写真1 旧銅製錬所の煙突 写真の下方は渡良瀬川
写真2 旧銅製錬所の建屋、煙突(写真1) 渡良瀬川左岸・新古河橋から望む
写真3 1890年(明治23)竣工の古河橋(ふるかわばし) 前方は旧製錬所
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2013年師走朔日、渡良瀬けいこく鉄道・間藤(まとう)駅に降り立つ
県道250号を銅(あかがね)親水公園へ向かう
左右に住宅、工場、郵便局、閉店舗、廃屋などが並ぶ
岩肌むき出しの枯山も見える
しばらく進むと、左方に荒ぶ建屋と煙突(写真1・写真2)
渡良瀬川の対岸に、古河橋(写真3)の先に
背景は枯山
ここは、かつて銅を製錬していた処
栄華と悲憤が馳せた跡、もの悲しい
この心情と山枯れは季節のせいだけでない
過去の坑木伐採、有毒の排煙及び廃水などに起因
旧谷中村が「黄茅白葦満目惨憺の荒野」(弊ブログ2013年01月11日)に化した起点
鉱毒と公害の原点に立つ筆者
執筆・撮影者:有馬洋太郎 撮影日:2013年12月01日 撮影地:日光市足尾町
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