荒川三歩

東京下町を自転車で散策しています。

高輪皇族邸

2017年12月15日 | 散文
今上天皇退位後の仮住まいの候補とされています。
中は窺えません。


ここは有栖川宮邸を高松宮がその祭祀と共に引き継いだ施設の一つです。
元々「高松宮」は有栖川宮の旧称でした。


邸の周囲を廻ってみます。
長い坂です。


有栖川宮が跡絶えた後、大正天皇の第三皇子(宣仁親王)が徳川慶喜の孫娘徳川喜久子と結婚して引き継いだものですが、夫婦に子供が無く、二人が死去した後高松宮家の断絶と共に無人となっています。
ここが冒頭の玄関と反対側の坂の頂上の塀沿いの道です。


玄関左の塀沿いの下り坂です。
昭和天皇が青年期まで過ごした館でもあります。


坂下の向こうに高層ビルが見えます。
こうして見ると、坂の下から頂上にまで広がった邸宅だということが良く分かります。


近隣にはこんなものがあります。
正門の向かいにスリランカ大使館があります。






その裏にはウズベキスタン共和国大使館もあります。




そしてこの高輪皇族邸の土地は、江戸時代には大石内蔵助らの切腹地として知られる、肥後細川家下屋敷跡の一部だったのです。
邸の隣にその場所が残されています。




覗き込むと、あそこが切腹の場所でしょうか?


高輪皇族邸はこんな処です。
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泉岳寺義士祭に行ってみた。

2017年12月15日 | 散文
泉岳寺の中門前です。


普段無い屋台が沢山出ています。


正門を潜ります。


凄い人出です。


本堂前から行列に並びました。
墓地に向かう行列ですが、遅々として進みません。


おかげでこんな物をじっくり見る事ができました。


「首洗い井戸」ですが、「川上音二郎建之」の文字を見つけました。

あの「オッペケペー節」の音二郎の事だと思います。

石段を上がって、墓地の門を潜って、待たされています。


お線香を買って、


やっと墓地が見えました。



線香の煙が辺りに充満しています。

並び始めてからこの浅野内匠頭の墓まで1時間掛かりました。


とにかく、凄い混雑と煙です。






私は帰りますが、更に墓地への行列が続きます。


こんな祭りでした。
コメント (2)
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