ふくろう日記・別室

日々の備忘録です。

スケッチ  吉野弘

2009-11-23 20:37:31 | Poem

雨あがり。
赤土の大造成宅地は一枚の広く薄い水溜り。
強い風が吹けば端からめくれてゆきそうな水溜りの
向う岸。
曇天の落想のように
ぽつんと
黒い犬がいて
鼻を空に向けています。
動かずに、長いこと、鼻を空に入れたままです。
普段、彼を飢えさせない豊饒な大地を
せわしくこすっていた日常の鼻
その鼻を、なぜか今、空に差しこんでいます。
――大地の上に高く
おれの生活とは無縁なひろがりがある――
そんな眩しい認識が
唐突に彼の頭脳を訪れたと仮定しようか。
高いひろがりを哲学するために使えるのは鼻しかない
  とでもいうように
ああ、鼻先を非日常の空に泳がせています。

黒い犬の困惑を察しながら、私は
水溜りのこちら側から見ています。

・・・・・・詩集「陽を浴びて・1983年」より。・・・・・・

 
 前回の日記に書いた「オルフォイスへのソネット第一部・16」のなかには「犬」が登場しました。この訳詩と註解を読みながら、しきりに思い出していた詩がありました。それがこの吉野弘の「スケッチ」でした。

その鼻を、なぜか今、空に差しこんでいます。

 この1行だけは何故か忘れたことがありませんでしたが、果たしてどの詩集に収められていたのか?タイトルは何だったのか?思い出せませんでした。結果、広辞苑のごとき956ページの「吉野弘全詩集・1994年青土社刊」を、最初から丹念に探すことになりました。(←この情熱はどこから来るのか???)ついに602ページで探し出した歓びよ!♪

 そしてまた、ここまで1人の詩人の足跡を見たことにもなります。このことも大きな収穫でした。やはり吉野弘はすごい。この一見たやすく見える詩を背後で支えているものは、膨大な読書、日常を見つめるたしかな、おだやかな目、の両面の視座でした。

 これも前回の日記に書きましたが、「犬は動物として下層の実在界を故郷としながら、人間の意識の働く上層の現実界に迷い込んでしまった存在なのでした。」ということに繋がってゆきます。このような繋がりはなんと幸福なことよ。

 「ダンテの『神曲』を読みなさい。」という吉野弘さんからの課題をまだ、成し遂げていない自分にも気付きました。ごめんなさい。

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2 コメント

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確かに・・・ (リベル)
2009-11-25 17:11:21
>広辞苑のごとき956ページの「吉野弘全詩集・1994年青土社刊」を、最初から丹念に探すことになりました

何か身近に感じたのですが理由が分かりませんでした。今思い出しました、「白癩」を調べていたとき古文書のデジタル版を1ページ、1ページめくって探しました(検索が出来ないのです、同様に^^)。たとえばhttp://archive.wul.waseda.ac.jp/kosho/he13/he13_04147/he13_04147_0007/he13_04147_0007_p0015.jpg

見付けたときの歓びは、本当によーく分かります・・・(^^;)
返信する
「白癩」 (Aki)
2009-11-25 20:51:29
リベルさん。

それは身近などというものではないですよ(^^)。

「白癩」の歴史を調べたのは、古文ではありませんか。読むだけでも気の遠くなるようなお仕事でしたね。本当にお疲れさまでした。その世界の方々の、よき資料となることでしょう。
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