9/15(木) 昨日の残りご飯があったので、取敢えずはこれで炒飯を作ることとした。そう決めて、外で朝顔の咲き具合などを見ていると、駅の方から見慣れた顔が歩いてきた。「おお、オヤジ、おはよう~」なんて、いやに馴れ馴れしい声が飛んできた。
次女であった。昨夜から、ひと駅先の都立大学に構えた小さな工房で徹夜作業をしていたようだ。家に立ち寄り、シャワーでも浴びて仕事に出るのであろう。となれば、オムスビの用意が要る。
そんな状況が出来して、急遽飯を炊きオムスビも作ることとなった。オムスビの具は、「鮭とタラコ」である。炒飯弁当の菜は「南瓜煮」と「豚肉のアスパラ&牛蒡巻炒め」「卵焼き」、それに昨夜家人が煮付けた秋刀魚とした。
秋刀魚は、家人の知り合いに釜石港から直送されてきた物とのこと。毎年この時期に届くようだが、何時も我が家に持ち込まれて、煮付けにして知り合いに戻している。昨夜、塩焼と刺身にして食したそうだが旨かったとのこと。
さて、弁当の炒飯はベーコンとタマネギ・ピーマン・人参の具が入り塩胡椒・醤油で味付け。茹でアスパラと牛蒡を豚肉で巻き、炒める。牛蒡の下拵えが不十分であった。
オムスビの残り具を弁当に載せ、三人分の弁当が完成。オムスビは四個、次女が二個とK君に二個である。私は、今日の午後から外出するので弁当は持たない。それに、今夜は蓼科に泊まるので明日は弁当は休みとなる。Kの二個のオムスビは、明日の弁当が無い分の埋め合わせだが・・・。
「古本Barと柴田トヨさん)
昨夜は、5時から会社のリーダ会議。その後7時から懇親会であった。ハイボールが薄いと注文をつけたところ、濃くなりすぎたのかすっかり酔ってしまった(否、日頃の心労からの疲れか?)。安上がりな酒飲みである。
23時前頃か、地元の駅に着き自宅手前50mにある古本Bar「平石」の前を通りかかると店主のHiraさんと目が合った。致し方なしと立ち寄りワインを一杯所望した。
店主を相手に雑談をしていると、ラーメン評論家?の石神氏が、今来るとのこと。私はラーメンとは最近縁切りだが、仕事を頼むこともあるかと思い紹介して貰った。結構名前が売れているそうだが、不明ながら覚えがなかった。
昨日、「ライフアシスト誌」の打ち合わせで『柴田トヨ』さんの名前が挙がった。この方のことも知らなかった。帰社途中に書店に立ち寄り、著書の詩集「くじけないで」と「百歳」を入手した。
明治44年(1911年)生まれ、100歳の詩人とある。日本全体が貧しかった頃に子供・青春時代を過されたわけだが、そんな頃のことや現在が柔らい言葉で、文字で表現されている。第一詩集は、150万部突破と帯に書かれている。
ご苦労をされて生きてきた分だけ、「ありがとう」と云う心が強く伝わる。『100歳の今が一番幸せだと思う心、「人にやさしくする。そして、やさしくしてもらったら忘れない」このことが、100年の人生で学んだことです』・・・そう言える人生はいいなあ・・・。と感じた本でした。
産経新聞「朝の詩」に投稿されたものと、インタビューの聞き書きで構成されているこの本は、飛鳥新社から発行されています。
余談ながら、トヨさんにインタビューができないかと飛鳥新社に問い合わせたが「体調のこともありますので」と丁重に断られてしまった・・・。