まい、ガーデン

しなしなと日々の暮らしを楽しんで・・・

今年の漢字は『放』

2023-12-30 08:54:09 | くらし

落ち着かないのは、きっと動いてないからね、あれやらねばこれはまだ
だけれどいつやろう、なんて考えるだけで体を動かしていないからだ、きっと。
スマホメモだって結局操作が面倒だと見なかったわ、まったくね。

で、今日は30日。
今年一年を振り返って、なんて大げさだけれど振り返ったら、大きないくつかを
手放した1年だった。

5月に車を手放して。
なにしろ、バッテリーチャージのために動かしていたくらいでほとんど乗らなかった
のよ。もうその気遣いがないだけで清々したわ。
9年間の内、1年はチュッパの送り迎えに多摩川越え月2回往復で活躍したから
まあ役目は終えたというもの。夫と、車なくても何の不自由もないなと言ってる。

5月の末に墓じまいのため墓を手放して。
両親が、幼いころ亡くなった兄(私は生まれたばかりで顔も知らない)のために
建てた墓で、家族3人揃っての盆の墓参りは家の大事な行事だった。
父が亡くなり母が亡くなり、二人は自分たちが建てた墓に入ってチュッパと同じ歳の数
そこに眠った。私もいい歳になりもういいよねと墓じまいした。
両親と兄は、同じ寺の共同墓地に小さな墓を建ててもらいそこに眠っている。
私は本当に安堵して「よかったな」というしみじみとした思いでいっぱいになったものだ。

10月末に実家を手放して。
新潟地震の年同じ6月に建築中だったのよ。目の前の海がスーッと沖に引いて砂地が見え、
それから波が押し寄せて来たそうな。今でも玄関横の柱1mくらいの高さにその時の跡が
残っているの。
私が実家で暮らしたのは高校生の2年間、60代になって父と暮らした5年間、後は大学生
のとき社会人になって休みに帰るくらいだったから長いとは言えないわね。
それに若いときは佐渡嫌いだったのよ、父との生活がなかったら今感じている寂しさは
なかったかもしれない。それほど濃密だったんだ。ああ、故郷は遠くになりにけり、だわ。

仏壇回向しても、位牌や過去帳や遺影が手元にある。形はある。
墓じまいをしても、両親が眠る場所はそこに残っている。形はある。
実家じまいは、完全に私の手から離れて他の人のものになったものね。
形はあっても中身がない。

今年の私の大仕事は『放』
ま、身軽になった、子供たちに諸々の苦労をかけずに済む、ってことで
良しとするか。

時季外れの写真を、2008年11月2日ハイキング仲間と。私の佐渡の思い出。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この滝はどこだったか思い出せない。
大佐渡のどこかだったのでしょうね、思い出は徐々に薄れて忘れていく。

 

 

コメント
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