細田暁の日々の思い

土木工学の研究者・大学教員のブログです。

脇が甘い

2016-05-30 13:59:38 | 研究のこと

よく講義や講演等でも引用するのですが、村上春樹は、「パスタをゆでるときの塩かげんをしっかりする。アイロンをきっちりかける。そういうことこそが大事なんだ。」というようなニュアンスのことを書いています。そういうところをしっかりしておかないと、「邪悪なもの」がすぐ我々自身や我々の世界に入り込んで、侵してしまう、というようなことも書いています。

三島由紀夫も同じようなことを「美しい星」で書いていました。核戦争の危機に面した人類への警告の書、とも言えますが、国のトップに立つような人が、村上春樹の言うような日常のごくごく当たり前の大切なことを大事に思わないような人であるから、危機が生じるのだ、というようなことを書いています。国の方向性を決めるような大事も、上記のような日常のごくごく当たり前のことも、どちらも大事です。

私の専門はコンクリートですが、コンクリート構造物も普段は鉄道や高速道路の構造物として立派に機能を果たしていても、大地震が来ると脆くも壊れてしまうものもあるし(あったし)、完成したときはきれいに見えても長い年月が経つと凄まじい劣化に至ってしまう構造物もいまだに少なくはありません。大地震が来ても、どんなに長い年月が経っても、ピンピンしている構造物ももちろんたくさんあります。それらの差は、じつはちょっとした差、もしくはちょっとした差の積重ねです。

「脇が甘い」と、つけ込む隙を与えることになります。

6月3日(金)の鞆の浦での防災の講演では、このちょっとしたことを大事にすること、が防災の本質であることを述べます。

ほとんどの人は、それなりの家に住んでいて、そもそも、行政が整備してきた砂防事業や防波堤等の防災施設に守られて生きています。 日常は全く問題ないように見えます。

でも、脇が甘いと、いざというときの災害時に亡くなってしまったり、致命傷を負ったり、もしくは大事な家族がそのような目に遭ってしまうことになります。

いつもいつも防災に気を配る必要などありません。

災害という非日常への適切な備えと、日常、の調和が大切です。

一所懸命仕事をした後は、おいしいビールを飲んでくつろげばよい。それと同じです。

いつも頑張る必要などない。人間は基本的に怠惰な存在です。よほどの聖人君子でない限り、怠けるときもあるし、詰めが甘くて当たり前です。

ですが、パスタをゆでるときの塩かげんをしっかりするように、また、アイロンをしっかりかけるときのように、家具固定にも気を配ってほしい。実際に自分の家で家具固定をしてみると分かりますが、言うは易く行うは難し。ただ、工夫しながら家具固定してみると、子どもとの会話が弾んだり、子どもが家庭の危険な箇所に注意をするようになったりするかもしれません。また、命を守る防災には基本的に反対する人はいないので、夫婦仲のよくない家庭でも、ベクトルが一つに向いたりすることもあるかもしれません。ちょっとしたことなのですが、アクションを動かすと、いろいろなことが良い方向に作用し始めるのです。

家具固定のよいのは、実績として目に見える形で残る、ということです。形に残ることの意義は大きいです。形に残るので、日常生活でも目に入ってくるので、忘れがちな防災に関する意識を呼び起こしてくれる効果もあります。一度固定したら終わり、ではなく、固定方法によっては緩むこともあるでしょうから、ときどき見直す必要もあります。地域の家庭の家具固定をみんなで進めていく取組みが始まれば、家具固定や、昔行った家具固定の確認等で、コミュニケーションも生まれるかと思います。簡単な家具から固定し、上級者はいくらでもチャレンジすることもできます。食器は大丈夫?テレビは大丈夫?花瓶なども大丈夫?

鞆の浦は、大地震のときも心配ですが、土砂災害のリスクも高いし、高潮も恐い。海面上昇が進行するとどうなるんだろう、地域の方々は考えているでしょうか?今生きている自分たちが当座をしのげればそれでよい、という考えでは、社会自体が継続できません。

ほんのちょっとのことなのだけど、そこにこだわってやってみることで、大きな変化につながる。

PTAの方々50名程度を相手の講演、その後の懇親会は、決して小さなチャンスではありません。これまでの様々な積重ねの結果、いただいたチャンスです。

6月初旬という、学生が研究に取り組む観点からは良いタイミングでのチャンスでもあるので、担当学生ともよくコミュニケーションしながら、チャンスを最大限に活かすための準備を行っています。 


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