荒川三歩

東京下町を自転車で散策しています。

八幡橋(旧弾正橋)

2024年09月18日 | 散文

人力車が向かい合った形のベンチです。

真ん中に説明板が有ります。読みづらいので書き出します。「八幡橋(弾正橋)  八幡橋は、明治11年(1878年)に京橋区楓川に架けられ、島田弾正屋敷が近くにあったことから弾正橋と呼ばれていました。 現在の中央区宝町三丁目付近に位置します。弾正橋は、馬場先門から本所・深川とを結ぶ主要街路の一つで、文明開花のシンボルとして架橋されましたが、その後関東大震災の復興事業により廃橋となってしまいました。しかし昭和4年(1929年)には、その由緒を惜しみ現在地に移設され、八幡橋と名前も改められました。現在では江東区が大切に保存しています。 

この東京名所絵図(三ツ橋の現況) には、明治34年(1901年)頃の弾正橋(左奥)が描かれており、当時の情景が偲ばれます。 弾正橋・白魚橋・真福寺橋とをあわせて三ツ橋と呼び、古くから有名で人々から慕われていました。」

人が行きます。

鉄製の橋梁が濃い影を落とします。

ここにも説明板が有りますが、割愛します。

八幡橋を人が通ります。

菊の紋です。

さて、場所を移動しました。八幡橋の傍です。「旧新田橋(八幡橋) 昭和4年に現在地に移して保存し、富岡八幡宮の東隣りにあるので八幡橋と称した。この橋は鋳鉄橋から錬鉄橋にいたる過渡期の鉄橋として近代橋梁技術史上価値の高い橋である。」なんてことが書かれています。

橋に上がります。

残暑の陽射しです。

見下ろします。さっき私が居た人力車のベンチです。

見上げます。橋の東側はビルです。

西の端です。正面の緑は「富岡八幡宮」です。

こんな橋です。

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「竹の湯」が在った商店街

2024年09月18日 | 散文

あれからどの位の時間が経過したのか忘れましたが、案外順調に建て替え工事が進んでいます。

商店街に面した工事現場です。

地元住民は、「昔はもっと賑わっていた」と言いますが、他の商店街と違って、けっこう賑わっている商店街です。

「サンロード中の橋」商店街です。下町の風情が残っているので、よくドラマの撮影に使われています。私がロケ中の川口春奈さんをじっと見つめた商店街です。

駅からちょっと離れていて近くに大型店舗が進出しない立地が、商店街に功を奏しています。

ここは「竹の湯」でした。

たぶん集合住宅が建つのだと思います。

こうして街が変わっていきます。

在りし日の竹の湯です。

 

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