しあわせぇ~ってなんだぁっけ?なんだぁっけ?♪♪♪というコマーシャルもあったが
、幸せとは何ぞやというのは古くから宗教家や哲学者、経済学者が論じる永遠のテーマである。
菅首相が「最小不幸社会」を掲げ、また、珠洲市長が「日本一幸せを感じられる珠洲市にしたい」と2期目に臨むにあたって訴えたように、政治と幸福も不可分の関係にあるテーマである。
菅内閣は財界方針丸呑みの成長戦略を打ち出している。大企業栄えて中小滅ぶ。都市は栄えて田舎は滅ぶ。TPPによって自動車産業栄えて農業滅ぶ。
いろんな批判はできるが、多くは富の分配に対する批判であり、経済成長(経済規模の拡大)=幸福を前提にした議論が多いように思う。
GDP神話を超えて幸福を論じるときに時々引き合いに出されるのがブータンのGNHである。
ブータンのGNHについては、大阪大学特認准教授の上田晶子さんの「ブータンに学ぶ国民の生活とは」に詳しいが、1月5日付けユー北陸中日新聞の「座標変換 私の直言」で麗沢大学の大橋照枝教授のインタビュー記事も紹介しておきたい。
GDPがなぜ幸福の尺度にならないか。
端的に言ってGDPはお金の動きを全部カウントしていくので、戦争や交通事故、自殺、離婚も経済効果にプラスになるのである。一方で家事、育児、家族の介護などは支払いが生じないので加算されず、地域の中での助け合いもその多くは加算されない。これでは幸せの尺度になるはずがない。
国民の97%が幸福を感じているというブータンは、決してGDPは高くはないが、物質的な豊かさを否定し、互助互恵、お互いに助け合うことが一番大事だということが国民に浸透しているという。失業者が多くても、お互い助け合うのでホームレスはいない。
菅首相の「最小不幸社会」については賛否様々な議論もあろうが、成長神話一般等ではない、社会保障政策の充実による幸福な社会というのをイメージしているのかと当初若干の期待もした。しかし財源問題にぶち当たったからであろうか、もともと理念がなかったからだろうか、自民党以上に新自由主義路線に傾き、「経済成長=幸福」論に突き進んでいるように思えてならない。
さて、泉谷市長の幸福論とはどんなものであろか。
様々な行政指標の向上も必要なしとは言わないが、珠洲など田舎ではブータンのGNHも参考にしながら、独自の幸福論を展開してもいいのではないだろか。
、幸せとは何ぞやというのは古くから宗教家や哲学者、経済学者が論じる永遠のテーマである。
菅首相が「最小不幸社会」を掲げ、また、珠洲市長が「日本一幸せを感じられる珠洲市にしたい」と2期目に臨むにあたって訴えたように、政治と幸福も不可分の関係にあるテーマである。
菅内閣は財界方針丸呑みの成長戦略を打ち出している。大企業栄えて中小滅ぶ。都市は栄えて田舎は滅ぶ。TPPによって自動車産業栄えて農業滅ぶ。
いろんな批判はできるが、多くは富の分配に対する批判であり、経済成長(経済規模の拡大)=幸福を前提にした議論が多いように思う。
GDP神話を超えて幸福を論じるときに時々引き合いに出されるのがブータンのGNHである。
ブータンのGNHについては、大阪大学特認准教授の上田晶子さんの「ブータンに学ぶ国民の生活とは」に詳しいが、1月5日付けユー北陸中日新聞の「座標変換 私の直言」で麗沢大学の大橋照枝教授のインタビュー記事も紹介しておきたい。
GDPがなぜ幸福の尺度にならないか。
端的に言ってGDPはお金の動きを全部カウントしていくので、戦争や交通事故、自殺、離婚も経済効果にプラスになるのである。一方で家事、育児、家族の介護などは支払いが生じないので加算されず、地域の中での助け合いもその多くは加算されない。これでは幸せの尺度になるはずがない。
国民の97%が幸福を感じているというブータンは、決してGDPは高くはないが、物質的な豊かさを否定し、互助互恵、お互いに助け合うことが一番大事だということが国民に浸透しているという。失業者が多くても、お互い助け合うのでホームレスはいない。
菅首相の「最小不幸社会」については賛否様々な議論もあろうが、成長神話一般等ではない、社会保障政策の充実による幸福な社会というのをイメージしているのかと当初若干の期待もした。しかし財源問題にぶち当たったからであろうか、もともと理念がなかったからだろうか、自民党以上に新自由主義路線に傾き、「経済成長=幸福」論に突き進んでいるように思えてならない。
さて、泉谷市長の幸福論とはどんなものであろか。
様々な行政指標の向上も必要なしとは言わないが、珠洲など田舎ではブータンのGNHも参考にしながら、独自の幸福論を展開してもいいのではないだろか。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます