大津市の事件の続報が毎日ニュースで入ってきます。この中で思わず耳を疑うものが入ってきました。大津市長と教育委員会が対立しているというニュースです。どちらも「保護者の方との和解はすぐにはできない」というものですが、主張する言い分は全く異なります。
大津市長は「真実が何なのか、教師・学校・教育委員会が(私はここに「滋賀県警」も含むべきだと思いますが)どういう対応をしてきたのか、事実がつまびらかになって初めて和解のテーブルにつくことができる。だから、今すぐに和解することはできない。」という趣旨です。なるほど、一部同感できない個人的な部分はあるにせよ、行政の責任者として踏み込んだ発言と言えますし、支持できます。
しかしながら、教育委員会(澤村教育長)の主張は「???」です。
「いじめが今回の原因の一つであることは認めざるを得ない。しかしながら、今回の主たる原因がいじめにあると断言することはできない。本人や家庭のことなど、調べなければいけないこともあるので、裁判は続けたい」
何を?この期に及んで、今回の少年のとった行動の原因が、本人または家庭の責任であるとでもいうんですか?そして裁判を続けるということは、本人や家庭環境に問題がないと証明しろとでもいうんですか?「傷口に塩を塗る」という言葉がありますが、傷口に塩どころかタバスコやらわさびやらカラシやらを塗りたくって傷つけているようにしか見えません。「死人に鞭打つ」とはまさにこのことを言うんでしょう。
大津市長は「教育員会の調査がいかに杜撰であったかが、今回の一連のことでわかった。今後第三者委員会で真相を究明し、明確な事実が出てこなかったとしても、今回の原因がいじめにあることは明らかであり、大津市が責任を持って和解に臨みたい」とまでおっしゃっています。
なんでしょう?この上に立つ者の態度の違いは? そして、そこまでして責任を逃れたいのですか? ここまで事態をこじらせてしまうと、私は以下の三つが起こることをとても心配します
(1)なるべく早く世論が納得する決着(着地点)を見出さないと、加害者へのバッシングがやまず、第二・第三の事件が起こりうること。(2)学校長や教育長など、責任ある立場の者が自らの責任を認めないと、子供たちの学校・大人不信が拭えないほど深刻になること。
(3)同級生達は今三年生です。この生徒たちの進路選択に関わる先生方への不信が強まり、ひいては子供たちの進路選択に多大な影響を及ぼすであろうこと。
特に(1)は早くしないと、本当に悲劇が起こりかねないと思います。管理職とは「責任を取るのが一番の仕事」のはずです。そりゃ上に立つものが、自分の保身に汲汲として責任逃れを繰り返し、部下に責任を押し付けるならば、真実なんて何も出てくるはずはないですもんね。特に澤村教育長には「教育の真の目的とは何か?」「子供たちの立場に立って物事を考えるという原点に立ち返った対応を」切に望みます。
子供たちには、本当に力になってくれる大人もいるんだよと伝え続けることが大切だということ、そして少なくとも私は子供たちのSOSに気づくことができる指導者でありたいと、心から思い直したニュースでした。
大津市長は「真実が何なのか、教師・学校・教育委員会が(私はここに「滋賀県警」も含むべきだと思いますが)どういう対応をしてきたのか、事実がつまびらかになって初めて和解のテーブルにつくことができる。だから、今すぐに和解することはできない。」という趣旨です。なるほど、一部同感できない個人的な部分はあるにせよ、行政の責任者として踏み込んだ発言と言えますし、支持できます。
しかしながら、教育委員会(澤村教育長)の主張は「???」です。
「いじめが今回の原因の一つであることは認めざるを得ない。しかしながら、今回の主たる原因がいじめにあると断言することはできない。本人や家庭のことなど、調べなければいけないこともあるので、裁判は続けたい」
何を?この期に及んで、今回の少年のとった行動の原因が、本人または家庭の責任であるとでもいうんですか?そして裁判を続けるということは、本人や家庭環境に問題がないと証明しろとでもいうんですか?「傷口に塩を塗る」という言葉がありますが、傷口に塩どころかタバスコやらわさびやらカラシやらを塗りたくって傷つけているようにしか見えません。「死人に鞭打つ」とはまさにこのことを言うんでしょう。
大津市長は「教育員会の調査がいかに杜撰であったかが、今回の一連のことでわかった。今後第三者委員会で真相を究明し、明確な事実が出てこなかったとしても、今回の原因がいじめにあることは明らかであり、大津市が責任を持って和解に臨みたい」とまでおっしゃっています。
なんでしょう?この上に立つ者の態度の違いは? そして、そこまでして責任を逃れたいのですか? ここまで事態をこじらせてしまうと、私は以下の三つが起こることをとても心配します
(1)なるべく早く世論が納得する決着(着地点)を見出さないと、加害者へのバッシングがやまず、第二・第三の事件が起こりうること。(2)学校長や教育長など、責任ある立場の者が自らの責任を認めないと、子供たちの学校・大人不信が拭えないほど深刻になること。
(3)同級生達は今三年生です。この生徒たちの進路選択に関わる先生方への不信が強まり、ひいては子供たちの進路選択に多大な影響を及ぼすであろうこと。
特に(1)は早くしないと、本当に悲劇が起こりかねないと思います。管理職とは「責任を取るのが一番の仕事」のはずです。そりゃ上に立つものが、自分の保身に汲汲として責任逃れを繰り返し、部下に責任を押し付けるならば、真実なんて何も出てくるはずはないですもんね。特に澤村教育長には「教育の真の目的とは何か?」「子供たちの立場に立って物事を考えるという原点に立ち返った対応を」切に望みます。
子供たちには、本当に力になってくれる大人もいるんだよと伝え続けることが大切だということ、そして少なくとも私は子供たちのSOSに気づくことができる指導者でありたいと、心から思い直したニュースでした。