停滞を「安定生長」などというごまかしの言葉を使ったとしても、停滞は停滞である。
この時代をどうするのか。。。それは、長い歴史の中で、民主主義や個人を大切にする一般国民が多いヨーロッパからまた提起をされるのではないか?
そのとき、日本はヘラヘラしているのだろうか?

【2007年】
昨日買ったシャツを着てみたのですが。。。。
最近はMサイズなのですが、だいぶ前まではLサイズでした。
サイズの寸法変更があってからMサイズになったのですが、これがまた中途半端でして、帯に短したすきに流し。
でも、どういうわけか袖の長さはちょうどよいのですが、丈が短い?ということは足や腕は短いが胴は長いという事?丈がちょうどよいものを買うと多分袖が長すぎてめくるようになると思います。
今の若い人は手足が長くなりましたからなぁ。。。
昔の日本人体型の僕としては今のサイズは合わなくなってきてしまった。

明日は冬至。
イチョウの葉も落ちて公園の風景もすっかり冬です。
明日からこの日記は冬にはいります。
日中は暖かで気持ちが良かったのですが、朝晩はやはり寒い。

【2008年】
冬至です。古式にのっとりかぼちゃを食べて柚子湯に入りました。それにしても暖かな日でした。南よりの春一番のような風でした。

【2009年】
(記事なし)

【2010年】ツイッターつぶやき
台所のシステムキッチンの工事をしています。
システムキッチンの床をはいで配管やガス管も付け替えるのですが、見ていると建てた当時の様子が見えます。床下などというのは工事のコンクリートや木屑の破片がたくさんあり、配管などはその屑のような物でちょいと支えてある程度。まぁ、それでこの20数年なんともなく使っていたわけですからそのぐらいの工事で十分なのでしょう。
壁の工事やらも素人目から見ると大丈夫かなと思うような材料と付け方なのですが、仕上がってみるときれいになるものなのですからそれで十分なのでしょう。強度を保たせるところはきちんと、そうでもないところは経費を削りながら仕上げていく。これが職人技なのでしょう。
工事は遅々として進まないようですが、配管やガス管は漏れがないようにしっかりと仕上げていき時間を使う。そして出来上がっている製品はパパッと備え付けて約束の期日には出来上がる。これが職人技なのでしょう。
配管やガス管がきちんと寸法どおりに曲げたり伸ばしたり。電機の敗戦もひょいとブレーカーから伸ばしてくる。見た目がきれいです。雑なようでそこは雑ではない。仕上がってみるとなるほどと素人をうなずかせる。どんな道具を使うか部品を使うかを瞬時に決めていく。大雑把なようで出来上がればその部品や工具の力がきちんとした形になる。これが職人技なのでしょう。
なんだか笑いながら作業をするし、時々「いけねぇ~」「それ忘れてた」なんて言い合いながらも最後は出来上がっていく。それが職人技なのでしょう。
素人目から見て判断するというのは、いろいろなところでやってしまうものです。職人さんや技術者あるいは専門家といった人々に限らずも、物を買いに行った店の店員さんや食堂の親父さんなどなどお客として素人目で接するわけですが、そのときに文句の一つ言いたくなるような事もあるのですが、そこが素人目なのでしょう。待ってればきちんとやってくれる。ま、もちろん当たり外れはあるのですから外れにあたってしまうときもあります。これは仕方ないとあきらめるしかないのですが、あたりの場合はその技に見とれていればいいわけです。「大丈夫かなぁ。。。。」と思いながらも。

【2011年】ツイッターつぶやき
アメリカを中心とした先進資本主義国での冷戦後の新自由主義は、政治的にアメリカが言う「正義」や「自由」がどのようなものであったかが浮き彫りになり中東やアラブが正義の戦争というもので疲弊をし、それはアメリカ経済の疲弊にもつながり国民に厭戦気分を醸し出している。経済は国家財政の破たんが言われ始め金融不安が増大をして国民生活は格差を拡大している。
これは今の先進資本主義国が世界の中心から落ち始めていることを意味している。その一方ではまだその力は弱いが中国や韓国の力が増してきて市場の場としての発展途上国の力が付き始めている。先進国はこの途上国の市場に依拠せざるを得なくなり国内経済の空洞化と雇用不安を伴いながら経済進出を行わざるを得なくなっている。
今朝の朝日新聞によれば、旧ソビエトの独立国家共同体CISがユーラシア連合をめざし経済・安保で再結集し、メコン川流域6カ国のメコン地域サミットが大メコン川流域開発計画首脳会議が貧困削減など共同宣言を発表してその中に中国も参加をしている。アジアにはアメリカのTPPに警戒感を示す動きがASEANの中からも出てきておりそこにも中国の影響力が大きくなりつつある。東アジアという地域でも極東ロシアは無視できなくなり、北朝鮮の経済動向も今後どう展開するかわからない。世界規模でも途上国会議は力を今後は強めるだろう。
経済のブロック化や共同体は戦争の危険性をはらみながらも先進国に経済的にはまだ依拠しながらも対抗するものとして作用をすることは自然な流れだろう。
先進国に対抗する経済圏や共同体の動きはアメリカの政治的経済的世界戦略を否定することによりアメリカ中心の新自由主義の破たんを強めるのではないか。もちろん中国やロシアがアメリカ的な支配戦略を露骨に表せばまた違った状況が生まれて戦争の危機は大きくなるが。
中国やロシアは社会主義の経験をしている。その経験から市場経済を受け入れて新自由主義に代わる新たな指針を示せるかどうかに世界の安定はかかっているのではないか。その指針は途上国としての連帯から貧困をどのようにとらえるかでもみえる中から生まれる社会民主主義でなければならないはずです。国内的にも国際的にも格差を広げざるを得ない新自由主義に歯止めをかけるためには貧困問題の解決が大きな戦略となり、それ自体が新自由主義に野対抗するものとなる中に多くの途上国を結集をさせる力を生むだろう。貧困問題解決こそが観念論的な自由や正義を真の自由や正義に発展させる土台となるだろう。
一方ではアメリカでは格差に対する怒りが爆発をして大規模なデモになり、ヨーロッパではその自由主義的金融共同体という経済的な意味での共同体が崩れ始めている。日本は原発事故を通して国家というものを考えざるを得ない状況を生み出し、それは国家がすすめる増税などを通して国家批判は強まり企業の在り方も考え直さざるを得ないようになっている。もちろん失業や雇用形態そして格差の拡大による貧困問題が大きく表れてきている。
この国内問題から新自由主義は内政という形においても先進国内部から違った社会を求める勢力が拡大せざるを得ないだろう。それはもちろん社会民主主義を意識したものにならざるを得ないだろう。
先進国でも世界においても何かしらの違った社会を求める中での社会民主主義は、今の資本主義を否定をしながらも社会の中における企業の役割の位置づけを変えて市場などをコントロールする形での資本主義の最高段階となるだろう。資本主義らしくない資本主義社会。それは資本主義の量的発展から質的な発展として現れざるを得ないだろう。

【2012年】ツイッターつぶやき
野田内閣の時もそうでしたが選挙後の安倍総裁に言葉にもあるように、デフレ脱却=インフレという言い方が強くなっている。しかしデフレの脱却がインフレなのだろうか?
デフレから一気にインフレなんてことはあり得るのだろうか?
たとえばデフレ状態の中で消費が増えるなどして少し物価上昇の気配が出てくるとき、これをインフレと呼ぶ経済学者はいるだろうか?少しだけ物価が上がってきた状態はインフレではなくて消費拡大による景気の回復という一面を持っているというだけではないか?
物価が下がり続けている原因は、生産性の向上からの商品価値自体の下落です。同じ労働力量を使っても生産性が向上してより多くの商品が市場に出れば商品価値自体が下がっているわけですから値段は下がっていきます。この値段を下げる作用は競争にあるわけですが、いくら競争とは言え価値以下への値下げは行えないはずです。しかし競争は激化するわけですから外国の安い労働力を目当てに生産工場をその外国に持って行ったり国内の労働者の賃金を引き下げていく。このギリギリのところで商品の値段は価値以下になっていく。
今のデフレの現状はこういうことでしょう。
同時に生産性の向上は市場により多くの商品を流すことですから需要供給面からしても値段は下がっていく。ここに競争の激化があるわけで、さらに商品価格値下げ競争で価格は下げざるを得なくなり、更なる生産性の向上を労働賃金の引き下げに頼る。
ある工業製品の生産には原材料や設備エネルギーが必要です。そしてそこに結び付く労働力が必要です。生産性の向上は、これら不変資本や可変資本の値下げを社会的に行う。原材料も安く、設備も安く、エネルギーも安くそして労働力も安く。。。。。そうすると商品価格の値段の下落は連鎖的になり、労働力の消費での総体としての賃金が下がれば市場での消費は冷える。
このような経済的な矛盾の中に市場においての自然な法則的な景気回復などは起こる要素がないわけです。そこでデフレの脱却イコールインフレ論が出る。もちろん景気回復も怪しいわけですから市場においてその法則からはインフレはなおさら起こらないので政策インフレを起こそうとする。日銀の緩和政策に是悪露金利を導入して資金を市場にばらまこうとし、それも限界が出れば今回のように日銀の量的緩和が行われる。これは本来の自由主義ではないのです。本来の自由主義経済ではないから必ず失敗をします。インフレ傾向は金融市場に現れて商品市場はさらに冷え込むでしょう。ここに更なる市場でのデフレと金融市場でのインフレ傾向が同時に現れるでしょう。ある意味のスタグフレーションです。
ここに更なる経済危機が訪れる。
インフレ傾向の金融市場内部のバブル崩壊。商品市場(商業)の恐慌寸前に金融恐慌の危険がはらんでいます。経済の完全なマヒ状態です。

【2013年】ツイッターつぶやき
10万円か、100万円か、1000万円か。。。。。個人差があるにしてもその貯金を一気に使い果たす快楽は相当な喜びでしょう。それは当てもない給料が上がるという前提でそれを信じきっているならその快楽と喜びは本物でしょう。
安倍総理と自民党と公明党のはしゃぎすぎとも言える快楽と喜びもまた国家の、国民の貯金を経済が回復して企業の業績が上がって利益が出て労働者の賃金も上がってそしてそれは国家の借金も減らすという当てもない前提によるはしゃぎすぎにまでいたる貯金を一気に使い果たす快楽と喜びではないでしょうか?ですから安倍総理が国民に対してそして海外に対して自信に満ちて今の日本の経済を誇るのも本物かもしれません。
しかし財界はそんな甘いせつな的な快楽と喜びは信用していないでしょう。ですから財布の紐は締めて子を産まない金は使わない。賃上げや当てもない設備投資などには使わないのです。そこでいきなり国が日銀に国際を引き取らせて日銀が途方もない貨幣をばら撒いてくれるのですから財界も破顔を持って向かいいれるでしょう。しかしどうやってその金を活用すればよいのか。。。。手っ取り早いのが株や金融商品そして海外の国際も含めた投資なのです。株価が上がれば含み益が増えて経営の好調さを演出できるわけですから。ここでの破顔での快楽と喜びも本物でしょう。
でも、国民はそうは行きませんね。。。。。
もちろん賃金も上がるかもしれないという期待感を持ちながらも、最近ではこの期待感に疑念を持ちつつあります。現実には賃上げも一部での企業で、どうも労働の規制緩和はますます正社員数を減らしていき、いつ不安定雇用に落ちるかわからない。体を壊したりして働けなくなってもどうも社会保障は公助から自助になっているわけですから生活の不安定性は増大するし最悪生活保護でと思っても蒼白には許してくれなくなっている。女房でも働いてくれれば!しかし日本の女性の低賃金は最悪の状態である。親の自立も年金制度や公的健康保険や介護保険も負担が増えそうで公助から共助となり子である自分の個人的負担は増えそうで、まさか親に早く死ねともいえない。でも、親の年金は魅力的だなぁ。。。。と。
結局は安倍総理や自民党・公明党がはしゃいで国民の貯金を使い果たそうとしているわけです。その金は企業や富裕層に回ってギャンブル資本主義(ねずみ講的金集め)はいつか破綻する。そうすれば国民は企業や富裕層を助けるためにまた金を使う。
こういう状態に日本があるとするなら、国が国民の貯金を使い果たす快楽や喜び、そして財界が破笑で日銀資金を活用する実態をどう見るべきでしょうか?勤労国民として。。。。。マジで行われる「貯金を一気に使い果たす快楽」社会。
この「貯金を一気に使い果たす快楽」は、何も金だけではないのです。平和主義や民主主義や福祉国家といった国民の権利も戦後作り上げたものを一気に使い果たしていく快楽や喜びになっている。
ここらで日本の勤労国民あるいはマスコミそして有識者が自分のためにも孫子のためにもマジで日本を見つめなおさねばならないでしょう。。。。。

【2014年】ツイッターつぶやき
ハフィントンポストに「「安定した雇用」という幻想。~雇用のリスクは誰が負うべきか?~」という記事がある。
安定した雇用は安定した賃金を生む。安定した雇用は年功序列型賃金とセットとなって。
この日本型ともいえる雇用形態と賃金形態が企業にとってリスクなのでしょうか?しかし日本の高度成長を支えたのがこの安定した雇用(過去規制)と年功序列型賃金であったという事です。もちろんこの安定した雇用と年功序列型賃金は労働者側の要求により総評が中心となって守られてきたともいえる。
しかし派遣労働関連の方によりその派遣社員の職種範囲の拡大が続く中で、この雇用の安定は損なわれはじめそれは同時に賃金の低下傾向をも引き起こした。それが日本型の失われた20年ともつながりいまだにその影響は続いている。アベノミクスにおいて慌てふためいて賃上げの必要性が言われはじめましたが、雇用の不安定さをさらに増大させるような動き(雇用統計で100万人の雇用が増えたとはいえ不安定雇用が増えて正規雇用が増えない現状)が起きているわけですからさらに日本の景気の立ち直りを遅くしていくでしょう。
安定した雇用と年功序列型賃金が日本型ともいえるとするならば、不安定雇用の増大と低賃金化もまた日本型不況を生み出しています。

【2015年】ツイッターつぶやき
(記事なし)

【2016年】ツイッターつぶやき
(記事なし)

【2017年】ツイッターつぶやき
男の手料理というほどのものではありませんが、久しぶりにピーマンの味噌炒めをつくりました。
細切りピーマンを味噌で炒めるだけなのですが美味しいです。
味噌は、味噌・砂糖・みりん・酒・七味唐辛子でよく練っておきます。
さっと炒めたピーマンに合わせみそを入れて少し水分がなくなれば出来上がりです。
このピーマンの味噌炒めを炊き立てのご飯に乗せながら食べるのですが、これがおいしいのです。
再考最高のご飯の友。。。。。ご飯が進みます。
勿論日本酒のおつまみにも。

【2018年】ツイッターつぶやき
昨日は早起きをして西伊豆にドライブに出かけました。
ドライブといっても観光地は何度か言って行っていますのでどこもよらずにおいしいものを目当てに。
とは言っても晴れて暖かでしたので駿河湾を挟んだ富士山や海岸の景観などを楽しむことができました。海を挟んだ富士山というのもまた美しいですね。
美味しいもの目当てのドライブの目玉は「塩(潮)鰹」。
正月の縁起ものですから今週から正月休みに入るまでに売られるようです。1本買ってこようと思ったのですが、ものすごく塩辛いものですから食いきれないと困るのでビニールパックされた半身にしてしまいました。1本買ったものとビニールパックされたもの。。。。ううう・・・・ん、味は同じなのか?すごく後悔をしています。
夕飯の時に焼いてみましたが油ものっていてうまかったです。でも、塩分がキツイッ~。。。。。小さな一切れでごはんなら何杯も食えます。日本酒の肴にチビチビかじりました。よく噛むと鰹の風味が出てきて日本酒に合います。
塩分を抜くにはすし酢を作って一晩ぐらい漬けておくといいというのでやってみました。鰹の生臭さを消すためにゆずの皮を少し入れました。今朝つまみ食いをしたら案外うまいです。今夜の酒の肴。。。。。。
塩鰹のふりかけのようなものもありましたので買ってきました。お茶漬けに最高です。
塩鰹以外のドライブの目的の一つが「塩鰹うどん」と「桜葉もち」。
塩鰹うどんはたぶん釜揚げをしたうどんをどんぶりに入れて焼いた塩鰹をほぐした乗せ、海苔、ワカメだったか?、鰹節、カイワレ大根、かまぼこなどを乗せただけのもののようです。おばあちゃんが「豪快にかき回して食べな」というのでさっそく豪快にかき混ぜたら上に乗っていたものがわからなくなりました。熱い釜揚げのうどんと塩鰹の塩分がいいですなぁ。。。。。
「桜葉もち」は塩鰹の田子町から少し車を走らせた松崎も美術館近くにある桜味堂。店内で一つ食べましたがおいしいです。粒が残った餅で餡子を包み、桜の葉の塩漬けを2枚でサンドしたような和菓子です。桜の葉の香りと塩辛さがいい。。。。。
8個入って1080円です。
あとは西伊豆に向かう県道に合った牛乳屋さんで濃くておいしい牛乳を飲んだり(かーねびに登録しようと思っていたのに忘れた)、戸田に立ち寄りタカアシガニの爪や肩の部分だけを買って帰り巻いた。まるまる1匹あるいは太い足というのは持ち帰りはできないようで、食堂で食うしかないようです。幻のカニ。。。。。一度は1匹食ってみたいですなぁ。
平日のドライブはいいですね。観光地もすいているし帰りの高速道の渋滞もひどくないし。

【2019年】ツイッターつぶやき
もうすぐ正月ですなぁ。。。。。
またお節料理づくりに。
2月のガス料金を見るとびっくりしますが、ガスの使用量も上がります。
コンビニも元日ぐらいは休みになるところも出るそうですし、いつも行くスーパーも正月の休みが多くなるそうです。正月といってもいくつかあるスーパーの内一つぐらいは開いていましたが、今年は少し多めに買い出しをしておく必要がありそうです。
政府は働き方改革といっていますが、現実は消費の減少だと思います。客が少なければ店を開けていてもねぁ。。。。
今日は実家のほうへ出かけますが、近くの生鮮食品をそろえたスーパーがありますので少し買い出しをしてきます。といってもまだ黒豆とか昆布とか田づくりとか乾物中心ですが。
今年も8品作る予定です。29日から3日間でささっと。。。。。
明日は冬至ですからカボチャとか柚子も買ってこよう。

【2020年】ツイッターつぶやき
さっき、風呂に入ろうと衣類を脱いでいたら、なんと5枚も着こんでいました。
寒いと1枚づつ着るものを増やして。。。。。
東京も冷え込んでいます。わが家は毎年暖房はほぼ炬燵一つですから。とは言っても脱衣場に電気ストーブぐらいはありますが。
今日は冬至。
カボチャを煮て柚子湯の入りました。
毎年冬至になるとほっとします。あとは年越しで1カ月もすれば春ですからなぁ。。。。。
冬至前の寒さには眉を寄せて耐えていますが、寒さはこれから本番ですが「寒い」という声もどこか明るくなります。
コロナ騒ぎでこの1年は早かったですねぇ。

【2021年】ツイッターつぶやき
明日は冬至なのでカボチャを買ってきたのですが、今年は小豆と一緒に似てみようと思い小豆も買ってきました。一晩水に漬けておくものと思っていたのですが、大納言小豆は水に漬けてはいけないそうです。
コトコトと煮るしかない。。。。。
カボチャなどの野菜と小豆と一緒に煮たものを「いとこ煮」というらしいですが、いとこ=従兄(従妹)?なぜ?
「甥 甥」で従妹らしいですが。。。。。
かぼちゃは夏野菜といわれていますが、なぜ冬至に?
神様にお供えしたものを調理するそうですが、カボチャは日持ちがしますね。でも夏野菜ですからなぁ。現代は保存方法が発達していますが昔はどうしたんでしょ?
まぁ、とりあえず明日はいとこ煮を作ります。
冬至が過ぎるとクリスマスでケーキ作りの予定。そしてすぐにおせち料理づくり。。。。。ウウウ

【2022年】ツイッターつぶやき
命あるもの
六道輪廻を繰り返す
地獄に行って
針の山を歩くのは苦しい
餓鬼となって
人糞を食らうのは苦しい
修羅となって
血で血を洗うのは真っ平だ
畜生世界で野良犬もつらいだろう
人の世に生まれ
思い憂うのもつらいものがある
天に生まれれても
死を憂うだろう
六道輪廻にさまようのは
命あるものの定め

しかし解脱して
仏の世界は無でしかない
思いを起こせば憂いが生じる
思いのない世界は無である
無の世界は退屈だろう
天に生まれれば
思い煩うこともないかもしれないが
唯一の憂いが死とは苦しい

と、なれば
人の世が一番よいのかもしれない
思い憂うから苦もあるが
思い憂うからこそ楽があり
思い煩うから執着もあるが
思い煩うからこそ楽しみもある
だから人は六道輪廻の中に
少しづつ発展をする
この発展は人の世にしかない
発展は永遠に終着駅はないが
終着駅に向かい続けるのが
人の世の定めだろう

六道輪廻は
人の心に。。。。

現実と心
現実世界から降り注ぐ粒子
心が焼きついてしまうようだね

(昔書いたものです)
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2023年12月20日(水)「柚子」

2023年12月20日 21時45分52秒 | 「思うこと」
先日も書いたのですが、知人から庭でなった柚子を大量にもらいました。
さっそく柚子ジャムを作り毎朝ヨーグルトの入れています。
皮を千切りにして冷凍しました。正月のお雑煮に入れたいとお見ます。
先日春菊のかき揚げそばを作ったのですが、その上にも少し散らしました。
昨夜は残っていた塩鮭をほぐして炊き立てゴハンにまぶしましたが、そこに柚子の皮を細かく切って一緒に混ぜてみました。
残った実はジュースにして飲んだり、風呂に入れています。
そういえば明後日は当時ですなぁ。
少しもったいないですがゆず風呂にします。
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池に浮かぶ月2104【12月20日】

2023年12月20日 20時35分06秒 | 「池に浮かぶ月」
去年は日銀が0.5%の利上げを許容範囲とした。すぐに0.46%まで長期金利は上がった。
日銀はこれを出口ではないとして金融緩和を続けるとした。
ゼロ金利は円安につながり金融緩和の副作用が日銀を苦しませたのでしょう。しかし日銀は経済状態から出口には向かえずに。
その言い訳を賃上げとした。

≪去年の今日はこんなことを・・・≫
2022年12月20日(月)「実質的な利上げ?」

「池の上に月が昇る
その池に写る月は現実の月ではない
しかし現実の月を写したものであることでその池に浮かぶ月も現実である
人間の過去もすでに現実としては存在しない
しかし過去の時間の中で現実であった」
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「12月20日という日」

2023年12月20日 07時52分47秒 | 「何を思ってた?」(旧ブログまとめ)
【2023年】ツイッターつぶやき
先日も書いたのですが、知人から庭でなった柚子を大量にもらいました。
さっそく柚子ジャムを作り毎朝ヨーグルトの入れています。
皮を千切りにして冷凍しました。正月のお雑煮に入れたいとお見ます。
先日春菊のかき揚げそばを作ったのですが、その上にも少し散らしました。
昨夜は残っていた塩鮭をほぐして炊き立てゴハンにまぶしましたが、そこに柚子の皮を細かく切って一緒に混ぜてみました。
残った実はジュースにして飲んだり、風呂に入れています。
そういえば明後日は当時ですなぁ。
少しもったいないですがゆず風呂にします。

≪過去の記事≫

【2003年】
寒い一日でした。北関東は大雪注意報。北関東からの冷たい空っ風が東京にも来ます。窓ががたがたいうほど強い風。。。。
暖かくして寝なくては。。。。

【2004年】
「いとしい」
        幻灯舎文庫
        川上 弘美  著
川上さんの長編小説です。
語り手のマリエには姉のユリエがいる。
父親は早く死に、二人目の父親は春画の絵描きであった。幼いマリエとユリエはその春画を見て二人で真似をする。マリエは長く伸ばされたユリエの髪に絡まってしまう。美しくもどこか性を感じる書き出しである。
マリエとユリは成長していく。
マリエは大鳩女子高等学校の先生となる。
「ミドリ子のとりとめのなさは、大鳩女子高等学校のとりとめのなさに似ている。」ミドリ子はマリエの生徒である。
このとりとめのない人間はミドリ子だけではない。マリエユリエ姉妹もとりとめがない。作品中にはたくさんの登場人物が出てくる。母親、父親、二人目の父親、その弟子のチダと春画モデルのマキ・アキラ、ミドリ子の兄紅朗、ユリエの夫オトヒコ、ミドリ子に思いを寄せる鈴本鈴朗。すべてがとりとめのない人間である。
とりとめのない人間が集まっているのでこの作品もとりとめのないままに進む。このとりとめのない人間たちの恋・愛をとりとめもなく描いていく。母親とユリエそしてミドリ子はチダに恋をし、後にミドリ子の恋は兄の紅朗へ、そしてマリエも紅朗に恋をする。チダと鈴本鈴朗はミドリ子に恋をし、ユリエはまたオトヒコに恋をする。マキとアキラは死ぬが寝床持参の幽霊となり集画のポーズをきめる。
「とりとめのない」という言葉は、まとまらないというような意味であるらしいが、つかみどころがないとか自然のままに流れるというような意味にもこの作品からの印象として受ける。
登場人物のそれぞれの恋や愛は、通常の小説のように心ときめいたような劇的な恋や愛ではない。やはりとりとめのないままに引き合う恋や愛である。恋する気持ちや愛する気持ちにはつかみどころがなく、自然な肉体関係がある。常識的な恋や愛とは違うものがそこには描かれる。だからとりとめもないのである。
この作品の題は「いとしい」であるが、登場人物それぞれの恋や愛は、単純に恋や愛とは呼べずに、このいとしいではないのか?男女間のいとしさという心の動きがとりとめがないのである。だからこの作品は、大人の恋や愛を表現したものではなく、とりとめのないいとしさを表現したものと思われる。ここではなぜ恋をしたかなぜ愛したかは問題とならない。いとしさから引き合う心の動きが自然なままに表される。いとしさという心の動きは、心そのものであるからつかみどころがないのである。
「オトヒコ君は食べ物を食べたいから食べるのではなく、食べなければならないから食べるのでした」
実際の社会に生きる人間の恋や愛は、その人間を取り巻くさまざまな社会的な条件にかかわりながらあります。いとしいという感情は、これらの社会性のすべてを抜きにした純粋なものかもしれません。社会性に縛られないで好きにならざるを得ない、愛せざるを得ないそんな感情。
いとしいという言葉は深いものがあります。
自分が幸せになりたいとか、いい暮らしがしたいとかの打算が入らないからいとしさにとらわれたらその先はどうなるのかわかりません。心中に走ることもあるでしょう。社会的な批判を浴びることもあるような恋や愛になることもある。倫理にはずれることも。「いとしい」に登場する人物たちの恋は幸せとはいいがたい。しかしその恋に走ってしまうのはいとしさにあるのでしょう。
社会性からあるときには離れたものとしてのいとしいという感情は、心の葛藤を生みます。川上さんの不思議な世界はこの心の葛藤を具現化したものではないかと思います。いとしさを感じる対象は男女間だけではなく、人の中でも同姓にむかうこともあり、近親者に向かうこともある。森羅万象のすべてのものに向うこともある。ここにも川上さんの作品の不思議さが出るのではないでしょうか。
心の中は意識に逆らってさまざまにめまぐるしく変化をします。川上さんの作品中の変化は特徴ですが、これを心の動きとしてとらえてはどうか。。。。
「いとしい」を読んでさまざまな憶測もしてしまいます。
この意味で「いとしい」は、僕にとっては川上さんの作品の中でも重要かと思います。

明日は冬至。この日記も冬になります。
少しづつ日が延びていくのだと思うと気分も晴れますし、寒さも我慢できそうです。
そういえばまだ大掃除の日程も決まっていません。台所の換気扇がだいぶ古くなってきたので交換しました。この時期の出費は痛い。。。でも、大掃除での換気扇掃除は省けるのでうれしいです。
だいぶたまってきた女性作家の本。どこか片付けるところを探さねば。山積みにしてあるのでまた参照したいようなときに見つけにくいです。
娘が年末年始のテレビ番組が載っている雑誌を買ってきました。12月ももう下旬、何だかだんだんせわしなくなります。

【2005年】
(記事なし)

【2006年】
昨日も今日も。。。。関東は「晴れます!!」というテレビの天気予報。
まぁ、まったくのはずれというわけではないけど。。。。
嬉しくなって布団を干すぞ!!と思ったら晴れ間はほんの一時。今日も午後遅くなって少しの晴れ間。今日は台所近くの出窓のカーテンを洗濯。どうにか乾いたけど、天気予報に期待したほどには晴れ間は少なかった。
だいぶ前にテレビで天気予報を売る会社があると聞いたが、やはり正確な天気予報を得るには金を出さなくてはならないようだ。テレビでは今日の天気、さえあまり宛にはならない。。。
最近、スーパーなどで「アルカリイオン水」という洗剤をみる。または、アルカリイオン水に重曹を入れたものもある。
界面活性剤不使用とあるので安心かなと思い、重曹の入ったアルカリイオン水を買ってきた。シュッシュッと吹きかけて風呂の浴槽を洗ったらヌメリなどはきれいに落ちるようだった。でも、一応注意書きを見ると、洗剤と同じように使ったほうが良いように思ったのでよく水で流した。まったくの水のようなので気楽に使えそうだが一応は気をつけよう。。。。
レンジ回りにも使ったけど案外油も落ちるようです。
昨夜は忘年会でした。。。。
酔っ払って快速(急行)電車に乗ったら、眠ってしまい2駅先まで行ってしまいました。あわてて戻りました。それにしても確か8時過ぎに電車に乗ったはずなのに気づいたときには10時になっていた。2駅先に行ったにしても2時間はかからないはず?
ううう。。。。空白の2時間(笑)
もしかして終点まで行ってまた戻ってまた行過ぎた?
酔っ払ってわけが分からん。。。ううう
まぁ、無事に家には帰りつけたのでよかったけど。。。ガッハッハッハ・・・・

【2007年】
夕方、車まで10分ほどのところに安い洋服やさんが出来たので行こうとしたら、娘も行くというので一緒に行きました。
なんと僕の買おうとしたシャツが。。。。。むっフッフッフ・・・・1000円しない。2枚買い帰ろうとしたら娘も買うというので見て歩きました。
長袖Tシャツ2枚、ジーパン、モコモコのトレーナーのようなもの、ダウンのジャンパー・・・・うううう
ハハハ・・・それでもちょうど1万円ぴったりでした!!
うん?僕の物は2000円という事は。。。。。ハハハ
ううう・・・・

【2008年】
鍋焼きうどんの具は半熟卵と分厚い衣の海老天が入っていないとだめだ

春のオルガン
                            新潮文庫
                   湯本 香樹実  著
1995年徳間書店より初版発行。2008年新潮文庫より文庫化
文庫で読みました。文庫版には湯本さんの「あとがき」がありますが、初めの作品を改稿しての文庫化だそうです。大幅に改稿されたのか?
小学校6年生ごろだったろうか?
親戚が集まり雑談の中に僕の将来について両親や親戚が話していた。何も深刻な問題ではなくて「どんな職業に就くか」「勉強しろ」といった軽い雑談だった。「硬い職業」に就かなければと大人の常識の中の話だった。その夜、寝床に入ってからその大人たちの話を思い出した。そして空想した。学校を出て「硬い職業」に就いた僕がいた。いつか結婚をするのだろうか?子供がいる家庭があるかな。そして僕も両親のように年をとるんだろうなぁ。。。。そしてその空想の先に恐ろしい未来を見た。「僕もいつか死ぬんだろうなぁ」と。
漠然とした空想は必ずやって来る現実としての死に結びついた。
その夜、僕はまったく寝付けなくなってしまった。
そのときからだったと思う。本を読み出したのは。
もちろんそれ以後は平々凡々と死などを忘れて漫然と生きてきたのだが、ある時一瞬この小学校のときの死の恐れを思い出すことがある。死は人をまじめにさせます。あせっても仕方ないが何かをしなければ。。。。かといって僕のような人間は何もできない。でも、死は必ずやって来る。
湯本さんの作品は何冊か読みましたが、湯本さんのどの作品もこの人の死が出てきます。湯本作品は、死を見つめる中にその死と生きる人の接点が描かれます。「春のオルガン」は、ジャンルとしては児童文学に入るのかもしれませんが、青年期も含めて子供や青年に死を見つめさせる中に問いかける湯本さんがいる。死は人をまじめにさせると先に書きましたが、どの作品を読んでも人の死を通した今生きる自分を考えさせてくれる作品です。
主人公の桐木トモミは、小学校の卒業式も終わり中学校入学前の春休みを過ごします。おじいちゃんと両親そして弟のテツと暮らします。おばあちゃんは病気の末に亡くなりました。
どことなく僕が子供のころのような風景を感じる時代を感じます。その風景に大人としての僕は自分を重ねてしまい、その郷愁の中に読みすすめました。それは湯本さんご自身の郷愁でもあるのかもしれません。自分が子供だった頃。。。。そして今こうして生きている自分がいる。子供の頃に空想した通りかは別にしてこうして遠い未来としての空想の中の自分がここに生きている。この感じ方を通してこの児童文学は大人にとってもいま生きる自分を見つめなおすことができる作品ではないかと思います。
どこの家庭も絵に描いたような幸せな生活の中にあることはない。そして子供にとってはその家庭を作っているのは大人の家族である。子供である自分が大人の世界を知っていく中に子供の精神的な成長があるわけです。トモミは、そんな大人の世界が見えてくる年齢です。
大人の社会は学校の教育で教えられるような社会ではない。大人といってもその社会の中に生きてその常識の中に生きる。この真の大人社会を見つめることも成長となるでしょう。
では、人の死という避けられない事実、大人の両親が作る過程、世間という社会の中に生きる現実の大人の姿。。。。これを見つめる中にいるトモミ。そのトモミ自身もその大人の社会を知りはいっていく苦しさをどう受けとめたらいいのか?
これがこの作品の主題となるわけです。
トモミは、病室で危篤状態の祖母の苦しみを見て、おばあちゃんは早く死んだほうがいいよと思ってしまう。そしてその気持ちどおりに祖母がすぐに亡くなる。もちろんトモミは祖母が早く死ねばいいなどとは思っておらず、その苦しむ姿に怖さと救いを求めるの中からのやさしさである。しかしトモミはその自分の心がわからずに祖母の死を自分のせいと思い悩む。
隣家との境に塀を作ったが、隣家への遠慮から敷地の内側にそうとう余裕をあけて作った。しかしとなりの老人はそれをよいことに桐木家の境から入り込んだところに自らも塀を作る。この大人のずる賢さと損得勘定。これは大人社会を象徴しているだろう。それに対してトモミの母は怒り、その怒り方が家庭生活の中にも入ってくる。そんな妻を持つ父は嫌気を覚えてアパートを借り手で提起家にはたまにしか帰らなくなる。祖父は。。。。春の庭先に古いオルガンを出して直そうとする。そのオルガンはトモミの母親が小さい頃に使っていたもの。弟のテツは、母親の怒りを見て、隣の爺さんを懲らしめようと隣家に死んだ猫を入れる。
知美の家庭とトモミを取り巻く社会。幸せな家庭とはいえない。トモミの心の中は揺れ動く。何も解決されない中に心は不安定である。しかし変質者がトモミの胸をつかんだ。心に何の解決も見出せないが、体は大人になっていく。
作品の前半はこんなトモミの姿が描かれます。
そして中学校入学をする前の2週間ほどの春休みという時間の流れの中にトモミが見つけ出したものは。それはこの作品をぜひ読んでいただきたいと思います。
祖父は何も語らずにゴミ置き場になっているところに捨てられたバスの中でトモミやテツと一晩を過ごす。そこに集まる捨て猫が死ぬ。
その死んだ捨て猫をテツが隣家の庭にまた入れようとするが、爺さんに見つかる。怒った爺さんが倒れてしまう。それを見たトモミとテツの怖さ。猫という死を利用しようとしたこと。爺さんも生きているということ。
母親が父のアパートに寝ている。トモミが今まで見たこともないようなきれいな母親が寝ている。なぜ?父は家に帰る。なぜ?
2週間という時の流れの中に祖父が直そうとした春のオルガンは二度と鳴ることはなかった。
トモミは言う。。。。
「どうしようもないことってあるよね」(217ページ)
そう。。。。大人になっていくというのは、どうしようもないことを知ることだったのかもしれません。
人の死も人の行いも。
でも、これはあるがままに受けとめると同時にそのどうしようもないことを悲しみとして受けとめることではないかと思います。悲しみを意識するとそこに人の持つ温かみを求めます。怒りや自己嫌悪、ねたみや優越感。。。。。こういう感情としてどうしようもないことを受けとめるならそこに解決はありません。悲しみと受け取ることだけが暖かさを求められます。
そして。。。。
「どうしようもないかもしれないことのために戦うのが、勇気ってもんでしょ」(217ページ)
この勇気も悲しみの中にしか見出せないものかもしれません。

【2009年】
(記事なし)

【2010年】ツイッターつぶやき
出稼ぎといっては言葉は悪いが、野球選手やサッカー選手が国外で活躍をされ高額の所得を得ています。日本でも同じような所得は得られるのでしょうが、外国で活躍をしたいというものが強いし本場で活躍できれば評価も高くなります。このようなものはスポーツ選手だけではなくてノーベル賞を受賞された学者もアメリカの大学の研究機関であったりします。また、寿司職人の方が日本食ブームということもありますが国外で活躍をされているとか。中小企業も今はその技術力を生かして中国に進出をしている。
今朝の朝日新聞を読んだら、中国の賃金水準は高くなり、中国国内では日本人の給与水準に割安感が出始めているといいます。逆に中国人の才能ある労働力は日本がほしがるようにもなっているそうです。
優れた人材作りは将来的には国内に高い技術力を作り上げていきます。そしてそれは経済に現れてその国の発展にもつながります。この視点から見て、優れた日本人あるいは優れた技術そのものが国外にその活路を求めて出て行く。そして国内でも優れた外国人を求めていく。これは経済のグローバル化というものにもあるのでしょうが、このような現象がなぜ現れてきてしまったかが問題なわけです。日本の将来を見れば。加速度的に日本は衰退をしてしまいます。
大企業はその生き残りや利潤確保のために労働力を買い叩きます。それは高い技術力や能力を持つ人にも及びます。中小企業も大企業にその生産されたものを買い叩かれる。縮小経済による生き残り策は、国家の政策によって保障される。このような状態ならば、中国の優れた人材も日本を敬遠するでしょう。日本人も逃げて出稼ぎに行く。中小企業も中国に移る。
その中で高齢化社会だと言って、高福祉高負担がささやかれる。しかし高負担の必要性は言われ消費税増税がまな板に乗せられようとするが、将来の高福祉のビジョンが何も国民の目には見えず。見えるのは国家財政の窮乏の中でも法人税減税という企業中心主義である。高い福祉を求め高い租税を拒むのは許されないといいますが、高い福祉のビジョンがどこにあるのか。税金も払わないで福祉を受ける食い逃げとまで言われるが、下手をすれば今の日本の現状は、高い租税を求めて福祉はないがしろという食い逃げのほうが心配になる現状である。
高福祉高負担は、高負担を企業が認めることにもある。経営責任を明確にする中での経営破たんの責任を役員や株主までもが負うような厳しさがなければ国民は高い租税に納得しないだろう。
二大政党制はその矛盾を表し国民は無党派層がどんどん増えている。企業の生き残りは激しくなり、国民の疲弊は強まる。民主主義は形骸化していく。自由の夢は削がれる。そのうちに日本人の夢は中国企業に採用させていただくこと!!となっていくだろう。日本人は案外柔軟だからそれはできる。一方において国家はいつまでも中国の民主化を言って批判が先行していく。このちぐはぐさ。。。。。。強がりと政治不在による衰退は国民に自虐さを生んでいく。

   消費税租税滞納状況 (国税庁)

今はどのくらい累積があるのだろ?
時間があるときにまた最近のものを調べて見たいと思うのですが。。。。

【2011年】ツイッターつぶやき
昼下がりの静かな電車に乗った。窓から差し込む日差しが暖かい。
座席はほぼふさがっていたが一つだけあいていたので座って本を開いた。
電車は鉄橋を渡って駅に着いた。
数人の人が下りていく。そこに入ってきたのだ。。。。ううう
三人のおばちゃんがどやどやと入ってきて僕の前の席に並んで座った。そして機関銃のようなおしゃべりが始まったのだ。3人そろえばやかましい。。。おばちゃん。絵に描いたようなおばちゃんたちが一人ひとり機関銃を放つのだからすごいことになる。
「今の若い女の子はどうしようもないわよね・・・・」
「そうそう、若い男の子の方が素直よ・・・・・」
「そうよねぇ・・・うちの嫁なんかも同じよぅ!!」
「そういえばあそこの奥さん・・・・」
「えっ?どこのどこの!」
「ああ、あそこの奥さんよね・・・・」
永遠と話題は移り変わり永遠に口が動く。回遊魚は泳いでいないと酸素を補給できないそうだがおばちゃんたちはしゃべっていないと空気を吸えない。
もう本は読めない。。。。。
僕の隣に座って新聞を読んでいた親父も経済新聞をたたんでカバンから携帯を出してイヤホーンで音楽を聴き始めた。
どんよりと数駅おばちゃんたちの口の動きに目を奪われていたら、一人のおばちゃんがじゃぁまたねと降りて行った。残されたおばちゃん二人はしばし静かになった。
しかしそこに隣の車両から一人のおばちゃんがどたどたと入ってきた。
「隣の車両に乗っていたのよ!混んでいたもんでこっちに来れなかったの。ごめんなさいね」
とまた三人がそろってしまった。
「今も話していたんだけどさぁ。。。。」
またおしゃべりが始まった。
ううう。。。。

【2012年】ツイッターつぶやき
日銀が金融緩和を決定したという。
すでに限りなくゼロ金利なわけですから、そこで量的金融緩和?
銀行から国債を買い取ってその資金を金融市場に流す。このこと一つ見ても選挙後の自民党安倍総裁の発言から円安・株高が起きていますがこれは安定性に欠けるものだという証明でしょう。
量的金融緩和は、この円安・株高を支える形になるのでしょうか?
何の経済的基盤がない株価や政策インフレからくる円安にいくら資金を投入してもここから国民生活には恩恵は回らないでしょう。
結局はデフレ克服から雇用の増加や国民生活の向上というものは無視をされたもので、デフレ環境は変わらない中での人為的インフレが。もしかしたらインフレターゲット自体無理なのでは?そして円高がすぐにやってくる。株価インフレ?バブル的な投棄?

【2013年】ツイッターつぶやき
今夜はしゃぶしゃぶでした。。。。。
男の手料理といえるものではないですがしゃぶしゃぶにはうどんですね。〆のうどんは味覇にきざみ長ネギとコショウをおわんに入れてそこにしゃぶしゃぶの出しの出たスープを入れます。もちろんうどんはしゃぶしゃぶの残りの湯でゆでます。
かなりおいしくてうどんが進みます。

「デフレではないがデフレ脱却でもない」日本経済。
政府月例報告で「デフレ」という言葉(表現)を削除したという。しかしデフレ脱却を意味することではないと。
これはどういうことかといえば経済が順調に回復しているということではなくてアベノミクス事態にデフレの危機が内在していると見たほうがよいのでしょう。
デフレという表現を削除したのも消費者物価が上昇していることを見ての判断です。しかしこのデフレを物価からしか見ない皮相的な見方でしかなく、デフレの原因を見ないから悪性の物価高でもデフレからの脱却となる。この悪性の物価高こそがデフレ圧力を内在しているのです。
このデフレ圧力を回避するために政府は政労使の会議を開き合意文書を作成して『「経済の好転を企業収益の拡大につなげ、それを賃金上昇につなげていくことが必要」と強調した』という。
そして日銀は追加緩和を続けざるを得なくなっておりアメリカが緩和の縮小に向かう中日本はその出口が見えない状況にある。
しかし「経済の好転を企業収益の拡大につなげ」というが日本は双子の赤字化または三つ子の赤字化に向かっている。円安と消費増税は個人消費にかげりをきたし、何よりもアベノミクス自体が最近では中間層への負担増を加え始めて社会保障は後退をさせ、今日も高速道の割引の廃止のニュースもあったが社会サービスの値上げ、公共料金の値上げが加わる。企業も利益拡大のための『賃金コスト論』廃止きれないでしょう。
このような状況の中での『デフレ』削除は政権の国民に対する欺瞞となりかねない。

【2014年】ツイッターつぶやき
(記事なし)

【2015年】
(記事なし)

【2016年】ツイッターつぶやき
日米同盟が狙うのは中国の孤立化であるかないかは今のところ判断はできない。経済戦争は同盟内にも起きる。
個々の国々の対立は対立だけではなく強調にある。対立のためには協調が必要であるといってもよいだろう。
しかしこのような混沌とした世界がどこに向かうか、集約されていくのかは歴史の法則に沿って行くだろう。法則は偶然により貫徹される。超保守とも思われる安倍総理がロシアとの関係において今回の会談のように、ロシアから見れば日本の歴史手変化に向かう。これは偶然であると同時にその偶然がロシアとの平和条約という必然に向かったのである。
世界全体の歴史の法則性からどこに向かっているのか?
それは衰退するアメリカ後の世界の模索が始まっているということである。
ヨーロッパは内部に混沌さがありながらもその維持を図っていくでしょう。中国やロシアもアメリカ語を考えている。途上国のアメリカ離れも進むでしょう。
その中において日本も例外ではない。
日本の改憲勢力もアメリカ後を考えているでしょう。
日本は北方領土の解決をロシアとの良好な解決に求めた。これはそうならざるを得ないから安倍総理はそこに向かったのである。これと同じように尖閣諸島や竹島問題もその解決はロシアとの交渉と同じように進まざるを得ないでしょう。
尖閣諸島の地下資源や水産資源の共同開発。竹島の日韓親善の島化など、そのような解決しかないのである。
そうしないとアメリカ後における日本は孤立をするでしょう。
日本は戦後の秩序の中で改憲は絶対にしてはならない。
アンリかごの経済圏としては、極東アジアの力が大きくなるでしょう。
そこには日本・中国・ロシア。朝鮮半島がある。そこにASEANが統合していくでしょう。
これが日本の発展の条件である。
アメリカの軍事行動には限界が来ている。それは経済問題である。
世界の憲兵はもう世界に必要ないのである。
アメリカ後を考えた場合どうしても欠かせないのが平和主義である。
ロシア・中国・韓国との領土問題そして北朝鮮問題の平和的解決が世界の平和主義の見本となるでしょう。その意味においても極東が世界の中心となる。

【2017年】ツイッターつぶやき
今年の夏植えた元気のなかったインパチェンスを鉢植えにして窓際の暖かいところに置いています。
夏の間につけていた葉っぱや花は落ちて新芽が伸びています。10日に一つぐらい小さな花も咲きます。
最近の東京の寒さにもだいじょうぶなようなので春まで元気に育ってほしいです。
今年の夏は元気がなかった分来年の春から夏にかけて元気に花を咲かせてくれると嬉しいです。
去年は冬の間ヒャクニチソウの芽を室内で育てていたら、5月ぐらいまで元気に育ち外に植えたらたくさんの花を咲かせました。
冬の間一輪づつでもいいから花を楽しめるのはうれしいです。
インパチェンスがあと2,3日中には花を咲かせると思います。

新幹線に台車の亀裂が見つかったという。写真を見ると大きな亀裂ですね。
そのまま走り続ければ大事故につながったという事で重大インシデントにされた。
新幹線も安全神話というものがあるが、この神話は福島原発の事故での安全神話と同じ性質のものではないかと思う。
福島原発事故では津波が予測されていたし非常電源の問題も出ていた。
新幹線の台車亀裂では止めることをせずに走り続けさせた。
このような企業体質が日本には存在をしている。
今年は企業の不祥事が続いたが、これもまた企業体質でしょう。
過労死問題をはじめ、ブラック企業というものが表面化をしてそれも巨大企業にも及ぶようになっている。今年の流行語大賞に選ばれても不思議ではないと思ったが、さすがにこのような流行語はまずいという事でしょうか。
日銀の独立性は失われ、銀行の収益は圧迫されてリストラ騒ぎ。
政治と政治家の劣化もそして官僚の劣化も見られる。違法性の高い天下りがまだ完了の中に残っており、忖度は官僚の資質のようなものと見えるようになってきた。政治家とカネは政務活動費も含めて首相への疑惑にまで広がっている。
日本経済は国際的な景気の回復により持ち直されはじめているという。安倍内閣も豹変をして中国の一帯一路にすがるようになってきた。中国との競争に敗れたとは言わないが中国への依拠は確実でしょう。
政治面ではアメリカへの従属がはっきり見えてきた。沖縄の基地や地位協定の問題に対して日本は何もできず、日米同盟では完全に戦争を拒否できなくなるまでにアメリカへの追随を許した。
この国や企業の体質を見ると、いよいよ日本はデフレ不況に陥ったと見たほうがいいでしょう。
物価が下がり続けるという意味でのデフレだけではなくて、そのデフレをインフレに向けようとするバカげた経済対策によりデフレだけではないデフレ不況に落ち込んだという事です。
だからこそ企業はブラック化もいとわずに先の見えない目先の利益に走り、政府は社会保障の切り下げと増税に走り始めた。
これが現在の日本という国の体質になってしまった。体質改善は行えない決められる政治がある。
この国家の体質の中で国民の意識や心も大きな変化が出ている。
ヘイトというものが言論の自由だというような論理も出ていた。ヘイトでも、バカ、死ねでも言論の自由というおかしな減少と裏腹にものが言えない状態もつくられた。企業も国も力により社会を動かすことが正当化された。国民もヘイトやバカ死ねという力で社会が動かされるようになった。
沖縄でのヘリコプターからの窓枠落下にしても、そんなところに学校があるのが悪いというような論法が大手を振って語られる。
この現在の国の体質を正当化させるのが改憲でしょう。

【2018年】ツイッターつぶやき
昨日は妻と東京都美術館で行われているムンク展ー共鳴する魂の叫びを観に行きました。うん、鑑賞というほど絵には疎い僕ですから「観に行った」というよりも「叫び」を「見に行った」という程度です。
時々有名な絵が来ると妻と見に行っています。
ムンクの若いころの自画像を見ると端正な顔立ちであの「叫び」を書いた人?と一瞬戸惑いました。写真も多く映していて。今でいう自撮りをしたものがたくさん残っているそうです。写真も素敵な青年です。
19歳から若いころは自画像を多く書き家族の肖像も残しています。お父さんが今?で新聞のようなものに目を通した絵は家族の暖かさを案じます。
このような絵からなぜ「叫び」のような絵が生まれてくるのか?
ムンク展ではこの辺の変化がムンクの生活を通して見えてくるのではないかと思いました。
少年のころに母親を亡くし姉を亡くす。たしか妹も若い時に亡くなっていたか。
ムンクと死は切り離して考えることはできないようです。
家族の暖かさを感じる肖像画が死というものが忍び込むことにより暗い絵となっていきます。臨終の絵では死神のような顔が出てきて、壁には霊のような顔が浮かび上がる。
「叫び」というタイトルの由来を
「ムンク自身は「自然をつらぬく叫びを聞いた」と語っています」(朝日新聞
「自然を貫く叫び」これの大きな存在が死でしょう。雲は血です。
ムンクの心にもう一つ影を落とした「自然の叫び」が愛と性でしょう。一人の女性との出会いと苦悩そして別れ。嫉妬や妄想などが渦巻く世界。
ムンクは酒浸りの生活になったそうです。
そこからムンクの絵も幻想的な象徴的なものになったのではないかと思います。
立ち直ったムンクは身近な人の肖像画を描く。自画像も書きますが晩年の部屋にたたずむムンクは先に書いた父親の肖像に近いものがあります。
ムンク展はムンクだけの絵を展示してあります。見ごたえがありますよ。絵のわからない僕でも楽しめました。
ムンクは多くの文章を残しているそうですが、絵について残した言葉を集めた本を買ってきました。
第三水曜日は65歳以上のシルバーは無料です。多くの年配者が見に来ていました。

【2019年】ツイッターつぶやき
静かに陽が昇る
冷たい太陽
僕は窓の空を見る
四角い空は輝き
高く薄い雲は漂う
四角い空を電線が切り
電線は北風に震える
木立の小枝は空に向かい
静かに北風に揺れる
北風は南に向う。。。
僕は吸い寄せられるように
窓を開けベランダに出た
四角い空は大きく広がり
行く雲はゆっくりと流れる
心は行く雲。。。
北風が僕を包み渦となる
渦は広がり僕の翼となった
北風の翼は
冷たい空気を切って舞いあがる
北風は南に向う。。。
心は行く雲。。。
(何の記事も思いつかないので昔のホームページから。)

【2020年】ツイッターつぶやき
コロナ下の経済を考える場合、その経済の根本となるのは、医療や生活に必要なインフラをどのように守るかにあると思います。ここが守れなかったら社会活動そのものが成り立ちませんから経済も破綻をします。
コロナからこの基本的なインフラなどを守るにはGo Toのような経済活動は税金のバラマキでの効果は一時的にあるでしょうが、結果は現在の様に感染拡大が起きてまた飲食や旅行業などは成り立たなくなります。そしてその感染拡大は社会のインフラや医療を支える労働者にも広がる危険性を帯びています。
かといって社会インフラを守るだけでは経済は成り立たないことも事実です。
Go Toのような感染拡大を起こしながらの税金のバラマキが間違いならどのような方法があるのか?
その一つが人の移動による密集を少なくするために分散が必要です。
一番よい例が日本では年休を自由に取得できない代わりに連休が多いですね。するとその中でGo Toなどを行えば必ず連休中に人が密集します。連休に仕事が休みになっても遊びで人が密集してしまう。この人の密をなくすには分散が必要でしょう。
日本の労働者は休暇が10日から20日ありますがそれを消化できずに連休で楽しむ。これを連休をなくして休暇を25日か35日にして完全消化をすることによって旅行なども人の移動や密が分散されるでしょう。もちろん夏のバカンスや年末年始はなくすことができませんが、それをどうにか分散をさせる必要があります。夏休みなら7月から8月に分散をして休暇を取得するようなシステムが必要です。
また土日の人の密集もありますが、役所や銀行そして企業は何も一斉に土日に休まなくてもいいんです。むしろ年中無休にした方が社会は効率的になります。シフト制などにより出社の人数をお抑えながら分散することが必要です。
学校も少人数教育が進むでしょう。
無理でしょうか?
でも、社会インフラを守る企業はすでにこういう分散した働き化をしているのです。
人の分散が行えれば繁華街の人でも分散されるでしょうし、通勤電車の混雑も少しはよくなるでしょう。観光地も宿泊施設も。
これぐらい行う準備がないと社会は疲弊していくでしょう。

【2021年】ツイッターつぶやき
以下ツイッターからです。
煙草税の実態
同じように高い税率であるビールに比べてもかなり高い税率で、ウイスキーと比べれば2倍以上の税率です
この高い税金に対しても消費税が加算される
580円の煙草の内357円が税金です。そこに消費税が加わり約400円の税
これを利用しているのが禁煙運動
いしだ壱成さんの困窮生活と離婚が報道されましたが、その中で困窮生活でのたばこ代3万円が問題視されています。
しかしたばこ代が問題だとみてしまいますが、本来のたばこ代は3万円の中の40%弱でしょう。60%以上が税金でそこに10%の消費税。
批判としては生活が困窮しているならタバコを吸うなに近いものがあります。ここが禁煙を貧困層から進めようという意図があるのです。
しかし働いているサラリーマンの平均的なお小遣いから見れ3万円のたばこ代の負担はどうでしょう?貧困がどうのという問題ではないでしょう。
禁煙運動は高い税率を利用して禁煙を進めています。タバコを吸わない方は別に問題にもならないのでしょうが、タバコに比べれば税率は少しは低いとしても非喫煙者でもビールを2本飲めばたばこ1箱以上の消費となりその税額はかなりの負担です。貧乏人はビールを飲むなとなります。
非喫煙者から見れば喫煙者は高い税金を取られて馬鹿ではないかと見えるでしょうが、同じ嗜好品でもビールを飲めば喫煙者と同じ立場です。
喫煙者を馬鹿にしている場合ではないですね。
金がないなら嗜好品であるタバコもビールもやめろと言うに等しい社会。

【2022年】ツイッターつぶやき
日銀は長期金利の許容変動幅をプラスマイナス5%0.5%にした。これは利上げではなく出口に向かうことではないとした。
しかしすぐに長期金利は0.46%に上昇をし、132円と円高にもなった。そして株価は一時900円下がった。
利上げではないとするが実質的には利上げとなったのでしょう。
日銀は利上げではないからこれからも物価目標2%に向けて金融緩和は続けるという。
経済の好循環からのインフレを目標とするが、実質的な長期金利利上げ5%は引き締め効果をもたらす。互いに矛盾し合ったものが混とんとしはじめる。
日銀が出口に向かうには経済が低調なので向かうことはできない。しかし円安が続く中でさらに経済の足を引っ張る。そこで利上げが必要となるが金利を上げることもできない。
ズルズルと長期金利の許容変動幅という言葉で利上げ傾向が続く。
もともと経済は低調なのですからデフレ圧力は高まるでしょう。
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2023年12月19日(火)「金融緩和継続」

2023年12月19日 22時09分45秒 | 「政治・経済」
日銀の植田総裁が、粘り強く金融緩和を継続するとした。
出口には、賃上げと物価の好循環を見ていくと。
しかし、賃上げは増税と物価高にもっていかれる。
賃金は、企業による搾取か、国による収奪かの違いです。
物価高はすでに悪性化している。どこの好循環の材料があるのか。
失われた40年へ。。。。。
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池に浮かぶ月2103【12月19日】

2023年12月19日 20時19分26秒 | 「池に浮かぶ月」
年末になると物価も異常なほど上がります。
クリスマスに向けて物価上昇。そして正月用品が並び始めます。
物の値段が上がると同時に高くなったものがまずくなる。
クリスマスのケーキも正月用の牛肉もひどいもんです。

≪去年の今日はこんなことを・・・≫
2022年12月19日「年末へ 物価高」

「池の上に月が昇る
その池に写る月は現実の月ではない
しかし現実の月を写したものであることでその池に浮かぶ月も現実である
人間の過去もすでに現実としては存在しない
しかし過去の時間の中で現実であった」
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「12月19日という日」

2023年12月19日 07時49分21秒 | 「何を思ってた?」(旧ブログまとめ)
【2023年】ツイッターつぶやき
日銀の植田総裁が、粘り強く金融緩和を継続するとした。
出口には、賃上げと物価の好循環を見ていくと。
しかし、賃上げは増税と物価高にもっていかれる。
賃金は、企業による搾取か、国による収奪かの違いです。
物価高はすでに悪性化している。どこの好循環の材料があるのか。
失われた40年へ。。。。。

≪過去の記事≫

【2003年】
もうだいぶ乗っているので新しい車がほしいです。
そういえば、このところ釣りに行ってないなぁ。そろそろカレイのシーズンです

【2004年】
先月の初め、新宿の紀伊国屋書店に本を買いに行ったのですが、紀伊国屋ホールで面白そうな演劇がありましたので前売り券を買い、今日観てきました。
NYLON100℃という劇団の「消失」という演劇です。
NHKの新撰組に出演していた八嶋さんと大倉さんが出ています。
世界戦争の後のロシア?が舞台です。戦争とテロによってまた空爆が始まる。。。。今の世界を批判しているのでしょうか?「消失」は記憶の消失ですが、そこでは愛の記憶も消失されます。悲しいお話でした。
しかし、猿人は絶滅したが、その後5万年後に新たな人類が現れたと。今の人類がおろかにも絶滅してもまた5万年後に新たなもっと頭のいい人類が現れるのか。。。。政府の八嶋演じるスパイが謝るところが素敵でした。
昨日の日記で、診察をちょろまかした印刷局の公務員を国家の問題として書きましたが、少し飛躍しすぎかと思ったのですが、新聞の社説で同じようなものを読みました。同じ視点であったことに安心しました。
その社説には「現場力」がなくなっていることが機器だというようなことが書いてありました。管理する人間たちのうちにいいかげんな人がいてもまじめな管理する人と現場で汗を流す人達がいれば大丈夫だった日本も、今はその現場力が怪しくなっているとのことです。
現場力は、未来に希望があるからこそ少しぐらいの矛盾があっても頑張れる。しかし未来に希望が持てなくなった社会にはこの力が働かないのだと思います。
「消失」のように5万年後の新しい人類に気体をしなくてもいい。今の人類が頑張ればいいのである。悲観的にならなくてもいい。しかし今を直視しなくてはならない。

【2005年】
昨日に引き続き風の強い寒い一日でした。寒気団もやっと移動しそうです。
日本海側や関西方面も大雪だそうですが、こう大雪が降ったんではホワイトクリスマスを楽しみにするなんて風流味はなくなりますね。
空っ風ビュービュー。。。
外食でした。
いつもの中華屋さんへ。この前は団体の忘年会客で入れなかったのですが、今夜はだいじょうぶでした。広東の家庭料理のようで、豪華食材を使った料理はなく手ごろな値段で楽しめます。中華というとギトギトな印象があるのですが、家庭料理は野菜や豆腐なども多くあんがいヘルシーです。脂はありそうですが、ウーロン茶をたくさん飲めばだいじょうぶかな?とはいえ酒を飲んでしまう。。。ビールの後に健康酒を飲みました。今夜は人参と棗の酒。今も体がぽかぽかしてます。人参は高血圧の人にはよくないと聞いた覚えがあるのですが、僕は平常値!ロックで飲むのですが、酒の分量が多くてあんがい効きます。

【2006年】
(記事なし)

【2007年】
(記事なし)

【2008年】
「サリサリくん」(2回目感想)
              河出書房新社
              銀色 夏生  著
表紙は、「サリサリくん」とカタカナで、その上に小さく「さりさりくん」と。表紙を開けると表題がまたあり「さりさりくん」となっていますし、本文中も「さりさりくん」です。しかし出版社などが書かれたページには「サリサリくん」とありますから、この作品の正式な表題は「サリサリくん」ということになりますね。(ちなみに銀色夏生のカタカナや平仮名書きは、ギンイロ ナツ「ヲ」です。平仮名サインも「を」です)
銀色夏生さんのイラストと手書きの文字による絵本です。
絵本というのは銀色夏生さんの作品中でもこの1冊だけです。
さりさりくんは、気分よく散歩をしています。でも乱暴者のゴムタに意地悪をされそう。。。
さりさりくんというぐらいですから男の子?でも、夏生さんが描く多くの登場人物の中には、どことなく男の子のような女の子でもあり、女の子のような男の子でもあるような。どこか中性的なものを感じます。これも夏生さんの内面的なものかな。。。。さりさりくんは小学校1年生ぐらい。でも、子供のような青年でもあり、青年のような子供でもある。これもまた夏生さんの内面でしょうか。。。。
そんなさりさりくんは、ゴムタから逃げて丘の上に立つ。そこに同じクラスのスイムくんと会う。すぐに二人は友達に。。。。
どこかのんびりしていていろいろな物が大好きなさりさりくんと、研究をすることが大好きなスイム君。そんな二人に幼い恋というのか大好きな友達同士の素敵な雰囲気を感じますが、初期の作品の中には、単純に好きとか嫌いと考える子と難しく考える子というような二人も出てきますが、これは夏生さんの中にある恋愛感や友人関係の感じ方でもあるのでしょう。性格や考え方の道筋が違っていても心が一致できる喜びというようなものだと思います。または、夏生さんご自身の内面にある二面性といってもよいのではないでしょうか?
そんな二人は落ちていた禁断の木の実を食べる。
好きなもの。。。。心の中にある好きなものが浮かぶ。
さりさりくんは、スイカとかお団子とか。。。。
スイムくんは、興味深い植物たちが。。。
心の中に浮かぶ好きなものはこんなにも違う二人ですが、二人は考えます。
「ぼくらは、やっぱり、おたがいのこころ以外のものをつかってしあわせになってもそれは、ほんとうのしあわせじゃないんだね」
と。
こうして二人で歩くのが一番好きとも。。。。
人は人同士違いはあります。違いがあるのが当たり前、でもなんで違った人を好きになるんでしょうか?一緒に歩きたいから。。。。。
一緒に歩きたいという気持ちが一緒ならば、心に浮かぶいろいろ好きな「物」は違ってもいいはずで、っそれはお互いに尊重しあえる。自由な二人の関係ですね。
でも、やっぱり日常の中を一緒に歩くんだから、時々は好きな「物」を二人で楽しまなくっちゃ。さりさりくんとスイムくんは、ピクニックに行ったりたくさんのホットケーキを二人で焼いたり。。。。。。
この人生観。。。。
今も夏生さんは語り続けています。

【2009年】
(記事なし)

【2010年】ツイッターつぶやき
新聞を廃品として出してしまい記事の中身が曖昧なのですが、血中のコレステロール値が高いほうがよいのか低いほうがいいのかを医療関係者の中でも議論されているらしいです。
コレステロール値が低すぎるとがんなどの病気になりやすいと以前にも聞いたことがありますし、逆に高すぎれば血管も詰ってしまう。要するに基準値の幅が問題ということなのでしょう。しかしこの基準値の幅を決めるのがまた難しいのかもしれませんね。
でも、よく考えればいろいろなコレステロール値が絡む病気も他の因子が必ずあるはずでコレステロール値だけでは判断できないものでしょう。結局は煙草と肺がんの問題と同じで、これといったはっきりした統計的なものがあるわけではなくて、いろいろな因子を総合したものは出てこないということでは?
悪玉コレステロールは嫌われ者ですが、悪玉にしてもそれなりの役割はあるはずですからなぁ。。。。。
今の医療は予防医学を取り入れるようになったことはよいことと思いますが、喫煙を病気として取り扱うことも感じますが、メタボとかコレステロール値だとか。。。。下手をすれば病気にさせられて薬まで飲まされるのでは?
血管が詰るのも怖いですがかといって基準値が低い中で薬を飲むのも不安です。
運動と食生活ですなぁ。。。。。でも、これができない世の中のでもある。ストレスもあるし。これができない中で薬に頼らせる仕組み。産業医も働き方にまで口は出せない。予防医学も働き方にまで口は出さない。その上に立った予防医学では?

【2011年】ツイッターつぶやき
正岡子規からの近代俳句俳句において写生を重んじる。
心の感情や思いをそのままに句にすることは避けて写生をせよと?
写生は目に見えたものをはじめ五感で感じ取ったものを言葉で言い表すことでしょう。
これに対して写生だけではなく心そのものを苦にする俳句も?
たしかに写生だけでは物足りないものを感じるのかもしれない。
しかし。。。この写生の中身がどうなっているのかで写生の位置づけが決まるのではないか。
ふとある風景に心が動いたとする。
この風景を写生をして俳句とする。
この場合ただ景色を写し取っただけではつまらない句になるだろう。
だから写生とはその風景を写し取ることではない。
一つの風景といってもその中にはたくさんのものが集まっている。
そのたくさんなものの中から何を写し取るのか。。。。ここに俳句を詠む難しさが出る。
たくさんのものから何を選んで17文字にするか。この詠む過程に心が動く。
ふと心が動いた時の心の状態はなんだったのだろう。。。
たとえばさみしさかと思ったときにたくさんのものからその心を移すものを探す。
それを組み合わせたり言葉を選んで17文字に表現をする。これが写生ということだろう。
結局は写生とは心の写生であり、それを目の前の風景を借りて目に見えるもにする。
写生の俳句も結局は心を表現しているのだ。
だから俳句は詩というものとなる。俳句と詩は言葉を選ぶという面では同じだが俳句は四季折々のものを通してそのもの自体の言語性において表現をする。

【2012年】ツイッターつぶやき
まずはツイッターから

(返信)人が肉を食ってもその肉自体が人の肉になるわけではない。肉は消化をされて栄養成分に分けられ人の血肉になる。そして余分なものは排泄される。知識も暗記のようにそのまま他の人の知識になるわけではなくて一度栄養成分に消化をされる。その消化とは抽象化だ。
社会の中で起きている現実を一度抽象化をして本質やその法則性を見つめてからもう一度現実の仕組みを分析することが求められているのだ。自民がだめだから民主、民主がだめだから自民。。。これでは国民は成長しない。二大政党を一度抽象化をしてその本質を分析してより発展した政治の法則を活かすこと
発展性を見ないで現実の社会を否定すると、単純に時間を戻すようなことにつながる場合がある。自民がだめだから民主、民主がだめだから自民。。。自民党政治に否定としての民主党政治は一つの発展だった。民主党政治の失敗はその総括からさらなる発展に結び付けねばならない。時計の針を逆に回しては。
時計の針を逆に回した今回の選挙結果。それは何もたんに自民党に帰ったというだけではなくて、やはり時計の針を逆に回した政策をとるような自民党政府になった。よく考えればほぼ政治は自民党だけになったのだ。政党はいろいろとあるが。改憲、統治の仕方が一致した。。。統治の仕方としての公務員改革
では、国民は時計の針を逆に回した選挙結果を支持したのか?実態は『「自民の政策を支持」はわずか7%で「民主政権に失望」が81%を占めた』http://t.co/1RlwwSm2だろう。自民がだめだから民主、民主がだめだから自民。。。という消化しきれないウ〇コなのである。
社会の中で起きている現実を一度抽象化をして本質やその法則性を見つめてからもう一度現実の仕組みを分析することという時計の針を正常に回す未来志向の発展性のないものは、消化しきれないウ〇コなのである。消化しきれないものは、国と国民意識との乖離となる。悲惨な社会。。。。
自民がだめだから民主、民主がだめだから自民。。。
ある方のツイートに今の選挙を見ると「お仕置き型選挙」だと表現されていた。自民がだめだから民主、民主がだめだから自民。。。とはまさに「お仕置き型選挙」といえるものでしょう。国民が唯一政治家に頭を下げてもらい主人公となるのは選挙だけですから、その主権の行使に誇りを持つことは大切なのですが、それが民主党がだめだから、自民党がだめだから落とすといった「お仕置き型選挙」ではだめでしょう。この典型が今回の選挙での『「自民の政策を支持」はわずか7%で「民主政権に失望」が81%を占めた』という事です。
政策を支持されない中で自民党が圧倒的な多数を得て今後の政治の方向が出るわけですから、政治と国民意識の乖離は進んだとみてよいでしょう。しかしこの乖離を国民自身が選んでしまったところに愚民扱いした論調が出るのだと思いますが、しかし二大政党制が保守の二大政党制として進み、さらに野田内閣では民自公の合意という大統一に政策は進んだわけですかし、マスコミの論調でも争点なき選挙あるいはマニフェストが消えたというといったものがあり、国民の選択肢は狭められました。この中での二者択一的なものを迫られたわけですから仕方ないわけです。
自民党が圧倒的な数の力を得た反面それが良かったという国民は57%で、無党派層となると41%です。二者択一的に選んだがそれが良かったのかとなると微妙な数字でしょう。ここにも政治と国民意識の乖離が見えます。

【2013年】ツイッターつぶやき
(記事なし)

【2014年】ツイッターつぶやき
(記事なし)

【2015年】
(記事なし)

【2016年】ツイッターつぶやき
喫煙者が知るか知らないかは別としてたばこにはたばこ特別税が含まれている。
これはJR救済のために喫煙者が納めている税金である。平成28年度は1428(億円)が見込まれている。
この特別税が始まったころ喫煙者からは怒りとため息が漏れたが、当時も禁煙運動が盛んでしたからそうは反対の声は聞こえず、逆に喫煙者が減る(禁煙)だろうぐらいのものだった。
しかし今度は東電の福島原発事故での賠償金などを国民負担にするといった政策に対してはマスコミも疑問視をしているでしょう。ツイッター上でも多くの声が読み取れる。
煙草とJR救済については何の関連性もない。喫煙者はJRぐらいは駅のホームに喫煙場所ぐらいつくるだろうなどと甘い考えもしたが、いつの間にか喫煙場所はなくなった。
踏んだり蹴ったりである。
ここでこのたばこ特別税と賠償金国民負担を比べたりするのではないが、国というのは相当理不尽なものであっても法制化すれば何でもやるということである。そこには正当な論理はなくても。
この国民負担をたばこ税でやると言ったらどのくらいの人が疑問視するだろうか?
「喫煙者はまだタバコ吸うの?」なんて揶揄されるのが落ちである。
まぁ、ここでそういう方をどうのというわけではない。
この国民負担で困る人というのは、今の格差社会において毎日1円でも電気代を節約しようとしている人に大きな負担がかかるのです。これはたばこ特別税での喫煙者と同じということです。
国民負担は毎月にすればそうは大きな額ではないので、多くの人はそうは声を上げないでしょう。
しかし理不尽さを考えれば声となる。
今もたばこ税についてはもっと増税しろという声が大きい。しかしそういう困るのは喫煙者という意識が、今回の国民負担を許すことにつながるのです。

以下、今日のツイートのまとめです。一部誤字修正あり。
世界は狭くなっておりそこでの独占企業の生き残り競争は激化している。世界が狭くなっているというのは、商品市場が狭くなっているということで、だからこそ競争は熾烈になる。
商品市場が狭くなる要因は、いくつかあるでしょう。一つは生産性の向上により大量生産が飛躍的に伸びているということである。ロボットなどにより同じ労働力量でより多くの商品が生産されるようになるということである。極端に言えば、今まで100社あればいいところ70社でよくなる
二つ目は生産性が高くなり商品量は増えるのだが、世界中であるいは国内も同じだが、その商品の消費を損なうほどに格差が拡大をして貧困が(相対的にも絶対的にも)増えればその商品の消費ができなくなるということである。豊富な商品量の裏にその商品を消費できない貧困である。
三つめが生産性の向上により商品価値が下がるということである。ロボットなどにより商品生産に必要となる労働力量が減少すれば商品価値が下がる。労働価値説を言わなくても、手作り時代より機械化された今のほうが商品価値は下がって価格の下落が生じている事実。
商品価値の下落からの市場価格の下落は、同じ商品量を生産している場合は、企業の利潤率を下げることになるでしょう。そこで企業は拡大再生産を行って利潤を維持しようとするでしょう。すると、一つ目として書いた商品量の増加が爆発的になります。
世界中の商品量の過剰傾向により拡大再生産が行えなくなれば(低成長やマイナス成長)、企業は利潤率の確保のために労働者を解雇するようになり、同時に生産手段(工場など)の縮小を行う。また経済法則に矛盾するような賃下げや雇用者数を減らすための強労働にまで進んでいく。
これが日本で端的に表れていた「失われた10年あるいは20年」なのである。すると先に二つ目として書いた格差の拡大による貧困が生まれてさらに商品の消費を減少させていく現象が深刻となっていく。これがデフレと言われるものである。失われた20年はデフレスパイラルなのである。
アベノミクスはこのデフレスパイラルに浮かぶ泥船なのである。
デフレスパイラルは、これまで書いてきた3つの理由により、商品市場における流通貨幣量の減少となる。貨幣量の減少は全体的なものとしてあらわれるわけではない。企業やそこに貸し付けを行う銀行などの貨幣(企業の内部留保や日銀の都市銀行への準備金)としての資本は増大する。
銀行や保険会社などの金融関連資本そして企業の内部留保はその使い道がなくなる。企業の利益は商品販売などという本業に頼らずに金融商品による利益に依拠するようになる。
商品市場におけるデフレスパイラルは商品市場の恐慌を引き起こす。同時に銀行や企業の余剰貨幣資本が金融商品に頼るようになるといつかバブル化してはじけて金融恐慌を引き起こす。
この二つの恐慌という爆弾がいつ爆発するかわからないのが今の先進国です。
資本主義はこの爆発から戦争が不可避となる。この経済矛盾が上部構造である政治に作用をして世界中で強権的な時には極右化した政権が生まれていく。
しかし資本主義はこの戦争という矛盾を止揚する方法を持つ。
それは社会民主主義という資本主義の最高段階である。
社会民主主義は、これまで書いてきた3つの矛盾を解決できるでしょう。すると恐慌の回避から戦争の必然性をなくすことができるのである。
戦争とは商品市場の分捕り合いです。現在は植民地主義は世界的に否定をされていますから、さらに戦争回避は有利です。
社会民主主義は社会主義か?
この判断は多くの説が存在をし、アメリカなどから見れば今の日本でさえ社会主義である。またヨーロッパの社会民主主義政権は極端な資本主義である。
社会民主主義は、資本主義政権から見ると私有財産を残すことから資本主義のはずです。共産主義国から見ると、共産主義の過程において私有財産を残すことから共産主義ではない資本主義の残存物を多く残す社会となります。
ですから社会民主主義は資本主義であるということです。
しかし今の社会民主主義と社会主義の最大の欠点は、平和主義がないことです。
日本はこれまで多くの社会民主主義的政策が野党や労働団体そして市民によって行われる過程にあった。そして憲法という形においても戦後70年の事実の中でも一定の平和主義を作り上げた。日本の世界に対する貢献は、この社会民主主義的政策と平和主義を広げることにあります。
日本人は自虐的になる必要はない。日本のこれまでの政策と平和主義を世界に発信すれば尊敬に値する国となっていくでしょう。これが崩れていく中で逆に日本人は未来志向から後ろ向きになった自虐に陥るのです。

【2017年】ツイッターつぶやき
昨日、用事があり朝車で出かけた。
幹線道路を避けてわき道に入った。でもこの道は信号機がたくさんありひどいときは一つひとつの信号で止まることもある。朝でしたのでそれほどでもなかったのですが、それでも時々信号につかまりました。
信号待ちをしているとき、ちらっとバックミラーを見たら女性が運転している。バックミラーに移る女性は何できれいに見えるんでしょ(笑)
するとすっぴんらしき顔に化粧をはじめた。
クリームのようなものを塗りはじめる。
信号が青になったので走り出すとまた二つ目の信号につかまる。
やはり後ろの車の女性は化粧をしている。
ファンデーションというのでしょうか、血色がよくなりました。
また青になり。。。。
こんなことが4回ほど続き、大きな幹線道路にぶつかり信号待ち。
この信号は長いのですが、女性は目のあたりを書いて口紅を。
最後の仕上げだと思いますが、目はパッチリしてさらにきれいな顔立ちとなりました。
「おおお・・・・・」と、心の中で関心をしていると信号が青になった。
残念ながら僕は直進。女性は左折してしまいました。
以前、電車の中で化粧を1から仕上げまでを見たことがありますが、重たい瞼もすっきりと・・・・
化粧というのはすごいもんですね。

今日は実家に行ってきました。
帰り道、実家に行ったときには時々立ち寄るスーパーがあります。今日も魚が食いたいので立ち寄りました。
寿司のネタもおいしくいろいろな魚を置いています。
何にしようかと考えながら目についたのがアンコウ。。。。。
どこ産だろと見たら山口県産。新潟県の甘海老と一緒に買ってきました。
アンコウはもちろんアンコウ汁に。茨城県ではドブ汁というアンコウの鍋がありますが、この前キムチ鍋も食べたので今日は汁に。
アンコウを自らいて煮立てたら白菜などの野菜を入れて火が通ったら味噌を。
この味噌ですが、アンコウの肝をつぶして酒でのばし味噌を入れて練っておきます。このアンコウの肝いり味噌をこさないでそのまま入れるのがミソ。
人に立ちしたら出来上がりです。長ネギと七味唐辛子を入れて。
体が温まりました。
関東ではアンコウと言えば茨城ですが、西の方では山口なのでしょうか?
山口のアンコウは少し小さいのかな?だからというわけかはわかりませんが、ちゃんと七つ道具がすべて入っていました。アンコウも捨てるところがないと言いますが、いろいろな部位がそれぞれ食感も違い美味しいです。
コラーゲンたっぷり・・・・・
そういえば、甘海老もおいしかったです。子持ちの甘海老は久しぶりでした。甘さのあるプチプチ感が最高です。料理屋で食べると高いと思いますが、今夜は一人8匹づつ。
アンコウも甘海老も、堪能しました。。。。。

【2018年】ツイッターつぶやき
2018年 8月31日(金)「もう働けない・・・・バス運転手」
「もう働けない。。。バス運転手」ではバスの運転手さんの労働実態について書いていましたが、今度は岩国バスの若い社長が客からの苦情に対してハンマーで運転士殴っていいという答えをしたそうです。
企業が従業員を大切にしないというのは、ブラック企業という言葉も多くなっていましたし、今後の外国人労働者受け入れについての政府の考え方を見ても珍しいことではありませんが、ハンマーで殴ってもいいという言葉は従業員を人間として見ていないという表れではないかと思います。地方のバスは厳しい経営状況にあることはわかりますが、経営状況をよくするために従業員を大切にしないことは間違いでしょう。客が本社なり営業所に怒鳴り込んで運転手に土下座して謝らせろと言ったら土下座させる企業体質なのかと疑います。客から苦情が来れば従業員をできる限り守りながら間違いをただすことが企業の役目でしょう。

川上弘美さんの東京日記が更新されました。
今回は「チャーリイの日々」。。。。。
今年「アルジャーノンに花束を」がドラマ化されましたが、昔読んだイメージが崩れないようドラマはみませんでした。ほかの文学作品もそうですが、映画やドラマになっても見ないようにしています。その作品や俳優さんのイメージが頭に残ってしまいますもんね。映画やドラマになった瞬間にそれは原作から離れた一つの作品になってしまうのだと思っています。
川上さんの「センセイの手紙」はテレビで見てしまいましたが。。。。。
川上さんはドラマ化するならばどの俳優がぴったりするかずっと考えていらっしゃるようです。
天才との落差のある演技ができる俳優。。。。。
あるいは身近な人からも探しているようでしたが、酒を飲めば天才になるというような方も。。。。
結局原作は原作でドラマはドラマとなってしまうのだと思います。うん、たぶん、川上さんも永遠にチャーリイ役の俳優は見つからないのかも。。。。。
今年のドラマでのチャーリイ役のユウスケ・サンタマリアさんについてのコメントはありませんでした。
「アルジャーノンに花束を」は文庫本でも出ていますが、作品に引きつかれるのはチャーリイの「日記」ですね。最初のページで「うん?」と。。。。。。
そしてラストでも。。。。
心温まりそして悲しい作品です。

【2019年】ツイッターつぶやき
日本企業は内部留保も含め利益をあげているように見える。
もちろんアベノミクスと日銀緩和の中でこの利益は伸びているのはたしかです。しかしその利益の源泉がどこにあるのか?本業の伸びによって得られている利益なのか。
しかし今朝の朝日新聞の見出しだけを拾い集めてみると、
・かんぽ顧客意に沿わない契約約20万人
・楽天の送料無料公取委懸念
・卸売市場ネット・直販の逆風
・昭和電工が日立化成買収へ
・日立の医療機器事業富士フイルムが買収
・日立家禄発電建設から撤退
・造船所売却検討三菱重工が発表
・輸出また前年割れ収支も赤字
・21年度の採用「若干減速」か
・自殺三菱電機社員のメモ公開 上司から「殺すからな」
・11月の韓国人客前年比65%減少
・来年度予算消費増税や世界経済の下ブレ 臨時・特別の処置
そのほかネット上に記事を読んでも経済の実態についての悪い記事ばかり。去年から景気は下降気味だったのかもしれない中での消費増税という愚策。そして労働者の手取り賃金低下と社会保障費負担増。社会保障の後退へ。
政府の経済の好転という言葉はまさに大本営発表だったのかもしれない。
日本企業は大丈夫なのか?

【2020年】ツイッターつぶやき
川上弘美さんの東京日記が更新されました。
10月コロナの感染が三度拡大傾向を示した。。。
川上さんもオンライン飲み会。
僕はオンラインなどというものがどうしたらよいかもわからないのですが、先日花の写真を写そうとスマホのカメラをいじっていたら、なんか変なところをタッチしたようで、画面に僕の顔がアップで現れてびっくりした。どう見てもオンラインで去らせるような写り具合ではない。やはり女ライン飲み会なんて無理。
川上さんはトイレの窓から見えた満月の話をしようとしたがどうも話題とならない。
気が晴れない川上さん。オンライン飲み会も何か物足りなく。。。。。
この前ツイッターに書いたのですが、コロナウィルスは会話の中での飛沫から感染するらしいですが、コロナ以前は互いに飛沫を飛ばしながら飲み会をしていたということで、酒の席での人間関係はこの飛沫の交換あるいは飛沫の中にいる菌やウィルの交換によって成り立つのではないかと思う。なんか気持ち悪いがそうなら仕方がない。オンラインはこれができないので物足りなさを感じるのかも。
気の晴れない川上さんは生筋子をお取り寄せして手作りイクラ。。。。。
食欲でも気が晴れない。。。。
夢を見る。。。。。
トイレの窓から自分がそんな自分を見ている。。。。。

【2021年】ツイッターつぶやき
成人してからの人生のパートナーといえば第一に婚姻関係を思い浮かべます。
しかし最近は昔当たり前だった男女間のパートナーに限定されない同性のパートナーも社会的に認知されはじめています。もちろん婚姻関係を結ばないパートナーも多くなっていると思います。
婚姻としてのパートナーとして同性でも法的な婚姻関係を認める方向にも動いています。
最近になってなぜこのような同性婚が表に出てきたのでしょうか。昔から同性愛者は存在をしてそれを画して苦しんできたことは事実でそのある意味隠されていたものが表に出されるようになってきたのでしょう。
人生のパートナーという面では性的な関係が中心に見てしまいますが、ともに相手を愛しながら生きていく人と人との関係ももちろんあります。そして社会の中に生きていればあらゆる困難もありますからそれを一緒に克服して生き続ける関係でもあります。この面では男女間のパートナーも同性のパートナーも何ら変わることはないでしょう。
性的なパートナーから離れて共に生きていくためのパートナー、共に生きていきたいと互いに思うパートナーを考えると、やはり最近表に出てきたフェミニズムがあります。女性が差別を受けずに男と変わらずに生きていくことを求めます。同性のパートナーにしても男女間のパートナーにしても、人生を共に生きていくパートナだという認識が深まれば男女平等も当然要求されるでしょう。しかしこの要求は何も女性からだけのものではなく男性にとっても平等を求めるものです。
社会の土台は経済です。最近は共働きでなければゆとりがある生活ができない社会になりました。この社会で生きていくパートナの認識も経済の在り方に規定されるでしょう。
この経済に規定された社会的な条件に従ってパートナーも規定されるなら、男女間のパートナーでも同性のパートナでも互いに信頼できる相手と生きていくことを選ぶことが求められるでしょう。婚姻関係は社会的に法的規定されているものですからなくならないと思いますが、法的にも社会的にもパートナーと認められる社会が求められるでしょう。その中で性別に関係のないパートナー関係が生まれるかもしれません。ここでは何も性的な同性愛をも超えるものが出るかもしれません。
そこでフェミニズムにも変化が出てくるでしょう。

【2022年】ツイッターつぶやき
岸田総理は1兆円の増税などによる防衛費倍増を決めてすき焼きを食いながらこれで年を越せると安心したようです。
しかし年末になり物価高倒産ともいえる倒産が増加しそうだと。庶民の暮らしはこの年末を乗り越えるために経済的困窮の弁護士による相談窓口ができたそうです。
今日スーパーに買い物に行ったらもう正月用品が並んでいましたが、カニ売り場に行くと5000円以上の値札が付いたものが並んでいました。
年末はカニに限らずすべての食品が値上がりしますから美味しい牛肉ですき焼きとはいかないです。
賃上げは経済の好循環のためといわれていますが、賃上げ分が防衛費増のための財源となってしまいます。政府は国民生活から乖離したところでうごめく。。。。。
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2023年12月18日(月)「郵便料金値上げ」

2023年12月18日 22時24分07秒 | 「政治・経済」
テレビニュースを見ていたら、30年ぶりの郵便料金の値上げが来年秋から行われるようです。
料金の値上げはまだそうは昔ではないような気がするのですけど?
僕は手紙といえば、役所関係等の事務的なものを年に数枚出すぐらいですのでそうはいたくありませんが、郵便料金が値上げされれば企業の負担も多くなりますから何らかの形で僕たち消費者にも影響が出るかもしれません。
企業の郵便使用はさらに減るでしょうね。インターネットで通知を知らせることが増えてご利用明細なんか来なくなっていますからそれがさらに進むでしょう。
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池に浮かぶ月2102【12月18日】

2023年12月18日 21時47分24秒 | 「池に浮かぶ月」
去年、大河ドラマ「鎌倉殿と13人」が最終回でした。
北条義時は、天皇を中心とした公家国家の力を弱めなら執権政治を確立しました。
頼朝を征夷大将軍に祭り上げて実朝が殺され政治の実権を奪います。その間には多くの武将を倒していきます。
義時は大悪人とも言われますが、歴史を一歩進めたことになります。
昨日は「どうする家康」が終わりましたが、自分の妻も含めて多くの武将を殺してきました。豊臣氏を滅ぼしたことによる悪名も出ていたようですが、封建制を仕上げます。
義時も家康も武力により政権を作った。極悪人と言われながらも社会を一歩前進させた。
これを安定させていくのが時房であり、秀忠でした。御成敗式目を作り、武家諸法度を。
時房も家康も同じ道を進んだのでしょうね。

≪去年の今日はこんなことを・・・≫
2022年12月18日(日)「最終回」

「池の上に月が昇る
その池に写る月は現実の月ではない
しかし現実の月を写したものであることでその池に浮かぶ月も現実である
人間の過去もすでに現実としては存在しない
しかし過去の時間の中で現実であった」
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「12月18日という日」

2023年12月18日 07時47分47秒 | 「何を思ってた?」(旧ブログまとめ)
【2023年】ツイッターつぶやき
テレビニュースを見ていたら、30年ぶりの郵便料金の値上げが来年秋から行われるようです。
料金の値上げはまだそうは昔ではないような気がするのですけど?
僕は手紙といえば、役所関係等の事務的なものを年に数枚出すぐらいですのでそうはいたくありませんが、郵便料金が値上げされれば企業の負担も多くなりますから何らかの形で僕たち消費者にも影響が出るかもしれません。
企業の郵便使用はさらに減るでしょうね。インターネットで通知を知らせることが増えてご利用明細なんか来なくなっていますからそれがさらに進むでしょう。

≪過去の記事≫

【2003年】
日差しも強く、暖かな一日でした。
布団も干して今夜はぬくぬくです。
大掃除第一弾!!
家中の蛍光灯のカバーを磨き蛍光灯も取り替えました。やはり明るさが違いますね。。。。
大掃除も一度にやると大変だと思いはじめたのですが大変でした。それに蛍光灯といってもバカにならず、家中の蛍光灯を取り替えたらものすごい値段でびっくりしてしまいました。
とほほ。。。。
蛍光灯もスリムタイプというものを子供部屋で使っているのですが、これは長持ちしていいです。しかし値段も高い。。。
結局は普通の蛍光灯と経費は同じなのかな?まあ、取り替える手間が少なくていいということでしょうか。

【2004年】
お札の印刷所で新札のお宝番号をかすめた人達がいたという。
貨幣は国の最も重要な信用なはずなのだけど。。。。
国民生活の犠牲だけが進み、こういう腐敗が進むこと事態や、力のある人などがいいかげんなことをしはじめたとき国が衰退しはじめている証拠ではないのかと思う。
まだ日本には高い技術がありかねもあると安心する部分はあるが、衰退は加速度的に進むことがある。なんとなく戦後国民がウサギ小屋のような家に住むエコノミックアニマルと欧米の国民に馬鹿にされながらも一生懸命に働いた遺産を今食い潰しているような気がしてならない。年金積立金も、ささやかな金融資産も。。。。
年末だというのに暗いニュースばかりである。

【2005年】
北風ピューピュー。。。
きのう床屋(今、この言葉が差別用語なようです?理容室と書かなければならないのか?)に行って髪が短くなったぶん寒さが身にしみます。
風が強いと体感温度はそうとう下がるようですが、江戸の空っ風は骨に染み入る様な冷たさです。
ジムの帰り、「ヘックッシュン」!くしゃみ一つ。。。
というわけで今夜は鍋でした。
いつもは水炊きですが今夜は味噌味のスープにしてみました。豚のバラ肉や鶏肉中心の鍋ですから濃い目の味噌がうまい!きし麺を入れてみました。
そろそろスーパーも込み合ってきました。カートがたりないほどです。
クリスマス用のオードブルなどが少し出始めていました。まだ早いだろうになァ。。。グループでの忘年会代わりのパーティーもあるのかな?今の若い人たちは。
カジュアルっぽいコートを買いました。定価1万円が6千円。たしかに着る物は安くなりましたね。昔子供の頃は、ジャンパーを買うにしても二周りも大きな物を買ってもらい、袖を折ってもらいながら3,4年は着ていましたが、今は大きなものを袖を折ってきている子など見たことがないですなぁ。
もう限界に来ていた掃除機も買い換えました。少し高めの物を買いました。
なんだか今日一日を見ても金が出た。。。
正月まで怖いです。

【2006年】
クリスマスも近づき、年の暮れの雰囲気が出てきます。
気のせいかな?
少し食料品の値段が上がったかな?
これから1万円札をくずすとあっという間になくなってしまいます。財布の紐を締めよう。締めてちょうどふだんの出費になる。まぁ、ふだんももちろん質素な暮らしですけど。
個人消費に協力したいのは山々ですが、ない袖は振れない。。。。
去年の正月用に買った梅の寄せ植えの梅の莟が出てきました。
出窓に移したのですが、早く咲き終わっちゃうかな?寄せ植えの菊も裂き始めています。菊は遅すぎ?
まぁ、今年も咲いてくれることは嬉しいです。春には植え替えてみよう。。。

【2007年】
小さかった金魚がだいぶでかくなってきました。
大切にすれば長生きするので楽しみですが、どのくらい大きくなるんだろ?今は60センチの水槽でも余裕があるのですが、もっと大きくなったらたいへんだよなぁ。。。。
もう1匹は、浮き袋の病気らしくさかさまで泳いでいます。詳しい人に訊いたのですが、この病気は薬では治らないそうでして。。。。でも、すぐに死ぬような病気でもなさそうです。さかさまになりながらも餌を必死に食べています。一時はずっと動かなくなりやせてきたのですが、最近は動くようになりました。
ベランダの花たちもそうですが、生き物を育てるというのはたいへんですなぁ。。。この「育てる」というのがキーワードでして、人の手をかけないとそのままでは生きていられないということです。まったくの自然の状態で生きている生き物を育てるとはいいませんよね。
金魚は人の手によって狭い水槽に生きる。鉢植えの花は小さな鉢に根を張って生きている。人間の子もいろいろと小さな「器」に閉じ込めて育てる(笑)
ゼラニュームの鉢が4つあったのですが、去年植え替えのときに底の浅い鉢に植えてしまい失敗しました。なんだか今のままでは限界のようなので植え替えて見ました。ゼラニュームは一年中元気なので、今の季節でも大丈夫かな?

【2008年】
(記事なし)

【2009年】
(記事なし)

【2010年】ツイッターつぶやき
     拝啓 川上弘美様

日記を拝読させていただきました。
加齢臭と古本の匂いは同じ成分でできているという言葉に「うんん・・・・ん」と何か意味深いものを感じました。加齢臭を漂わせる人も古本のようなものですからなぁ。古本というのもまた古くなって年老いていく人のようなもんですなぁ。同じ匂いというのは鼻でかぐ匂いもあれば感覚というものもあります。
年をとってくると頭の中も心も古本のようで、積み重なったものの中から染み出てくるようなにおいがあり、古本からも古い何かが染み出てきます。この染み出るものが同じ匂いなのでしょうし成分なのでしょうか。
うん、たしかに忌み嫌うような匂いではないですね。
かといって加齢臭を染み出しながら闊歩するのも魅力ではないわけでして。。。。
シンミリと落ち着いた雰囲気の中に加齢臭を染み出させます。
 
          敬具

国も経費削減に忙しそうです。
加齢臭を染み出しながら生きながらえる高齢化社会もまた経費扱いから見られますが、古本に手を伸ばしてニコッと息を吸い込んでくれる若い方もいらっしゃることでしょう。古本も古本なりに匂いを発していきたいと思います。

灰色の空が低く降りてきて
心がぽっかりと
真空のような寂しさに
包まれたとき
あのメロディーを思い出すよ
雨が降ったら聴いてみる
あのメロディーを
いやメロディーではないのかもしれない
あのメロディーのような君のつぶやきを
雨が降ったら聴いてみる
あのメロディーを
冬の雪混じりの雨でもその冷たい雨でも
僕の心は静かにつぶやきの雨に包まれる

【2011年】ツイッターつぶやき
今朝の朝日新聞読書欄に、森達也著「僕のお父さんは東電の社員です」(現代書館)という本が紹介されていた。
僕はこの本自体は読んでいませんから中身はわかりませんが、中島岳志さんの書評を読み感じたものがあります。
元毎日新聞論説委員の方の「東電は人々のことを考えているのか」という文章に対してゆうだい君という小学生が「突然ですが、僕のお父さんは東電の社員です」という書き出しに始まり、「読んでみて、無責任だと思いました」という語ったという。このゆうだい君の言葉に多くの子供たちが反応して議論が白熱をしたという。それをまとめた本のようです。(以上引用は朝日新聞12面より)
この中で東電や国が悪いという意見も出れば、その反面電力依存の生活に自分たちの生活を見直して節電などを考える。そして東電バッシングの中に一人一人の東電社員や家族がいることをとらえて電力依存という自分と東電社員へのバッシングを考える。著者である森さんは子供たちに接してその議論から子供たちに謝る。これまで原発問題に対して何も発言してこなかったことを。。。。。
原発事故に対しては個人ではない国や企業の組織としての責任がある。その責任について国や東電が悪いという一定の責任論は避けられないだろう。これはバッシングという無責任な批判や非難ではなくて今後の対策を見据えたうえでの責任論でなければならないわけです。しかし人はその感情的なものから批判のための批判としてバッシングに走る。それが一人一人の社員やその家族へのものにも広がっていく。このような批判や非難からは何も生まれないことは明らかだろう。
しかしこのようなバッシング的な批判や非難をする個人へもお前たちは今まで電力依存(それは原発依存でもある)にあったのに自分たちの責任も考えずに東電や国を批判できるのかといったやはりバッシング的批判や非難をする人々も出てくる。
著者森さんが子供たちに対して一人の大人として今まで原発問題に対して発言しなかったことを謝罪をしますが、もちろんこれは大人すべての子供たちへの責任です。たしかにこの中には電力依存をした一人一人についてもその何らかの責任はあるわけです。しかし事故そのものが個人責任ではない国や東電という組織としての責任を考えるべきとするなら、これまでの原発依存というものも個人の問題ではなくて社会全体の意識としてとらえねばならないだろう。ですから国や東電批判をする人々すべてに対して個人的なバッシングをすることがどんなに誤ったものがあるかがはっきりします。
個人レベルとしても確かに原発についてはそうは考えていなかったという人が多いと思いますが、その人たちはもしかしたら核兵器のことを真剣に考えていたかもしれなし、核以外の政治や経済などから今の日本の矛盾を考えていたかもしれない。原発問題をあまり考えていなかったのに今になって反原発を言うものはおかしいという批判や非難をする人がすべての日本の矛盾を考えていたのかとなると疑問だろう。人それぞれは違う形で日本を考えていたのであり、その中に原発事故が起きて日本の矛盾がそこに噴き出たというだけで、そこにバッシングではない正しい批判をすることは間違いでも非難されるものではないのである。常に社会矛盾を何かしらの形で考えていた人は、その何かしらの視点で原発事故について本質的なものを考えられるのである。
バッシング的な個人批判やその裏側にある自虐的な個人への反批判というものを排除しなければならない。この上に立って原発事故の責任論と将来を語ることからしか子供たちへの大人の責任は果たせないだろう。

【2012年】ツイッターつぶやき
民主党は敗北の総括もないままに次の代表を決める選挙を行うらしい。
たしかに野田代表が辞任すると言い出したのですから次を決めなくてはならないのですが、次の代表を決めるという事は次に国民にうったえるものを決めるに等しいでしょう。しかしその代表選挙の中身では、
『代表選挙を巡って党内では、議席の数が衆議院を上回ることになった参議院を中心に、「来年の参議院選挙に向けて、若いリーダーのもとで、党の立て直しを急ぐ必要がある」などとして、細野政策調査会長の立候補に期待する意見が出ています。
一方で「挙党態勢を確立するためには、代表や閣僚の経験者が、安定した党運営を行うことが望ましい」などとして、前原国家戦略担当大臣や岡田副総理らを推す声も出ていて』 (NHK)
といった具合である。
しかも急を要する代表選とはいえ両院議員で決めて一般党員やサポーターの選挙はないらしい。今回の大敗北で一番声を聞くべきは一般党員や前回大勝利した選挙を支えたサポーターではないか?
朝日新聞の記事によると、「民主党内を覆ったのは反省の弁よりも「筋肉質の民主党」という言葉だった。一部の議員だけが民主党を担ってきたという「純化路線」の意識」の現れではないかという見方も出ている。
小沢グループやその後11人の議員が離党し、選挙では大敗をして多くの議員を失った。。。。
これを筋肉質の党になったという総括はどういう意識から出てくるのでしょうか?国民の信頼を失ったという事ですし、多くの党員やサポーターの気持ちを蔑にしながらのまさに「純化」路線です。
民主党が筋肉質ではなかったというのは、今の党の中心にいる人々が筋肉質でなかったのです。本来ならば多くの国民が支持をして党の勢力が大きくなりまさに筋肉質の党になる可能性を秘めていた。しかし消費増税からはじまり最後は民自公路線という裏切りをやってしまい、国民生活を見つめたときの自民党との争点を消滅させてしまった。そしてとどめは野田総理の感情的情によるそして独りよがりの言葉上の男気で解散。このような流れを変えられなかった党の中心にいた人々。
まさに筋肉質の党を逃してしまったのは中心的な人々と党の体質でしょう。
生き残った人々は確かに選挙で生き残ったのですからそれなりの政治力はあるでしょう。
しかし、筋肉質になったというよりも家臣を捨てて生き延びて参議院という城に逃げ込んだ落ち武者にすぎないでしょう。
もう一度今の会見の危機や自民党政治による政財界癒着が心配される中、民主党はないをすべきでしょうか?国民が訊きたいことはここなのです。

【2013年】ツイッターつぶやき
16日のブログに次のように書きました。
「原発が停止をして火力発電の燃料費が経営を圧迫しているとも言われていますし、それが貿易収支や経常収支の赤字化の要因にもなっているといわれます。確かに燃料消費費は上がっているのかもしれませんが、燃料費の負担増はアベノミクスと日銀の量的緩和による円安に原因の多くがあるはずです。貿易収支や経常収支の赤字化の原因も円安にあるという分析もできるでしょう。この上に立って安倍政権の成長戦略があるわけですが、成長を続けるには再稼動も必要となるわけです。」
今日の日経新聞の「貿易赤字、原発停止より円安主因 赤字定着の懸念」という記事にも次のように書かれています。
『「全原発停止による鉱物性燃料の輸入額の押し上げは、年間で4兆円程度」とみる。一方で、今年1月~11月の貿易赤字の累計額は10兆1672億円と、原発停止による燃料輸入の増加よりも大きくなっている。宮前氏は「赤字額の残りの6兆円分は、日本経済の構造的問題だ」と指摘する。』
もちろん円安というこの「構造的問題」アベノミクスと日銀の維持原料的緩和にあるといえるでしょう。
日本企業の海外生産はその商品が日本に多く入れば入るほど輸入となりますし円安ですから貿易赤字拡大につながる。日本国籍の企業の利益が円安の効果につながるという矛盾した結果を生んでいます。同時に一方では株価にしても円安の定着傾向を示すが投資家の刺激にはなりにくくなり更なる緩和を求められる。円安も一部輸出産業に恩恵があるだけで輸出額と日本企業の製品の輸入の拡大で国内の経済効果はそれほど上がらない。
結局は貿易赤字の拡大と経常収支の赤字化が始まり、国家財政は国内の成長戦略にばら撒かれたりASEANへの2兆円融資など海外にもばら撒かれる中で赤字化は進む。双子の赤字そして三つ子の赤字化が定着をしていく。
その尻拭いを国民生活の低下に負わせるわけです。

【2014年】ツイッターつぶやき
(記事なし)

【2015年】ツイッターつぶやき
(記事なし)

【2016年】ツイッターつぶやき
(記事なし)

【2017年】ツイッターつぶやき
東京は毎日寒さの更新をしています。今朝は初めてマイナスの気温だったとか。。。。。
今朝、車に乗って温度計を見たら2度でした。
こう寒さがきつくなると暖かいものが食べたくなります。
という事で、昨夜はまたキムチ鍋にしました。そして〆のリゾット。。。。
市販されているキムチ鍋のスープに好みの具材を入れるだけですから簡単です。具材で欠かせないのが豚肉。やはりキムチ鍋には豚肉です。そして油揚げ。もちろん白菜のキムチ。
スープ自体が辛いうえにキムチも入れるのですからさらに辛くなりますが個の辛さが寒い夜にはいいですね。そして日本酒。鍋を囲む場所は炬燵。。。。。天国です。
残りのスープにご飯を入れてスライスしたトマトを乗せ、その上にとろけるチーズをたっぷり入れてひと煮たち。ふたをしてチーズがとろければ出来上がり。このリゾットがまた楽しみです。
食い終わったら柚子湯にザブンと。。。。。。。
湯冷めしないように炬燵に潜り刑事もののテレビを観る・・・・
炬燵の中で正月の手作りおせちメニューを考えながら。。。。
日本の冬ですなぁ。。。。

田作り、なます、昆布巻き、黒豆、松前漬け、チャーシュー、だて巻き、煮しめ
毎年恒例手作りおせち。
今年は正月が来るという雰囲気が出ません。
年間を通していろいろな行事がありますからね。クリスマスの方が若い方たちにはたのしみかも。そして最近ではハロウィンなんてものも。
正月も休みが続くというだけで、楽しみは旅行とかかな?
正月はカネもかかるし準備もあわただしいし。クリスマスが終わってさぁ準備はきついですなぁ。
さて、買い出しはいつにするかな。。。。。
でも、この手作りおせちづくりが正月の楽しみの一つかも。

【2018年】ツイッターつぶやき
先日ほうき草というものを書きました。
ほうき草(コキア)の紅葉も終わったので箒を作ったのですが、だいぶ感想もして細かな枝や葉っぱが落ちてきました。大きなビニール袋に入れたたいて全部落としました。すると・・・・・箒として残ったのは三分の一ぐらいになっていました…・トホホ
それでもどうにか箒の機能は保てそうです。
さっそくキーボードを掃除したらきれいに埃が取れました。
来年も芽が出たら追加をして太いほうきにしようかと思います。
昔使っていた部屋を掃除する箒とコキアの箒とは違うのでしょうか?

【2019年】ツイッターつぶやき
先日ほうき草というものを書きました。
ほうき草(コキア)の紅葉も終わったので箒を作ったのですが、だいぶ感想乾燥もして細かな枝や葉っぱが落ちてきました。大きなビニール袋に入れたたいて全部落としました。すると・・・・・箒として残ったのは三分の一ぐらいになっていました…・トホホ
それでもどうにか箒の機能は保てそうです。
さっそくキーボードを掃除したらきれいに埃が取れました。
来年も芽が出たら追加をして太いほうきにしようかと思います。
昔使っていた部屋を掃除する箒とコキアの箒とは違うのでしょうか?

五輪チケットについては皆さん大変苦労しているようですし、チケットの当然当選自体がものすごく不透明ですね。
企業のコマーシャルで五輪招待といったようなものがありますが、企業枠やらいろいろと優先枠があるのでしょう。
その中でオリンピックチケットについても総理枠とか議員枠とかあるのではないかという疑惑が出ています。
これに対して毎日新聞によると内閣は、
「答えることは困難」とする答弁書を決定した。理由については「『首相枠、官邸枠および議員枠』の意味するところが明らかではない」(引用)
と答えている。
総理枠などがあるのか?という質問に「『首相枠、官邸枠および議員枠』の意味するところが明らかではない」では答えになっていませんし、総理枠があるのかという質問はすごく単純な質問で、あるかないかははっきりしているわけです。
「『首相枠、官邸枠および議員枠』の意味するところが明らかではない」というこの答え方は、桜を見る会に反社の人が来ていたことに対して政府は「反社の定義は困難」と閣議決定をしている。それに輪をかけて、政府が反社の定義がわからないなら企業が反社対策をどうすればいいのかに対して警察に相談でもすればという態度です。桜を見る会に参加した反社の人の判断は野党は警察に相談しなければならないという爆笑的なことになる。
やはり毎日新聞によると、「お答えを差し控える」という答弁が激増しているようです。
答弁を差し控えたり、とでもないはぐらかしをして答えない今の内閣は、国民にとっては闇の中の内閣と言えるでしょう。
この闇は、公文書の改ざんや隠ぺいそしてシュレッダーにも現れていて、国家に提出される文書はのり弁。
相当国民は情報においても隔離されています。その隔離の中でオリンピックチケットも桜を見る会の招待客と同じように総理枠疑惑に置かれるならそれは一部の人に対する私利私欲につながっているという疑惑にもなる。
闇に隠れながら政治がえこひいきしたり一部の人のための利益誘導を行うようになればもう政治は終わりです。

【2020年】ツイッターつぶやき
以下ツイッターから
専門家は専門家ですからその専門分野の発言力はある。しかしその専門分野の知識とその人の思考回路(哲学)とは別物で、思考回路が狂っていると専門知識の組み立ても狂ってくるのではないかと思う。
だからある時は専門外のおやじの方がまともなことを言う。
その専門家の典型が政治家ですね。どう見ても思考回路が狂っているとしか見えないときがある。その時政治の専門家は政治屋となって政治を忘れる。
その政治家と固く結ばれすぎた官僚という専門家もそしてマスコミも知識人も芋づる式に志向が狂ってくる。
案外それに気づく人も出ているよう。
禁煙運動の専門家も同じで、医療などの専門知識があるのですから専門家なのですが、喫煙の危険性を訴えるにとどまっていればいいのに禁煙を知識や力で強制するようになると完璧にその思考回路は狂ってくる。行き着く先は低所得化を利用してたばこ増税で強制禁煙を正義とする思考回路に。
経済の専門家も専門知識がある。しかし企業の利益が増加し株価が上がれば賃金も上がり社会保障も豊かになるという教科書的な知識が実は思考回路が狂っている場合があるし逆立ちをすることがある。政治政策を狂わせ金融政策を狂わせてしまった。
その他教育でも社会科学でもすべての社会全体の中での専門知識のある専門家が思考回路を狂わせていく。
あらゆる分野の専門家の思考回路が狂ってくるというのは、その中での思考回路(哲学)の共通性があるからでしょう。思考回路(哲学)が根っことなります。この根っこからたくさんの専門家というあだ花が咲き乱れる。
国民はその生活実感から子育てや老後の生活からその花があだ花であることに気付く。
だから専門外のおやじやおばちゃんや遊びまくっている若い人の方がまともなことを考えるのです
でも国民は権威に弱いし専門家という言葉に弱い
その権威や専門家に力を当て、その力がまた国民を弱くする
とは言ってもそのような専門家は社会実態から自壊していくでしょう。専門家もまともな思考回路に
もちろんそこには思考回路が正常なたくさんの専門家がいる。。。。。
おやじやおばちゃんや若い人たちは生活実態を見る専門家です。この専門知識を生かしましょう。しかし狂った思考回路の専門家のように自ら狂ってしまってはいけない。
感情的にならずに正直に。。。。
正常な専門家が必ず結びつくようになる。

【2021年】ツイッターつぶやき
夜の高速道路を飛ばして帰宅しました。
歳をとると夜の運転は怖いのでなるべく走らないようにしているのですが、今夜は仕方なく走りました。でもすいていて気持ちよく走れました。
でも、疲れますなぁ。。。。。。
早く寝よ・・・・

【2022年】ツイッターつぶやき
「鎌倉殿と13人」が最終回でしたね。
義時がどのような形で死ぬのかが話題となりましたが、毒殺のようでもありましたが、最後は政子が薬を与えず見送った形でした。鎌倉に北条の武士政権を作り上げた義時と政子。血にぬられた鎌倉政権を終わりにして義房の時代に。義時は御成敗式目を作り政治的基盤を作る。これが義時と政子の思い描く政権だったのでしょう。しかしその過程に多くの殺戮が。。。。。。
義時の役割が終わり命も終わる。
この義時の役割とは何だったのか。武力と策略に長けた武将が天下を取る話と勘違いする人が多いのかもしれません。しかし義時の役割は、公家(貴族)社会を倒して武士政権を作り上げることでした。ですから承久の乱は階級闘争の革命でした。貴族社会から武士社会へは歴史の発展です。当時の市民は武士階級に支配されながらも土地を開拓していく。地方自治のようなもので地方に経済が発展していく。ですから義時はこの経済の発展とその政治を作り上げていく礎だった。
政子は、歴史上義時は上皇を追放した極悪人、私は悪女だったとされると。義時はそれを否定し政子もそれでよいのだと。歴史上は天皇家に逆らった極悪人兄弟となるが、現実は武家社会を作り上げ歴史を社会を発展させた兄弟だった。
最終回がはじまる前に次の大河ドラマの主人公家康(松本潤)が出てくる。東鑑を愛読する家康。
義時から400年後に武士国家を仕上げた。次の大河ドラマはこの仕上げを見ることになりますね。
もちろんその政権は武士による封建社会ですから今から思えばひどい社会です。しかし社会を一段階発展させたことには間違いない。
徳川政権は300年続き封建社会の限界を迎える。武士は商人の経済的支配下に置かれる。
それが前後する大河ドラマである渋沢栄一を描いた「青天を衝け」で大政奉還をする義信の姿に。
明治維新はさらに資本主義という封建制を否定した社会を作り上げる。
その資本主義は軍事国家という矛盾を抱えながら経済的にも限界が来ている。
一つの発展段階を終えようとしている。
次の社会は社会民主主義となるでしょう。
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2023年12月17日(日)「終わりましたね」

2023年12月17日 22時39分35秒 | 「思うこと」
「どうする家康」が終わりましたね。
今の言葉で言えば、戦争のない国がつくられました。
戦争で日本が統一国家に。
今の時代も武力により世界的な地位を得ようとしています。
アメリカのウクライナやイスラエル支援も同じです。
こうした戦争による平和という思想は危険ですね。
どうする家康も同じ思想で見れば危険です。
封建制社会と今の時代を同じレベルで見たらだめです。
家康に学ぶとして戦争をはじめたらおしまいです。
封建制時代は人間の思想や社会は遅れていました。
勿論貴族社会を倒したのは進歩ですから家康の行ったことは偉大です。
これと戦争での平和を一緒にしては間違いです。
江戸幕府も武力によって倒れました。慶喜は将軍としての最後は日本を救いましたが。
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池に浮かぶ月2101【12月17日】

2023年12月17日 22時34分01秒 | 「池に浮かぶ月」
岸田内閣の詐欺的行為。
賃上げは言うが、その賃上げを税で持っていく。
同時に円安による物価上昇は止まりません。

≪去年の今日はこんなことを・・・≫
2022年12月17日(土)「賃上げという空手形で増税」

「池の上に月が昇る
その池に写る月は現実の月ではない
しかし現実の月を写したものであることでその池に浮かぶ月も現実である
人間の過去もすでに現実としては存在しない
しかし過去の時間の中で現実であった」
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