これは個人的備忘録です。
* * *
ボードレール リルケ
ただひとり この詩人は 世界を一致させたのだ、
ひとつひとつのことで 崩壊してゆく世界を。
美なるものに 途方もない証明を与えたのだった。
なにせ おのれを苦しめるものを みずから賛美する詩人なのだから、
かれは 破滅を 無限に浄化したのだった。
破壊的なものもまた 世界となるのだ。
(塚越敏訳・献呈詩1906~1926年より。)
6行だけのリルケの書いた「ボードレール」への献呈詩と言えばいいだろうか?この詩の言わんとするところは、すべての現実に起こる否定的な出来事がすべて肯定されるということだろうなぁ?否定的なものを徹底的に否定することによって肯定できるということかなぁ。この1編の詩は「マルテの手記」にある1文と緊密に繋がっていますので、ここであえてメモを書いた次第です。
* * *
ボードレエルの「死体」という奇態な詩を君は覚えているか。僕は今あれがよくわかるのだ。おしまいの一節は別として、彼は少しの嘘も書いてはおらぬ。あんな出来事が起こった場合、彼はいったいどうすればよいのだ。この恐怖の中に(ただ嫌悪としか見えぬものの中に)あらゆる存在を貫く存在を見ることが、彼にかけられた負託だったのだ。選択も拒否もないのだ。(マルテの手記より。)
この大山定一訳の「マルテの手記」のなかではタイトルが「死体」となっていますが、この詩は翻訳者によってさまざまなタイトルの翻訳がなされています。ボオドレエルの詩集『悪の華』のなかの「憂鬱と理想」の章に収められた作品で、「腐肉」「腐れ肉」「腐屍」といろいろな翻訳があります。さらに「ボードレール」も時代と翻訳者によって「ボードレエル」「ボオドレエル」と微妙に変化しています。
* * *
腐肉 ボオドレエル
戀人よ、想ひ起せよ、清かなる
夏の朝(あした)に見たりしものを。
小徑の角の敷きつめし砂利の褥に
忌はしき屍一つ。
淫婦のごとく、脚空ざまに投げやりて、
熱蒸して毒の汗かき、
しどけなくこれ見よがしに濛濛と
湯気だつ腹をひろげたり。
太陽は腐肉の上に照りつけて、
程よくこれを炙りし、
「自然」の蒐めし成分を百倍にして
返さむと務むるごとし。
大空はこの麗しき亡骸の
花と咲く姿を眺め、
漂ふ臭気の烈しさに、危く君も
草の上(へ)に倒れむばかり。
蝿(さばへ)の翼高鳴れる爛れし腹より
蛆蟲の黒き大軍
湧きいでて、濃き膿のどろどろと
生ける襤褸を傳ひて流る。
なべてこれ寄せては返す波にして、
鳴るや、鳴るや、煌くや、
そことなき息吹に五體はふくらみて、
生き、肥ゆるかと訝まる。
斯くて此処より立ち昇る怪しき樂は、
流るる水か風の音(ね)か、
はた穀物を節づけて篩の中に、
覆し、ゆする響か。
形象(かたち)は消えても今はただ一場の夢、
ためらひ描く輪郭の、
畫布の面(おもて)に忘れられて、師は唯
記憶をたどり筆を執るのみ。
巌かげに心いらだつ牝犬ありて
怒れる眼(まなこ)にわれらを睨み、
喰ひ残せし肉片を、またも骸より
奪はむと隙を窺ふ。
――さはれこの不浄、この凄じき壊爛に、
似る日來らむ君も亦、
わが眼の星よ、わが性(さが)の仰ぐ日輪、
君、わが天使、わが情熱よ。
さなり、亦斯くの如けむ、都雅の女王よ、
終焉の秘蹟も果てて、
沃土に繁る草花のかげに君逝き、
骸骨(むくろ)に雑り苔むさん時。
その時ぞ、おゝ美女(たをやめ)よ、接吻(くちづけ)をもて
君を咬はむ地蟲に語れ、
分解せられしわが愛の形式(かたち)と真髄
これを我、失はざり、と。
(齋藤磯雄訳 (悪の華・「憂鬱と理想」・29)
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ボードレール リルケ
ただひとり この詩人は 世界を一致させたのだ、
ひとつひとつのことで 崩壊してゆく世界を。
美なるものに 途方もない証明を与えたのだった。
なにせ おのれを苦しめるものを みずから賛美する詩人なのだから、
かれは 破滅を 無限に浄化したのだった。
破壊的なものもまた 世界となるのだ。
(塚越敏訳・献呈詩1906~1926年より。)
6行だけのリルケの書いた「ボードレール」への献呈詩と言えばいいだろうか?この詩の言わんとするところは、すべての現実に起こる否定的な出来事がすべて肯定されるということだろうなぁ?否定的なものを徹底的に否定することによって肯定できるということかなぁ。この1編の詩は「マルテの手記」にある1文と緊密に繋がっていますので、ここであえてメモを書いた次第です。
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ボードレエルの「死体」という奇態な詩を君は覚えているか。僕は今あれがよくわかるのだ。おしまいの一節は別として、彼は少しの嘘も書いてはおらぬ。あんな出来事が起こった場合、彼はいったいどうすればよいのだ。この恐怖の中に(ただ嫌悪としか見えぬものの中に)あらゆる存在を貫く存在を見ることが、彼にかけられた負託だったのだ。選択も拒否もないのだ。(マルテの手記より。)
この大山定一訳の「マルテの手記」のなかではタイトルが「死体」となっていますが、この詩は翻訳者によってさまざまなタイトルの翻訳がなされています。ボオドレエルの詩集『悪の華』のなかの「憂鬱と理想」の章に収められた作品で、「腐肉」「腐れ肉」「腐屍」といろいろな翻訳があります。さらに「ボードレール」も時代と翻訳者によって「ボードレエル」「ボオドレエル」と微妙に変化しています。
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腐肉 ボオドレエル
戀人よ、想ひ起せよ、清かなる
夏の朝(あした)に見たりしものを。
小徑の角の敷きつめし砂利の褥に
忌はしき屍一つ。
淫婦のごとく、脚空ざまに投げやりて、
熱蒸して毒の汗かき、
しどけなくこれ見よがしに濛濛と
湯気だつ腹をひろげたり。
太陽は腐肉の上に照りつけて、
程よくこれを炙りし、
「自然」の蒐めし成分を百倍にして
返さむと務むるごとし。
大空はこの麗しき亡骸の
花と咲く姿を眺め、
漂ふ臭気の烈しさに、危く君も
草の上(へ)に倒れむばかり。
蝿(さばへ)の翼高鳴れる爛れし腹より
蛆蟲の黒き大軍
湧きいでて、濃き膿のどろどろと
生ける襤褸を傳ひて流る。
なべてこれ寄せては返す波にして、
鳴るや、鳴るや、煌くや、
そことなき息吹に五體はふくらみて、
生き、肥ゆるかと訝まる。
斯くて此処より立ち昇る怪しき樂は、
流るる水か風の音(ね)か、
はた穀物を節づけて篩の中に、
覆し、ゆする響か。
形象(かたち)は消えても今はただ一場の夢、
ためらひ描く輪郭の、
畫布の面(おもて)に忘れられて、師は唯
記憶をたどり筆を執るのみ。
巌かげに心いらだつ牝犬ありて
怒れる眼(まなこ)にわれらを睨み、
喰ひ残せし肉片を、またも骸より
奪はむと隙を窺ふ。
――さはれこの不浄、この凄じき壊爛に、
似る日來らむ君も亦、
わが眼の星よ、わが性(さが)の仰ぐ日輪、
君、わが天使、わが情熱よ。
さなり、亦斯くの如けむ、都雅の女王よ、
終焉の秘蹟も果てて、
沃土に繁る草花のかげに君逝き、
骸骨(むくろ)に雑り苔むさん時。
その時ぞ、おゝ美女(たをやめ)よ、接吻(くちづけ)をもて
君を咬はむ地蟲に語れ、
分解せられしわが愛の形式(かたち)と真髄
これを我、失はざり、と。
(齋藤磯雄訳 (悪の華・「憂鬱と理想」・29)
リルケの詩は、ボードレールの歌い、献じた通りだと思います。
これで、詩が書けたらなあ。芥川龍之介から教わった言葉:
眼高手低
(溜息でありまする。)
いつか「詩王」になれますように、お互いに書き続けませうね。