駅前糸脈

町医者をしながら世の中最前線の動きを感知、駅前から所見を発信。

本の見つけ方

2009年04月07日 | 小験
 若者の特権は、その多くは向こう見ずの若気の至りで、もう結構なのだが、あの果敢な登攀力は懐かしく羨ましい。
 新聞の日曜書評欄や広告にはいろいろお薦めの本が掲載されている。還暦を折り返し、プールの壁を蹴って一潜り、漸く水面に顔を出しきょろきょろと周りを見渡す年齢なのだが、最近買った本が積ん読になる率が高くなった。
 批評の多くは、ある意味当たり前なのだが、褒めてあったり面白い為になると推薦してある。年を取ってもおっちょこちょいは治らず、ついつい読んでみようかなと気軽に注文できるアマゾンを利用してしまう。若い時より時間と懐に余裕はあるのだが、悔しくも残念なことに若い時のように我慢して読破する体力、脳力かな、がなくなった。
 時々、自費出版などで本を出しましたと著書が送られて来るのは恐怖だ。送って来たからには次は必ずどうでしたかと聞かれるのは必至。本によってはどうしても読めない出来のものがあるのだ。読めない本を読まされるのは拷問に近い。内容も問題だが、分かり切ったことをくどくどと書いてある文体や易しいしいことを難しく書いてある文章にはアレルギーがある。
 勿論、多少読みにくくても優れた内容の場合もある(翻訳物に多い)ので、コツコツ読むこともあるのだが、プディングの味は一口でわかるので、折角購入しても一、二ページ読んで放り投げるのが半分くらいある。年を取ったせいばかりでなく、アマゾンの副作用もあるらしい。やはり手に取って買うのとネットで買うのとでは違う。
 批評家と著者を選べば外れが減るのに気付いた。批評家はプロと限らず、ブログの読書家にも信頼出来るというか相性の良い人達が居て参考になる。まだまだ新しい分野や著者に食指が動くので、若い時のようにばりばりと何でも読破とは行かないが、美味しい本を見つけて楽しみたい。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする