目の前にいると同時に、心の中にもいる子ども遊びには、一級の芸術を創造する時と同様な、独創性と完成度がある、ということは驚きではないでしょうか。また、遊びには、「最も深い意味で治癒力がある」というこ...
遊びは芸術品。遊びには、それだけの独創性と完成度がある。そんな素敵なことをどうして学校はやらないんでしょうか? 正確には少数ながら、遊びを重視して取り入れている教員もいるのですね。金森俊朗先生がその代表格でしょうか?
私どもでも、どうすれば遊びを芸術品としてみなしていけるのでしょうか? それは、私どもが、子どもをどのようにみなしていくのか? ということと深く関係しています。
眼の前にいる子どもをその創造性と完成度を生み出しうる、一個の独立した存在として認めていくことが、遊びを芸術品扱いするための一歩だ、と言うわけですね。しかし、それができたら話は早いんであって、なかなかそうはできない。
じゃあ、どうすればいいのでしょう? それは、自分の中の子ども、つまり、本当の自分との対話ですね。そして、本当の自分と対話しながら、日常生活を、その対話を生かすために、意識して過ごす、ということですね。自分との対話、それは最深欲求に応えることなのですが、それを分かりやすく申し上げれば、アンパンマンですね。アンパンマンのメインテーマ「何のために生まれて、何をして生きるのか?」という問いに、自分の頭と生活を使って、応え続けることです。
そして、アンパンマンの問いに応えていき、それを日常生活に生かしていると、思いがけずに、パッと道が開けたり、今まで見過ごしていたことに気づいたり、思いがけない思いが浮かんできても、それが口にしなくても実現して来たり…。不思議な想像力が、不思議な創造力と結びついているのを感じることができます。
そんなことをしていると、遊びが芸術品、と、ふと気付く瞬間が訪れてくれます。不思議な独創性と、不思議な完成度を有しているのに気が付きます。
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