桔梗おぢのブラブラJournal

突然やる気を起こしたり、なくしたり。桔梗の花をこよなく愛する「おぢ」の見たまま、聞いたまま、感じたままの徒然草です。

うさ伎がいた!!

2011年02月02日 20時57分34秒 | 地域猫

 昨日、うれしいことがありました。
 もういなくなったと思っていた野良のうさ伎(うさぎ)がいたのです!!

 暮の二十六日に見かけたのが最後でしたから、三十六日ぶりです。こんなに長い間見なかったので、まさかいるとは思いませんでした。
 それに、それだけ顔を合わせていなかったのに、うさ伎のほうではちゃんと私を憶えていて、私が見つけるより先にニャーと鳴いて挨拶をしてくれました。

 暮れから正月初めにかけて、プラスチック容器に入ったいなばのチャオと牛乳と、牛乳を注ぐために100円ショップで買ったプディングをつくる容器を持って訪問していましたが、二十六日を最後にぷっつりと姿を見せなくなっていました。
 年が明けてしばらくは帆立貝の食器にドライフードだけを置いて帰り、翌日行ってみるときれいになくなっているので、姿は見せなくても食べていてくれるのだな、と考えていましたが、食器が遠くに飛ばされてひっくり返っていることがあるのを見るうち、もしかしたら餌にありついているのはうさ伎ではなく、鴉メなのではないかという疑念が湧き始めました。
 気のせいか、私が餌を置いて帰ろうとすると、鴉メがアホーアホーと啼いて、餌を狙っているように思えたのです。

 


 何はともあれ、よかったよかったと私は涙をこぼさんばかりに感動してしまいました。



 腹を空かせていた、と思われるのに、身体が小さいせいか小食です。食器に一盛りの餌だけで満足してしまったようです。
「あとでおなかが空いたときに食べなさい」といって、もう一盛り載せましたが、見向きもせず、私とのコミュニケーションをとりたいのだというように、近くにしゃがみ込んだ私に身体をこすりつけながら、周りを何度もグルグル。
 時折私を見上げてはニャーと鳴きます。



 名前はうさ伎で、正体は猫なのに、狐目です。
 私が立ち去ろうとすると、かぼそい鳴き声をあげながら、私のあとを追ってきました。一緒に行きたい、という素振りです。

 迷います。
 もう少し広い家で、私に外出せねばならぬ用事のあるときでも、誰か面倒を見てくれる人があれば……と思うのですが、イヤ、人間の身勝手でそんなことを考えてはいかんいかんとみずからをたしなめます。



 ついてくるな、と私がいっているのがわかったのか、そっぽを向きました。寂しそうな後ろ姿です。
 私が腰を下ろすとまた近寄ってくるので、私は立ったまま。時折私を振り返って、悲しげな声でニャーと鳴きます。

 画像のアスファルトが斜めに切れているところが常磐線に沿って前ヶ崎の香取神社に上って行く香取坂(私の勝手な命名)です。想像するに、ここまでがうさ伎の縄張りなのでしょう。
 坂道に出るところでは急に用心深くなって、周りを見回していました。



 うさ伎と別れたあと、サティに寄ったら、ミニ鰹節がおまけについたチャオの四個パックがありました。早速持って行ってやろうと購入しました。

 そして今日……。
 私も飲んでいる明治ラブをマグボトルに入れ、一緒に昼飯にしようと自分用の握り飯をこしらえて行ったのですが……そうは問屋が卸さない


 


 うさ伎のいないうさ伎坂。この坂の名も私が勝手に命名。しばらく待っても現われなかったので、帆立貝にチャオとは別の餌を置いて立ち去ることにしました。



 前ヶ崎の香取神社へ行ったら、こちらには小春がいました。
 いつもなら餌を置くやいなや一心不乱にがっついて、私のことなどどうでもよいようなのですが、今日は私が立ち去ろうとすると飛んできて、足許を歩き回っています。
 随分早食いだなぁと餌を置いたところに戻ってみると、すべて食べ切っていないのです。

 昨日、うさ伎が身体をこすりつけたのと同じスラックスを穿いていたので、臭いでも感じとったのでしょうか。
 まあ、確かに小春に初めて会ったのは十一月。うさ伎は十二月になってからですから、わずか一か月の差ながら、小春のほうが付き合いは長いということになります。
 浮気は許すまじ、といいたがっているような気にもなりました。

↓うさ伎が棲息しているあたりの航空写真を載せました。
http://chizuz.com/map/map83192.html


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