今、出発の刻(たびだちのとき)

車中泊によるきままな旅
<名所旧跡を訪ねる>

一乗山 大伝法院 根來寺 その2(和歌山県岩出市根来)

2015年03月03日 | 神社・仏閣


大伝法堂(和歌山県指定文化財)
江戸時代後期の文政10年(1827年)再建



本尊三尊像は宗祖覚鑁上人が大伝法院を開山以来の尊格であり、新義真言宗の法灯を伝える根本尊像で、重要文化財に指定されている



室町時代末期の最盛期には一大宗教都市を形成し、寺領72万石を数え、根来衆とよばれる僧衆(僧兵)1万余の一大軍事集団を擁した



根来寺僧によって種子島から伝来したばかりの火縄銃一挺が持ち帰られ、僧衆による鉄砲隊が作られた



信長没後、羽柴秀吉と徳川家康・織田信雄の戦いにおいて徳川方に通じ留守の岸和田城を襲ったほか南摂津への侵攻を図ったことで秀吉の雑賀攻めを招くこととなった



大塔(国宝)
前回、予告したとおり大塔の基部には秀吉に攻められた際の火縄銃の弾痕が残されている



火縄銃の弾痕と言われて注視すると何となくこれかなとわかる程度であるが…



雑誌か何かに掲載されると参拝者はそれを探しだし…



指を突っ込みここまで大きくなったようである



大きく分厚い扉にも歴史の跡が残っている



鐘桜門



常光明真言殿(和歌山県指定文化財)
「御影堂」 江戸時代後期の享和元年(1801年)建立



中央に興教大師覚鑁上人の尊像を安置し、左右に紀州徳川家のご位牌を祀っている



閼伽井
仏にお供えする水の他、宗門僧侶の水垢離用としても使う



この水は当山第一の清水で河川が濁っても、この水は濁らないという。金剛清水と呼ばれている



行者堂(和歌山県指定文化財)
この角度でしか拝観することができないが…



中央には「役行者」が安置されている


 
聖天堂(和歌山県指定文化財)
聖天堂の他に「雨宝楼」と呼ばれている。「根来塗」の 修法壇伝わっている



聖天堂内から見た「聖天池」



自然の滝と池を取り入れた池泉式蓬莱庭園の池庭(江戸時代作庭)



国の名勝に指定されている庭園












外に出てもう一度建物を確認してみる
常光明真言殿



行者堂



聖天堂



ここからの眺めは実にすばらしい



鐘桜門を通り駐車場に戻る



撮影 平成26年10月31日

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