Yさんは御年85歳、零細木工業?を一人でされてきた。診察のたびに未だお仕事されていますかと聞いてきたのだが、遂に仕事を辞めたとのこと。今まであなたしかやってくれる人が居ないと頼まれ、箱を組み立ててきたが、遂に引退することにしたそうだ。がっくりきているかと思うとそうではなく、次は市に頼まれて街路樹を見て回る仕事を手伝うそうで張り切っている。皺だらけの笑顔を見せてくれた。
一体何処が違うのだろう。未だ八十前なのに、やる気がしない膝が痛い飯が不味いと毎回ひとしきり愚痴を言って行かれる患者さんにYさんの爪の垢を煎じて飲ませてやりたくなる。
身体的には愚痴の多い人とYさんにさほど差がある訳ではなく、むしろ愚痴や心配事の多い患者さんの方が年齢相当に筋力などは保たれている。何が違うというと表情と言うことが違うのだ。病は気からというが、気分が健康感を損なうのは間違いない。気分がすぐれない人は家庭的経済的に恵まれない傾向はあるようだが、必ずというわけではなく、同じような境遇でも恵まれない感の強い人は健康感も乏しいようだ。不安不幸感の強い人は殆ど感謝を口にされない。それは恵まれない気分のせいだろうか、感謝の気持ちが少ないから恵まれない気分になると見るのは酷だろうか。診察でそういうことは言わないようにしているが、そう感じることはある。
運不運はある、唯不運を不幸にしないことは出来るような気がする。