ちょっと日付を遡って、先週お邪魔してきた
「つげ義春『ねじ式』、その構造と真価」というイベントに遊びに行っていまして
批評家という人たちはこんな細かいところまで見ているのかと
恐れ入るやら感心するやら、複雑な気持ちを抱えてきたsachiakiです。
皆さんは「ねじ式」という漫画をご存知でしょうか?
1968年に刊行された漫画なので知らない人もいるかもしれないですね。
ですが、この絵はいろんな漫画にてモチーフとなっているので
見たことがある人はそれなりにいるんじゃないかと思います。
あと「イシャはどこだ?」のセリフはかなり有名なので
元ネタ知らなくても使っている人は多いかもしれないですね。
あとこの目ばかりのシーンとか。
私も読んだことがあるのは一度くらいなので
全体通してはあまりよく覚えていませんが
この「ねじ式」が与えた衝撃は
漫画界ひいては表現の世界に相当大きなものだったと思われます。
さまざまな人がそれぞれに解釈して自分の漫画や表現に取り込んでいるけれど、
このイベントでは絵コマに注目し、つげ義春氏がそもそも元にした写真や風景を頼りに
一つ一つ読み解いていくというものでありました。
先ほどの目の看板が多い通りは、ご存知の人も多いと思いますけれど
朱逸文という写真家が撮った写真で『フォトアート』1963年5月号掲載だそうです。
といった感じで、ねじ式はとても引用されている写真が多い分
ネタ元探しをするのもとても楽しいのですが、
そんなことよりも、
わざわざ写真を選んできて描き出していることの意味というのが大事だってことで
丁寧に比較写真を見合わせつつ、
「ここではこの左腕に注目してください」
「この写真の人物にネジまわしを持たせていますね」
など、なんとなく違和感はあったけれど
でもシュール漫画だしなって流していたところを徹底的に洗い出し、
なるほどそういう解釈をするのねって思わされたのでした。
例えば主人公は左腕をメメクラゲにかじられて”静脈”を切られています。
海は日本の民族的な解釈でいうと黄泉の世界に繋がっています。
海から上がってくるのは現人神といってこの世の人ではありません。
静脈というのは心臓に帰る血管なので、
静脈を切断された主人公は黄泉の世界に迷い込んでしまい
帰る道を閉ざされてしまった、という解釈になります。
なので彼が探している”イシャ”というのは
たんに手術ができる医者という意味ではなく、
現世に戻してくれる”イシャ”でなくてはならないんですね。
そして一番気になる「ねじ式」という奇妙なタイトルについては
現世に巻き戻す「ねじ」を題材にしているということ、
生と死が循環した世界観であることを描き出している、
ということだそうです。
「ねじ式」の中では生と死の循環が戦後の日本では失われてしまい、
急速に欧米化し、直線的なものの見方しかできなくなってしまったことを批判しているそうですが
生死観一つとっても、とても大きなテーマを扱っているのに
28ページでよく収めたものだなと驚きを隠せません。
昔の作家さんは1ページの中にある情報量がミッシリとしているので
漫画を読んでも小説一つ読んでも、
10ページのものでさえ現代の長編小説一本読んだ気分になるものです。
そんなわけで28ページの漫画の中に散りばめられた元ネタのある絵コマごとに
批評の目を光らせ読み解いた本がこちらになります。
『つげ義春『ねじ式』のヒミツ』
著者である矢崎さんという方はもともと美術評論家というお仕事をされているだけあって
美術に関してもビシッと目を通されていて読み応えがあります。
この読み解いていくイベントもちょくちょく行っていくそうなので
興味が湧いた方はぜひお立ち寄りくださいね。
イベントのチケットはローチケで購入できるみたいですよ。
次は9月14日の土曜日横浜市南区にて行うようです。
それでは今日はこの辺にて!モイ
「つげ義春『ねじ式』、その構造と真価」というイベントに遊びに行っていまして
批評家という人たちはこんな細かいところまで見ているのかと
恐れ入るやら感心するやら、複雑な気持ちを抱えてきたsachiakiです。
皆さんは「ねじ式」という漫画をご存知でしょうか?
1968年に刊行された漫画なので知らない人もいるかもしれないですね。
ですが、この絵はいろんな漫画にてモチーフとなっているので
見たことがある人はそれなりにいるんじゃないかと思います。
あと「イシャはどこだ?」のセリフはかなり有名なので
元ネタ知らなくても使っている人は多いかもしれないですね。
あとこの目ばかりのシーンとか。
私も読んだことがあるのは一度くらいなので
全体通してはあまりよく覚えていませんが
この「ねじ式」が与えた衝撃は
漫画界ひいては表現の世界に相当大きなものだったと思われます。
さまざまな人がそれぞれに解釈して自分の漫画や表現に取り込んでいるけれど、
このイベントでは絵コマに注目し、つげ義春氏がそもそも元にした写真や風景を頼りに
一つ一つ読み解いていくというものでありました。
先ほどの目の看板が多い通りは、ご存知の人も多いと思いますけれど
朱逸文という写真家が撮った写真で『フォトアート』1963年5月号掲載だそうです。
といった感じで、ねじ式はとても引用されている写真が多い分
ネタ元探しをするのもとても楽しいのですが、
そんなことよりも、
わざわざ写真を選んできて描き出していることの意味というのが大事だってことで
丁寧に比較写真を見合わせつつ、
「ここではこの左腕に注目してください」
「この写真の人物にネジまわしを持たせていますね」
など、なんとなく違和感はあったけれど
でもシュール漫画だしなって流していたところを徹底的に洗い出し、
なるほどそういう解釈をするのねって思わされたのでした。
例えば主人公は左腕をメメクラゲにかじられて”静脈”を切られています。
海は日本の民族的な解釈でいうと黄泉の世界に繋がっています。
海から上がってくるのは現人神といってこの世の人ではありません。
静脈というのは心臓に帰る血管なので、
静脈を切断された主人公は黄泉の世界に迷い込んでしまい
帰る道を閉ざされてしまった、という解釈になります。
なので彼が探している”イシャ”というのは
たんに手術ができる医者という意味ではなく、
現世に戻してくれる”イシャ”でなくてはならないんですね。
そして一番気になる「ねじ式」という奇妙なタイトルについては
現世に巻き戻す「ねじ」を題材にしているということ、
生と死が循環した世界観であることを描き出している、
ということだそうです。
「ねじ式」の中では生と死の循環が戦後の日本では失われてしまい、
急速に欧米化し、直線的なものの見方しかできなくなってしまったことを批判しているそうですが
生死観一つとっても、とても大きなテーマを扱っているのに
28ページでよく収めたものだなと驚きを隠せません。
昔の作家さんは1ページの中にある情報量がミッシリとしているので
漫画を読んでも小説一つ読んでも、
10ページのものでさえ現代の長編小説一本読んだ気分になるものです。
そんなわけで28ページの漫画の中に散りばめられた元ネタのある絵コマごとに
批評の目を光らせ読み解いた本がこちらになります。
『つげ義春『ねじ式』のヒミツ』
著者である矢崎さんという方はもともと美術評論家というお仕事をされているだけあって
美術に関してもビシッと目を通されていて読み応えがあります。
この読み解いていくイベントもちょくちょく行っていくそうなので
興味が湧いた方はぜひお立ち寄りくださいね。
イベントのチケットはローチケで購入できるみたいですよ。
次は9月14日の土曜日横浜市南区にて行うようです。
それでは今日はこの辺にて!モイ
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