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《生命/生物、生活》を、システム的かつ体系的に、分析し総合し統合する。射程域:哲学、美術音楽詩、政治経済社会、秘教

山田百合子 戯言集/非在死体病理解剖

2010年07月01日 22時53分04秒 | 詩 poetry

非在死体病理解剖


                 山田百合子



 あなたにおいて、あなたはありながら、そのうちにもあ



 なたはあり、しかり、あなたはついぞあらわれず、あな



 たにおいて、あなたはなく、なきあなたは、ひたすらに



 ありつづける、ありようもない、じょうたいでありなが



 ら、しかもけっしてありえないながらも、あるときには……



かきむしり、かきむしり、あなたはかきむしる、ところがかき



むしるものがない、またかきむしる、ところでとにかくかきむ



しられるものがない、ひとつもひっかからない、そこでとっか



かりをこしらえる、まさかとおもったがやはり、ころげおちて



しまう、こしらえたとおもっただけなのだ、いっそうはげしく



かきむしるなら、そこにざわめきがうつるとか、いっそあなた



がもえあがるとか、またまただめだった、あなたはますますつ



めたくなってかきむしる、しかしなにかがかたちをあらわすと



いうこともなく、あなたはなるほど、なるほど、そうなのかと



かきむしる、あなたはまっているのか。そうではない、あなた



はそんなふりをしながら、とおいところへ、ふかくもっともち



かいところへいこうとするらしい、そこでまたもやかきむしる



、さらにかきむしる、ぽろっ、となにかがはげおちた、という



のはきのくるい、あなたのむしりはいよいよはげしく、むしる



、あなたもはげしくなり、うつろにあつくなってくる、どこか



でなにかがひきつってくる、というようなことはまったくない



、しかもいぜんとしてなにもあらわれない、あなたはどこへい



ったのか。あなたはまだかきむしっている、とうとうそこに、



いじょうなきざしがあらわれて、とつぜんおどりでる、という



こともありえない、わかりきっている、あなたはしってかしら



ずか、なおもかきむしる、ぽうぜんとあなたはたちつくす、い



やそんなことはない、にわかにそこがふるえだす、いやいやそ



れもきのくるい、あなたはとめどなくかきむしりつづける、あ



なたはどこへいってしまったのか。ついにはそこへあなたがあ



らわれようとするのか。そうか、そうなのか、あなたはつぶや



く、やっとのことでそこへあなたがあらわれようとしている、



もちろんそんなことはありえない、なるほど、あなたはひっか



かりになろうとしているのか。それとも、あなたじしんになろ



うとするのか。しかし、なにごともおこらない、そのあなたは



とほうもなくかきむしっている、そうか、そうなのか、あなた



はあなたをそこにのこして、どこかへいってしまおうとするの



か、とあなたはつぶやく、そうか、そういうことなのか、そし



てとうとうついに、あらわれぬあなたのつぷやきから、あらわ



れぬかきむしりへもえうつるとか、ついでに、あらわれぬあな



たがあらぬところでひっそりともえあがるとか、あるいはそれ



とも、あらわれぬあなたをあらぬところへさておいて、ありえ



ぬあなたがあらわにもえあがるとか、けれどもきのくるい、そ



れもきのくるい、おそらくあなたはかきむしることはない、と



ころであなたはなにをしているのか。かきむしるあなたはかき



むしる、かきむしるあなたをかきむしる、いやはやそういうこ



ともありえない、つまり、そうか、そうなのか、なるほどそう



いうことなのか、かきむしる、そして、あなたはかきむしる、



かきむしりつづけて、なおさらかきむしり、どういうわけか、



かきむしり、さてそういうわけで、かきむしり、またひときわ



かきむしり、むむむむむしり、ただひたすらにかきむしり……


山田百合子 戯言集(1979)『死体病理解剖 × ・・・・・ノオト』より
http://www.k4.dion.ne.jp/~rainbow3/yamada/zaregoto.htm