ふくろう日記・別室

日々の備忘録です。

不幸な国の幸福論  加賀乙彦

2010-08-28 00:44:55 | Book
この本の第1章の冒頭では、2008年6月の「秋葉原通り魔事件」で17人もの無差別殺傷の罪を犯した「K青年」について書かれています。非正規労働者の使い捨てと経済不況、その反対側には富める者たちが生きているという格差社会のなかにおいて、今日の日本では誰もが幸福に生きてゆくことは難しいのです。さらに政治への無関心、あるいは生きてゆくことに一切の希望やら期待を持たない人々・・・・・・。

この不幸な国において、人間がどのように物事を考えて、自らを幸福に向かわせることができるのか?・・・・・・という視点が本書の目的と思われる。そのために時には「神」さえも呼び出さなければならない。

80歳(本書の出版年は2009年。)の精神科医であり、作家である加賀氏が「悪魔のささやき」の続編として、より読みやすく書かれたものと思われます。本書の結びには、分子生物学者の「村上和雄」の言葉が引用されています。


『私たちの遺伝子は38億年前に存在したと思われます。そこからずっと進化を遂げてきて、1度も途切れていない。どこかで途切れていたら、もう人間の存在はありません。私は存在できないんです。ですから人間として生まれてきたということは、それぞれの人が38億年間、1度も負けていないことなんです。勝ちっぱなしということです。』


上記のように永いスタンスで人間の生命の歴史を、あらためて見つめ直してゆけば、人間の目先の「勝ち組」やら「負け組」やらというおろかしい世間値が、どれほど馬鹿馬鹿しいものであるか、よくわかる。

かつて幼稚園から高校(ここでその先の大学もほぼ決まる。)時代までの子供を育てていた頃のこと、周囲の母親たちの異様な熱気を感じとったことは今でも忘れない。大方の母親たちが、運動会では1等に、学業成績全般でも1等に・・・・・・というように我が子を「勝ち馬←失礼!!」として育てることに専念する熱意に、息がつまる思いに悩まされました。

1つの生命の誕生が、すでに決められた遺伝子によって構成されているとしたら、この運命を謙虚に引き受けて生きてゆく以外ないのだと思います。加賀氏が各章に置いた言葉「正しく悩む」「正しく諦める」「幸せには理想型はない」「死を思うことから生きることを思う」「日本人は個(子ではありませんよ。)育てができない」・・・・・・この言葉を道標としてあらためて考えて、この国で生きてゆこうと思う。

 (2009年第1刷~2010年第5刷・集英社新書)