AIRWORK日記

愛知県渥美半島の パラグライダー&ハンググライダースクール 「エアワーク」の日記です。

よく上げなおしたなと

2006年09月30日 | 仕事
 北西のち南西の風というような、あまり良くなさそうな天気予報ですが、スクールはまず衣笠山へ行き1本すっ飛んでもらい、しばらく公園の芝生広場で地上練習。念のため高塚の風を確認すると、西風が南南西の風に好転してきたようなので、正午前に高塚へ移動。
 到着直後は南西の風でしたが、しばらく様子をみていると南南西の風に変化。しかし風速は平均16km/h前後なので、ソアリングにはちょっと苦しい風。しかしOさんはテイクオフ後いったんは高度50メートルぐらいまで下げてしまいましたが、一段低い崖のところでなんとか懸命にねばっているので、これは飛び方によってはなんとか上げなおせるかもしれないと、より適切な飛行空域をに留まるように無線で誘導すると徐々に高度を上げなおし、その後は風も少し強くなったので結局は1時間以上飛んでいたのでありました。
 画像は、いったん下がった高度を徐々に盛り返している途中のOさんです。普通はあれだけ下がってしまうと、無線で誘導したからといってもたいていはすっ飛んでしまうと思うので、よく上げなおしたなーと感心しました。
あっぱれOさん、明日も東海道は日本晴れだー!…いや、明日から天気は下り坂のようですね。
 戦後唯一の国産旅客機であるYS-11が本日をもって日本の空から引退だそうです。もちろん一度も乗ったことはないので残念。レシプロ機がなくなってしまうなら、いつかはジェットの国産旅客機も日本の航空機メーカーに造ってほしい…というのは、こういう時代ではやっぱり無理なのかなあ。

寝ちゃうぐらい快適だったようです

2006年09月29日 | 仕事
 体験フライトに2名の女性が来てくれたので、午前中に高塚へ到着。お昼ちかくになって風向・風速ともに少し良くなってきたので、まずは体験タンデムに来てくれた豊橋のOさんと20分ほどフライト。もう一人の女性Mさんは、は豊川のAさんがタンデムしてくれたのですが、少し酔ってしまったとのことで30分ほどで早めにランディング。
 その後さらに風は良くなり、名古屋のAさん、半田のNさんもテイクオフし、私も再度Oさんとフライト。Oさんは飛んでいても全く酔わないタイプのようなので、長時間・長距離を飛ぶことにして赤羽方面へ。途中Oさんは酔うどころか、涼しくて快適になったようで、「ちょっと眠くなりました」と言ってときどきウトウトするので、「どうぞ寝ててください」と伝え、私はうるさくないようにバリオメーターのサウンドスイッチをオフにして静かに飛行を継続。
 結局、飛行時間は2時間弱、赤羽根の岬の手前、皆さんが『ゲートボール場』とよんでいる地点まで行って折り返し、最後は伊古部にランディング。先にトップランディングして私の車で迎えに来てくださったKさんに全員回収してもらい、これにて本日のフライトは楽しく終了。
 画像は、夏のような積雲が流れてくる高塚の上空です。

真っ白な機体は汚れが目立ちます

2006年09月28日 | 仕事
 3ヶ月ほど前に浜松のKさんからご注文いただいた、アメリカ製のハンググライダーが夕方に入荷。さっそく梱包を解いて機体を取り出し、組み立てながら点検作業開始。ん~、今回の機体はカラーオーダーで機体の色はオールホワイト、メーカーのロゴマークも入れずに白一色の予定でしたが、機首のあたりに『WW』のメーカーの黒のロゴマークが入ってますね。やっぱりメーカーとしては自社のロゴマークは付けたかったのでしょうかね、プライドってやつですかね。むむ、コントロールバーに取り付けるオプションのタイヤもないなあ、付属するのを忘れられちゃったのかなあ。これについては輸入元さんに電話すると、すぐに送ってくれるそうです。
 この機体は完成後、本国アメリカのメーカーでテストフライトがしてあるのですが、そのときに赤土の地面の上に置いたのか各部に汚れが付いており、機体が真っ白なために赤土の汚れがちょっと目立ちます。お~い、アメリカ人、注文に反してでも自社のロゴマーク付けるのなら、そのプライドで製品をチョットぐらい掃除してから出荷せんか~い!…と、国民性の違いにここで文句を言っていてもしかたないので、私がお掃除をすることにして作業開始。
 お湯・中性洗剤・歯ブラシ・汚れ落としスポンジ・ガムテープ・タオルなどでコツコツと掃除すること2時間あまり。かなりきれいにはなりましたので、Kさん、どうかこれぐらいでカンベンしてやってください。

物置の設置できず

2006年09月27日 | 仕事
 昨夜は雷とともに土砂降りの雨でしたが、今朝は快晴で北西の強風。本日は高塚の駐車場にクラブの自走草刈機を格納するための物置を、業者の人が設置に来てくれる日なので高塚へ。待ち合わせ時間の午前10時に業者の人と、豊橋のHさんまで設置の手伝いに来てくださったのですが、昨夜の土砂降りで地面がぬかるんでしまっているため、業者の人は設置できないとのこと。場所は解かったので、業者の人は後日の天気の良い日にまた来て設置しておいてくれるそうです。せっかく出てきたのに残念ですが、無理に設置すると地面が沈んで物置が傾くかもしれないそうなので、それではしかたありませんね。

光の国から中年のために、来たぞ我らの…

2006年09月25日 | 家庭
 一昨日の土曜日が運動会だったため、長男の小学校は本日が代休で休校日。なので、この前から連れていくようにせがまれていた映画を観にいくことに。何を観にいったかというと、ウルトラマンなのですねこれが。初代ウルトラマンがテレビで初回放映されたのは私が小学校一年生のとき。40年が過ぎたいまでもウルトラマンのテレビシリーズは代替わりしながら続いており、相変わらず子どもたちに愛されているわけで、もちろんウチの子たちも大好きです。
 現在放映中の最新のウルトラマンは『ウルトラマン・メビウス』という名前。この現在のウルトラマンが、ウルトラマン誕生40周年で映画にもなり今月から上映されているわけです。昔のウルトラマンをリアルタイムで観て育ち、今では中年のお父さんになった私たちオールドファン(?)へのサービスなのか、映画には初代ウルトラマンやウルトラセブン他の人間時の役を演じていた隊員たちも数人が出演。ハヤタ隊員もモロボシ・ダン隊員もすっかり年老いてはいるものの、あの懐かしいベータカプセルやウルトラアイといったアイテムを懐から取り出して変身、怪獣や宇宙人と闘うわけです。
 CGを多用するので戦闘シーンや登場するメカなども、昔のようにチープでトホホな映像はありませんが、こだわっているなあと思ったのは初代ウルトラマンの顔。初代ウルトラマンは製作時の顔の成型に失敗したのか、テレビ放映時の開始からしばらくはでこぼこしたアバタ面で、途中から作り直してツルツルしたきれいな顔に変わったのですが、今回の映画の初代ウルトラマンはわざとアバタ面にしてあり、そういうのは私にはちょっと嬉しいことなのでした。
 本編が終わりエンドロールが流れる中で、またオールドファンへのサービス(?)があり、主人公以外の各時代の脇役隊員も、存命している人は皆さんが現在の姿で登場。驚いたのはウルトラセブンでウルトラ警備隊の女性隊員役だったアンヌさんで、この人だって60歳ぐらいだと思うけど、今もとっても美しいのでありました。うーむ、どうやって美貌を維持しているんだ、女の人ってばいったい…。
 デビルマンもキャシャーンも実写でリメイクされたし、宇宙家族ロビンソンやサンダーバードもやってくれたし、あとはぜひ『謎の円盤UFO』もやってくれないかな。大型ミサイルを一基だけ搭載して一発勝負をしかける月面戦闘機『インターセプター』の発進シーンや、戦闘機と潜水艦が合体・分離するかっこいい『スカイダイバー』が大好きだったのですよ私は。
 あ、丹波哲郎さんが他界したそうです。「人間、死ねば、みな二十歳!」…いや、それは違うと思うぞ丹波哲郎。いったい晩年のあの人の言動はなんだったんでしょうね。

のんびりした運動会でした

2006年09月23日 | 家庭
 というわけで運動会へ。プログラム表を見ると、種目の数が意外に少ない感じがするのは、児童数が300人未満と少ないためでしょうか、1年生と2年生、3年生と4年生、5年生と6年生というように、複数学年合同で行う種目が多いようです。私が行った名古屋の小学校は40人学級が一学年に8クラスもあったので、全校児童総数は概算で1900人あまりもいたのでしょうか、とにかく子どもが多かったので、運動会もたくさんのプログラムが分単位で組まれて、最後までぎっちりと高密度で行われていたような思い出が。
 そして時代性なのでしょうか、騎馬戦とか棒倒しのようにエキサイトして時に血を見るような(?)激しい競技は行われませんね、それはそれとして牧歌的でイイのですが。それと、昼食は家族が用意してきたものを、校庭で一緒に食べていて良いというのもなんか違います。昔の運動会は、昼食は学校で用意されたものを普段のように教室で食べ、親たちとはいっしょに食べなかったので。なぜだろう、親の来られない子たちとの差がないよう、平等になるように気を使っていたのでしょうか。それとも街中の学校だったからで、田舎の小学校の運動会は昔からこのような感じなのでしょうか。でも土曜日とはいえはやっぱり、中には親が参観に来られなかった子もいるはずで、そのこたちはどこかで先生といっしょに昼食をとっていたのかな…なんていうことが気になったりしました。
 画像は、言わずと知れた運動会の華(?)である徒競争です。もちろん撮影に良い場所はビデオ&デジカメに三脚をすえて、早朝からしっかり場所を確保してスタンバっているプロフェッショナル化したお父さんお母さんに占拠されており、私はなんとかそこへ潜り込んで、あまり良いとは言えない場所から懸命に1枚撮ったのでありました。
 このように写真判定の結果、調教不足が懸念されていたウチの子は予想に反して半馬身差の2位と健闘、連勝複式2-3は高配当の万馬券となりました…って、違うだろ。

めちゃイイ風でした

2006年09月22日 | 仕事
 先日テストしたHさんのハングを店の前で広げて調整していると、高塚に到着した名古屋のKさんからお電話が。急いで作業を済ませて機体をかたづけてから、本日は体調不良で(?)保育園を休んでいる次男を連れて午後1時すぎに高塚へ出発。私の到着直後に豊川のAさんも到着しましたが、どうやら本日は私も入れてこの3人だけのようです。人も少ないことだし子守をしながら回収役に専念しようと思いましたが、Kさんの奥さんが次男をみていてくださるとのことで、私もフリーフライトさせていただけることになりました。
 南~南南西でほどよい強さの風の中でKさんがテイクオフ。ゆっくり準備をして次にAさんがテイクオフしようとしたときには少し風が弱まり、最後に私がテイクオフした午後2時すぎにはさらに弱めの風に。あんまり上がらないままに10分ほどテイクオフ地点近辺をスクラッチしていると、少し風が強まってラクに高度維持できるコンディションになり、KさんとAさんは赤羽根方面へ移動開始。私も久美原まで移動しましたが、最初にランディングして徒歩で車を取りにいくつもりなのでリターン。その頃にはほぼ真南で強めの風になり、雑に飛んでも高度は下がらないのでブレークコードを離したまま体重移動で高塚まで到着。強めの風なのでどうするか悩みましたが、何回もアプローチをやりなおしてトップランディング、1時間半ほど楽しくフライトさせていただけたのでした。
 無線でKさんとAさんにトップランディングしたことを伝え、これで私は回収要員に専念するので東方面にも行ってみるようにおすすめすると、赤羽根から戻ってきたお二人はそのまま東方向へ。しばらくすると私の携帯電話にKさんから回収要請があり、細谷町あたりの海岸まで回収に。残念ながらKさんはそこで降りてしまったそうですが、Aさんは南南東の風の中、バイパスまで行ってからまた高塚へ戻って行ったとのこと。
 最後にAさんを伊古部海岸で回収して本日終了。これはひょっとして、今シーズンの高塚で一番良い、長距離を移動できたコンディションだったのでしょうか。天気予報とも違う良い条件になりましたが、台風の影響が良い方向に働いてくれたのかなあ、ほんとに高塚の風は予測しがたいなあ。
 画像は、テイクオフ直後、次男がKさんの奥さんのいうことを聞いておとなしくしているのか心配で、通過するたびに次男がベンチに座っているのを確認…しながらついでに撮ってみた1枚です。
 明日は長男の小学校の運動会。どうやら天気と風は悪そうでもありますし、週末ですがスクールと店を休みにさせていただき、私も運動会に行こうかと悩んでいるところであります。あ、でも、雨天なら運動会は中止・順延かな。朝がただけ雨が降って、その後は降らない予報だけどな。

何回も飛んでもらいました

2006年09月21日 | 仕事
 画像は、ゴルフクラブを片手に、ラフに打ち込んでしまったボールの出しかたについて、コースの端っこで検討する豊川のAさん、名古屋のKさんとSさんです。さすがにシニアの皆さんはゴルフのキャリアも長くて、このように雰囲気もなかなかサマになっており…というのはウソで、手にしているのはシャベル、ツルハシ、クワなどの道具であります。
 何をしているかというと、高塚の駐車場のこの場所に草刈機などを格納するための物置を設置することになったのですが、業者の人から設置予定場所の整地をして地面を平らにしておくように指示されたので、スクールの合間に整地をしておこうと今日は道具を持っていったところ、その話を聞いた皆さんが手伝ってくださったのでした。一人でやろうと思っていたので、手伝っていただき大助かりでした、皆さんありがとうございました。
 本日の高塚は午後2時ごろから南風になりましたが、残念ながら弱めの風でソアリングは難しく、Kさんが数十分飛んでいたものの他の人はすっ飛び。風向は良くて機体を安定してホールドできる、テイクオフの練習には良い条件だったので、練習生の皆さんにはそれぞれ4回ずつほど飛んでもらったのでした。皆さん、すっ飛びを嫌がらずに、テイクオフの練習はたくさんして上手になってくださいねー。

帰省

2006年09月20日 | 家庭
 もちろん今年の夏も盆休みなどもうけなかったので、私は実家へ行くこともありませんでした。次男がまた本日も保育園を休んだことだし、一緒に連れて名古屋の実家へ遊びに行くことにして午前10時に出発。2時間ぐらいで到着できるかと予想していたら、国道23号線・知立バイパスの途中で工事が始まっており、激しい渋滞のために結局3時間あまりかかってしまったのでした。
 私の両親と一緒に昼食をとり、公園に行って次男とも遊んでもらって、午後4時に田原へ戻ることにしましたが、来るときの渋滞で懲りたので、帰りは国道1号線を通ることに。久しぶりに来たら道路の状況が画像のように変わっており、ますます立体交差化が進んでいて、23号線から降りて1号線に入るところで迷ってしまいました。道路の看板はわかり難いし、カーナビはありますが地図が古いので全く役にたたない始末。上を通っている道は第二東名高速なんでしょうか、どこにいってしまったのだ国道1号線は。いつのまにか私はすっかり田舎の人になったので、以前のように街中をスムーズに走ることができなくなっていたのでした。

誕生日

2006年09月19日 | 家庭
 次男が保育園を休むということなので、また発熱や風邪で体調不良かと思ったら、ただ「行きたくないから休む」という、とても解かりやすい(?)理由なのでした、あ~、そうですか。本日は私もスクールに出かける予定はないので、べつに休んでくれてもOKですけどね。
 このまえ物置を注文した豊橋のホームセンターから、代金支払いを請求する電話があったので次男を連れて豊橋へ行き、ついでにガソリンスタンドで車に給油して、郵便局に寄って、帰ってきたらお客さんの機体の修理して、パラシュートのリパックして…、どうだ、保育園を休んでお父さんといっしょにいてもツマラナイだろー、だから保育園に行きなさいね、ね、ね、ね。
 画像のケーキは、昨日が長男の7歳の誕生日だったので、お祝いに勝ってきたものですが、全部子どもたちに食べられてしまい、私の口には一切れも入ることはなかったのでした。