「スランプ保持型の混和剤の活用について」
本稿では,スランプ保持型の混和剤を用いたコンクリートの土木分野での活用の状況や今後の方向性について,筆者が知る情報をお伝えする。
筆者の学部の卒業論文の指導教員である小澤一雅先生の博士論文は,自己充填コンクリートの開発であった。しかし,土木分野では長らくスランプ8cmが当たり前とされ,ようやく12cmに標準的な値が移行するような状況であり,スランプの比較的小さなコンクリートが今でも用いられている。そして,スランプロスの問題が当然に品質確保の達成を阻害する大きな要因となる。
筆者が2009年から関与する山口システム(品質確保システム)の発端は,田村隆弘先生(当時,徳山高専)をリーダーとするコンクリートよろず研究会(一期目)であるが,長い休止期間を経ての二期目(筆者もメンバーの一人)の活動テーマが混和材料であった。その動機は,コンクリートに関わる産官学の様々なプレーヤーのほとんどが,混和材料についての深い知識をほとんど持っていないことであり,今後のコンクリートは混和材料なしには成り立たないことは自明であろう。
コンクリート用化学混和剤を使用する際,現場で重視される機能は何かについて,コンクリートよろず研究会が業界関係者へ幅広くアンケートを実施した。約2ヶ月間の実施期間で全国から521件の有効回答を得た。「化学混和剤を使用する際に重視している項目」,「化学混和剤について機能を追加,強化して欲しい項目」への回答を集計したところ,いずれの問いにおいても,最も多くの回答が寄せられたのが「スランプ保持性能」であった。スランプロスの問題が業界で大きな課題になっている証左であろう。
筆者は,2023年に改訂された土木学会コンクリート標準示方書の施工編の改訂部会の代表幹事を務めた。その改訂において,スランプロス問題に風穴を開けるため,暑中コンクリートの35℃問題に取り組んだ。コンクリートの打込み温度が35℃を超え,38℃以下の極めて厳しい暑中環境において,十分なスランプ保持性と適切な凝結遅延性を与える混和剤の使用を条件とすることとした。暑中期にスランプロスの問題が顕著になり,施工時の不具合が発生するリスクが極めて高くなるからである。JIS規格が十分に整備されていない領域の混和剤であったため,JSCE-D504「暑中環境下におけるコンクリートのスランプの経時変化・凝結特性に関する混和剤の試験方法」を制定した。この試験方法による試験を実施し,示方書の施工編に示される判定基準を満たした混和剤を用いる仕組みとした。
この改訂は,土木分野で深刻化するスランプロスの問題を改善するための重要な一手,というのが筆者の認識である。筆者は個人的には,フレッシュコンクリートの世界からスランプロスという問題が無くなることが理想と思っている。一気にその状態に飛ぶことはできないため,今回はその出発点としてでき得ることをやったという認識である。
上記の改訂のための準備は,土木学会コンクリート委員会の3種委員会である「養生および混和材料技術に着目したコンクリート構造物の品質・耐久性確保システム研究小委員会」(356委員会,委員長は筆者)のWG2(菅俣匠主査)で行い,JSCE-D504の叩き台を作成した。その叩き台が土木学会コンクリート委員会の規準関連小委員会での度重なる審議を経て,制定された。
現在,コンクリート委員会の2種委員会である「暑中コンクリートの設計・施工に関する研究小委員会」(253委員会,委員長は筆者)が指針の原案の初稿が出来上がり,常任委員会での審議にかけられるよう段取りを進めている。この指針には,スランプ保持型の混和剤の活用がさらに進む社会となるような仕組みが盛り込まれるよう,全力を尽くしているところである。
ここからは,国内外でのスランプ保持型の混和剤の活用状況について事例を紹介する。
筆者は,2021年12月に,広島県の生コン工場を視察した。この工場では,2021年6月にJIS A 6204(コンクリート用化学混和剤)に規定され,JSCE-D504に準拠した試験で示方書の施工編の判定基準も満たすスランプ保持型混和剤(暑中対策用混和剤)を社内標準化した。同工場では土木配合による暑中期の打設において,スランプロスの慢性化が課題となっていた。更に山間部の災害復旧現場では運搬時間だけで60分以上を要するため, 汎用の高機能AE減水剤ではスランプロスが生じ現場での品質確保が困難となる事例があった。そこで,スランプ保持型の混和剤を採用し,その結果,フレッシュコンクリートの性状は極めて良好な状態が保持され,スランプ値は製造直後から2時間経過後においてもJISの規定範囲を維持する品質となった。筆者は,生コン工場を視察した同日に,災害復旧現場の砂防堰堤を視察した。コンクリートの仕上がりは素晴らしく,筆者らが開発した目視評価法で私が点数を付け,非常に素晴らしい出来であることを定量的な数値でも確認した。なお,この工場では,混和剤を切り替えた後は,厳しい暑中環境下においてもスランプロスによるクレームはゼロであったとのことである。
JIS A 6204に規定されているスランプ保持型の混和剤は,ある混和剤メーカーにおいては,全国で使用されるAE減水剤の年間数量ベースで1割程度(西日本では2割)の使用とのことで,普及が進んでいる状況にある。生コン工場の数の減少は,生コンの安定供給の観点からはゆゆしき事態であると認識しているが,荷卸しの時間制限,土木分野での打込みに関する時間制限,打重ね時間に関する時間制限などの緩和についても,構造物のコンクリートが品質確保されることが前提で,慎重な検討が重ねられることを期待したい。
国外での動向を述べる。シンガポールなどの日本より厳しい暑中環境の国では,このような化学混和剤の活用について日本よりも進んだ状況にあるようであり,生コンの製造会社にヒアリングを行った。
ヒアリングは,2023年7月18日(火)に,シンガポールの第2番目の規模の生コン会社であるISLAND CONCRETE (PTE) LTD.のSenior Technical Managerに対して筆者が行った。ISLAND CONCRETE社は,シンガポールで2番目の規模の生コン会社であり,7工場で,一月の出荷量が200,000m3/月程度をほこる。ちなみに,シンガポール最大の会社は,350,000~400,000m3/月程度の出荷量とのことであった。
暑中コンクリートの温度について尋ねたところ,コンクリートの温度に対して付加価値が認められており,28℃以下の場合に+12ドル(シンガポールドル),30℃以下の場合に+8ドル,32℃以下の場合に+4ドル,とのことであった。ちなみに,コンクリートの単価はおよそ100ドル/m3とのことであった。フレッシュコンクリートの温度を下げるために氷が使用され,練混ぜ水の35%程度を氷で置換することもあるようで,氷はマレーシアから輸入しているとのことであった。1トンの氷が90ドル程度とのことであった。
水和熱を低減するために,高炉スラグ微粉末を70%以上置換したコンクリートも出荷されているようで,+5ドルの付加価値とのことであった。フライアッシュは,産業廃棄物との扱いで近隣の国からは輸入できない状況のようで,日本からフライアッシュを輸入しているそうである。フライアッシュを30%程度置換した,水和熱抑制型のコンクリートが出荷されているとのことであった。
スランプ保持型の混和剤についても,スランプ保持時間の付加価値が付いたものが流通している.日本のJIS製品に近いと思われる”Concrete Family”と呼ばれる一般的なメニューには無いそうであるが,発注者が希望すれば,通常2時間程度のスランプ保証が,4時間,6時間,8時間,10時間といった長時間のスランプ保持が可能なコンクリートが出荷されている。また,アジテータ車が9~12m3を積載可能なものがシンガポールのRoad Authority(道路管理者)のルール変更により許可されており,生産性が向上しているとのことであった。工場のミキサーも4.5m3の容量とのことであった。自己充填コンクリートの普及率は5%程度であろう,とのことであった。ヒアリングを通じて,シンガポールの生コン会社に大きな活力があることが感じられ,コンクリートの温度やスランプ保持時間などの品質に明確な付加価値を認める市場が形成されていることに大きな刺激を受けた。
以上,筆者の知る情報を述べた。読者の何らかの参考になれば幸いである。
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