村の跡に立ってみると、廃材がまだ残っており、屋敷の跡らしい石を積んだ敷地跡が分かり、その間を縫っていた村の道もほぼ分かります。人々が住んで生活していたのがそんなに遠い昔ではなかったことが偲べます。
ここではありませんが、家はなくなっているのに近くに真新しいお墓が見られるところもありました。多分かなりの人たちが(若い人も含めて)、家はなくなっても山菜採りや畑仕事など機会あるごとに帰ってきて、何かと昔の生活を続けようとしているようです。完全に捨て去ってはいないことをしばしば感じます。
道路(大山・福光線)はこの集落跡の直ぐ先であえなく途切れていました。道路が計画されたときには、他地域とつながる大きな夢を託したのでしょうが、今となっては「夢の跡」です。
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ここではありませんが、家はなくなっているのに近くに真新しいお墓が見られるところもありました。多分かなりの人たちが(若い人も含めて)、家はなくなっても山菜採りや畑仕事など機会あるごとに帰ってきて、何かと昔の生活を続けようとしているようです。完全に捨て去ってはいないことをしばしば感じます。
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