
先週は、週刊誌・月刊誌三昧。一月遅れで「創」2008年4月号読了。目につく記事が目白押し。
黒藪哲哉さん『新聞界の知られざる暗部「押し紙」をめぐる実態』。この後、(以前からも) 著者はY誌から嫌がらせ・・・。いや〜、「押し紙」の実態に唖然とする。
森達也さん『極私的メディア 第31回 角度を変えて見えるもの』。体感治安とマスコミの報道、など。
斎藤貴男さん『非国民のすすめ 第33回 予防接種の利権構造』。鳥インフルエンザのワクチン、どうしたものか。

余談、「タマちゃんを食べる会」というタイトルは、実は、新聞の担当者が大胆にもつけたらしい (p.121)。
「卑しい仕事」(p.216) という覚悟が必要。
付記にて、「・・・・・・ 衆院選の結果が出た。自民圧勝 (『信じぬ者は救われる』)。今日の世論調査では、「これほどに自民が勝って不安だ」との声が六八%。いまさら何言ってやがる。投票したのは誰だよ。人はこうして焼け野原で、呆然と空を見上げる。・・・・・・ 文字どおりの”ご臨終”」(p.222)。
「少しでも押しつけ商売になることを嫌う」(p.15)、「高潔」(p.16)、「コネを求めたり上役に取り入ったりのできない愚直」な得さん。得さんあっての松下センセ。二人とも「一生懸命いのちき」(pp.16、90、141)。「寄せられた祝儀が四十万円では終わらなかった」のは、権力による苛めによって「・・・・・・ 職を喪っても生き方を変えない」得さんが、「それゆえ苦しい生活を強いられていることに心を痛めている同士は九州一円に沢山いる。・・・・・・夫婦の人徳」(p.51) だった。養殖での薬漬け、TBTなど薬剤漬け ・・・・・・ 「毒を承知でお客に食わせるのか」、「原則というのは、一度こわせばとめどなくなくなるんだ」(p.73)。
ミニコミ月刊誌『草の根通信』(p.129) が終わったこと、残念で仕方ない。
佐高信著『城山三郎の昭和』、3月に、名古屋からの新幹線の中で読了。角川文庫、2007年4月刊。城山三郎さんも、著者も大好き。城山さんを”ダシ”に、様々な事象や人物を。
「・・・・・・大岡の日記には、・・・・・・「夜、テレビニュースにて、山口市の自衛官護国神社合祀事件、大阪高裁で勝訴。・・・・・・勝訴せる中谷さんのうれしそうな顔を見て感動す」(p.50)。お気に入りの『粗にして野だが卑ではない』の主人公石田禮助 (p.72)。”ワッペン”拒否者。夫人は、死後の申し出も断ったとか。彼の遺言 (p.74) も素晴らしい。同じく”ワッペン”拒否者の中山素平のイラク戦争反対の弁 (p.155)。
『●『城山三郎の昭和』読了(1/3)』
『●『城山三郎の昭和』読了(2/3)』
『●『城山三郎の昭和』読了(3/3)』
『●城山三郎さん「戦争で得たものは憲法だけ」
「平和の有難さは失ってみないとわからない」』
【佐高信著、『城山三郎の昭和』、】
「城山は佐橋の徹底した平和主義にも惹かれていた・・・・・・」(p.190)。『官僚たちの夏』の”風越信吾”こと佐橋滋。武装をしていれば安全かという反問。軍隊経験のある佐橋さんや城山さんの徹底した平和主義、それに対して”青年将校”中曽根のタカ派志向 (p.200)、両者を分かつものは? 斎藤貴男や魚住昭 (p.202)。
『大義の末』を書いた城山さんの「強い反戦意識」。「・・・・・・戦争待望論を唱える若い文士がいると聞いて、鳥肌の立つ思いがする。平和の有難さは失ってみないとわからない・・・・・・失ってからでは、おそすぎるというのに」(p.98)。
『●『城山三郎の昭和』読了(1/3)』
『●『城山三郎の昭和』読了(3/3)』
『●城山三郎さん「戦争で得たものは憲法だけ」
「平和の有難さは失ってみないとわからない」』
【佐高信著、『城山三郎の昭和』】
田中正造についての『辛酸』(p.240)、金子直吉についての『鼠』(p.205)。
「これでお別れだ」「お父さん、行った?」(p.136)、という夫人との関係も涙を誘う。
城山さんの大学観 (p.161) は一読の価値あり。「・・・・・・大学生活から得た収穫が必ず生きるはず・・・・・・」。『素直な戦士たち』か、懐かしいな。たしか、最初に読んだ本かも。
『●『城山三郎の昭和』読了(1/3)』
『●『城山三郎の昭和』読了(2/3)』
『●『城山三郎の昭和』読了(3/3)』
『●城山三郎さん「戦争で得たものは憲法だけ」
「平和の有難さは失ってみないとわからない」』
【香山リカ×菊池誠、『信じぬ者は救われる』】
「「私は信じるぞ」って誓った人に対しては、説得力のあるロジックじゃない」 (p.83)。
「・・・・・・ EM菌でNPO法人をつくってしまいましたとか。そういう善意のユーザー ・・・・・・」(p.102)。
「・・・・・・ 科学だけの問題じゃなくて、もっと広く、二分法的な思考の単純化という世間の風潮 ・・・・・・」(p.117)。「(香山) スピリッチュアルにはまっている人は、自分はそれでいいんだろうけど、そういうことが回り回って、今の社会状況をつくっている。(菊池) 思考が単純化した社会を」(p.137)。歴史観や政治観もそうですよね。
【香山リカ×菊池誠、『信じぬ者は救われる』】
「・・・・・・ いまのスピリッチュアルだのなんだの、みんなずばり言ってほしい人たちがいて、ずばり言う社会になっていること自体が僕にはすごい迷惑なので」(p.141)。「・・・・・・ 郵政民営化に浮かれて、「イエスだ」と言って投票した人たちのおかげで当選した人たちが、いま、年金や教育を審議 ・・・・・・」(p.143)。
「フィトンチッド」(p.146)!! こんなところでこの言葉に出会うとは思いませんでした。
「・・・・・・ 女性が ・・・・・・ 九・一一同時多発テロはアメリカ政府の自作自演だと主張する ・・・・・・ 録画したものらしい。・・・・・・ いわゆる陰謀論というやつだ。そのようなものを手にしているというそのギャップに僕はちょっと驚いた」(p.155)。
結論には到達できていませんし、堂々巡りな側面も。”ずばり言う”わけでもありません。でも、とても示唆に富む本でした。