ブログ仙岩

各紙のコラムや報道番組、読書の感想、カメラ自然探索など。

我が家のお月見

2018-09-25 06:02:37 | 問題
昨夜24日は仲秋の名月、いわきの我が家では残念ながら雲の上で、見ることが出来ず、初物栗ご飯、あわまんじゅうなどお供えしたお飾りで、今の幸せをお祈りした。

作物が月の満ち欠けとともに成長することから、先祖から今の家族の成長、農作物の収獲に感謝し名月にお祈した。

しかし、出た出た月が まあるいまあるいまんまるい 盆のような月が 隠れた雲に黒い黒い真っ黒い炭のような雲に・・で残念でした。

十五夜お月さんご機嫌さん婆やはお暇とりました 十五夜お月さん妹は田舎へもらわれてゆきました 十五夜お月さんかかさんにもう一度わやしは逢いたいな(野口雨情作詞、本居長世作曲)の方がいいですね。

彼岸の中日の墓参

2018-09-24 05:54:09 | 旅行
昨日彼岸の中日、朝は曇りでも9時ころから晴れて草野下神谷に眠る先祖の墓参、黄金色の田んぼから阿武隈山系二箭山、一番高いところが屹兎屋山920m、その山なみは、吉野せいが水石山に登った時の表現青々としてすがすがしい。

帰路海岸線は、今まで見えていた海も、高い防波堤で何も見えない。まだ、津波で枯れた松の木が残っている。しかし、仁井田浦の河口に掛かる大橋の全容がようやく姿を現していた。

よつくら港道の駅で、いわき市久之浜で作りたてのおはぎを買い、帰宅して、お仏壇にお供え、お昼に頂いた。なんとも昔の手作りの味で、国産もち米、小豆、砂糖、塩で作ったもの。甘さ控えめで大変美味しかった。

昨日の彼岸花

2018-09-23 06:07:03 | 問題
何時も今日彼岸の中日墓参の後で、郊外山田の中の彼岸花を撮影していた。今夏は猛暑で早いと思い行ってみた。

やはり、田んぼのあぜ道の花は色あせていたが、土手の花は色鮮やかで、これから咲こうとしているものもあった。

ヒガンバナ科の多年草で、田のあぜ、墓地などにに自生している。が、本来は、毒を持つ植物で、田のあぜに穴をあけるモグラなどの侵入を防ぐ目的で植えられたものが多い。

30㎝位の一茎の頂に赤色の花を多数つけ、花被は6片で外側にそり、雄しべ・雌しべは長く突き出ている。冬の初めころから線状の葉を出し翌年春に枯れる。曼殊沙華の名で有名、各地で花祭りが行われている。

震災絵日記なおみ全米テニスV

2018-09-22 06:18:09 | 日記
同窓朝倉悠三の震災絵日記に、旧態依然のスポーツ界で、大阪なおみ選手8日ニューヨークの全米テニスで優勝した。

世界一位セリーナ・ウイリアムズ(米国)をセットカウント6-2,6-4で破り、賞金380万ドルを獲得、日本勢として初めて四大大会のシングルスで優勝した。

ハイチ出身の父、日本人の母を持つ大阪生まれのアメリカ育ち。3才でテニスを始め、父レオナルドさんのてほどきで成長してきた。身長180㎝、体重64㎏の恵まれたからだから作り出す男顔負けの高速サーブや強打が武器です。試合後、セリーナと試合することが夢で、それがかなってうれしいと。プレイしてくれてありがとうと感謝したり、ユニークなコメントや愛らしい表情で人気。

昨日21日東レテニスで、バルボラ・ストリコバ(チエコ)を6-3,6-4で破り、準決勝へ進んだ。楽しみである。

野口英世の母野口シカ

2018-09-21 05:56:25 | 旅行
福島民報毎週土曜日「ふくしま人」に、今月15日5回目最終回「野口シカ」が載っていた。

シカの住む三城湯村には上手な産婆がいた。シカは何歳ころかは判明しないが、その人について助手をしていた。シカは何事をするにも、その道を究めたいという気丈な性分であったので、人一倍努力をして周りの人たちの評判を上げていた。・・・

明治中期の規制で、産婆学を修めなければ産婆になれなくなった。そこで、明治27年喜多方の慈善家で産婆研究所瓜生イワの講習会に参加、明治31年には上京して産婆修行したいと、野口英世に手紙を出し、翌年上京して2日間で帰り、一通りの機械、薬品を協力で買い、英世から産婆器具をアメリカから送ってもらい、技術を磨き、2千人を超える赤子を取り上げたが、大正7年インフルエンザにかかり、無理して風邪をこじらせ亡くなった。

中でも、明治45年英世に出した手紙が有名で「お前の出世にはたまげました」に始まり、「はやくきてくだされ」を何度も書き、「これの返事をまっております。寝ても眠れません」で終わる。英世は船便で即返事に「親不孝を謝辞、その後のことを小林にお願い・・・」書いていた。

昭和3年に福島刑務所の庭にシカの祈りの像を建設、「西をむいてはおがんでいます。東を向いてはおがんでいます」の手紙の一節が刻まれている。