「へい。パス、パス」
浩二からのタイミングのよいパスをうけると、良平は相手のディフェンスをかわして、ジャンプシュートした。
ザンッ。
気もちのいい音をたてて、ボールはゴールネットにすいこまれた。
「ナイスシュー!」
両手をあげて喜んでいる浩二のてのひらに、バチンとハイタッチ。
ここのところ放課後に、良平たちは3オン3(ひとつのゴールだけを使って、三人対三人でやるバスケットボールのゲーム)をやっている。
といっても、本物のコートがあるわけではない。バスケがブームだったはるか昔に、当時の高校生たちが公園の街灯にゴールをとりつけたのだった。ネットなんかとうになくなっていたが、リングだけはしっかり残っていた。そこに、みんなで金を出し合ってスポーツ用品店で買ってきたネットを取り付けると、新品同様のゴールが出来上がった。
でも、良平たちがいつもやっている小学生のミニバスケットよりも、ゴールの位置が高いので、なかなかシュートがきまらない。それにバックボードがないので、リングに直接入れる、いわゆるスプラッシュシュート(ボールが入ったはずみに、ネットが水しぶきのように跳ね返るのでそう呼ばれている)しか入らなかった。
「ちぇっ、8対12か」
十メートルぐらいはなれた所から、こんどは相手チームの攻撃開始だ。
「良平、そっちそっち」
浩二の指示で、良平は大きく両手をひろげて、相手のシュートをふせぎにいった。たくみに相手に体を寄せて、しだいに外側へおいこんでいく。
苦しまぎれにはなったシュートが、リングにあたってはずれ、浩二がジャンプしてつかんだ。
「よしっ、こっちボールね」
3オン3では、守備側がボールをうばうと攻守交代になる。
「白井くーん。がんばってえ」
公園の向こう側で、バドミントンをやっていた五、六人の女の子たちが、いっせいに声をそろえて浩二に声援をおくった。
「おおっ、まかしとけって」
両手でVサインをして、浩二は攻撃開始の位置へもどっていく。
「良ちゃんも、がんばってえ」
女の子たちの中から、わざわざ前に出てきて、良平にも声援をおくった子がいた。
美津代だ。バドミントンのラケットを大きく振っている。
でも、良平は浩二とは対照的に、てれくさそうに他の子のかげにかくれてしまった。
「ヒュー、ヒュー」
浩二が、からかうように口笛をふいた。
(ちぇっ、美津代のやつったら)
良平と美津代は、幼稚園以来の幼なじみだ。
いや、かあさんの話によると、まだヨチヨチ歩きのときに、二人ともバギーにのせられて公園で出会ったのが最初だという。
そのせいか、美津代は良平に対していやになれなれしい。
「ふーっ、うめえ」
500ミリリットルボトルのコーラを、浩二は一気に半分以上飲みほした。そのとなりで、良平はアイスを口いっぱいにほおばっている。たっぷりバスケをやってから、そばのコンビニで買い食いするのが、すっかり習慣になっていた。
「あさっての大会、絶対に勝とうぜ」
浩二が、今度は少しまじめな顔をしていった。
二人がはいっているミニバスケットのチーム「若葉ランニングファイブ」は、春の郡大会では決勝で敗れて、おしくも優勝をのがしていた。それ以来、秋季大会での優勝をめざして練習してきた。
「あーあ、いけないんだあ。良ちゃんたちったら、買い食いなんかしちゃって。先生にいってやろう」
向かいの文房具屋から出てきた美津代たちに、また見つかってしまった。
「うるせえなあ」
良平は、あわてたようにそっぽをむいた。
「アイス一個ずつで、買収されてやってもいいよお」
美津代がちゃっかりいったので、ほかの女の子たちはクスクスわらっている。
「それよりさあ。おれたち、あさって、広川小の体育館で試合なんだ。応援にきてくれよな」
浩二が、タイミングよく話題をかえてくれた。
「うん。いくいく」
女の子たちが、声をそろえるようにしていった。
「絶対、応援にいくよ。みんなでおそろいのピンクのポンポン作って、はでに応援しちゃう。でも、白井くんはいいとしても、良ちゃんは試合に出られるのお?」
美津代がからかうような表情で、良平の顔をのぞきこんできた。
「ただいま」
二階にある祖父母の家の玄関につながる外階段の下に、自転車をつっこむと、そばにいたとうさんに声をかけた。とうさんは、外階段が折り返しになっているおどり場で、何かをながめていた。
「良平、ちょっと来てごらん」
とうさんが、声をひそめて手まねきしている。
「なーに?」
とうさんが指さす方を見ると、外階段の一番上のところにハチが一匹いた。黒と黄色の縞模様の大きなハチだ。ハチは羽をふるわせて、空中の一個所に浮かんでいる。しばらくすると、外階段の手すりにとまり、家の外壁とのすきまにはいっていった。
それと入れ替わるようにして、庭の方からもう一匹が飛んできた。同じように空中でしばらくホバリングした後で、やはり手すりの上からすきまにもぐりこんでいく。どうやら、外階段と家の外壁との間に、ハチが巣を作ってしまったようだ。
良平はとうさんとならんで、ハチがもぐりこんだあたりをじーっとながめていた。
しばらくすると、中からハチがいっぺんに二匹出てきた。しばらく、手すりの上で様子をうかがうようにしてから、飛び立っていく。
「あれじゃ、入り口が狭くって、とても巣はとりのぞけそうにないな。下からバルサンでもたかなきゃだめかな」
良平が見ても、手すりと家の外壁との隙間は1、2センチしかない。
でも、きっと下の方にはもっと大きな空洞が、巣を作れるように広がっているのだろう。
ブン。
いきなり、耳もとで大きな羽音がした。
「良平、動くな。はらうとかえって刺されるぞ」
思わず手ではらおうとした良平を、とうさんがあわててとめた。
間近に見るハチは、びっくりするほど大きかった。胴体だけで3、4センチはあるように見える。これに刺されたら、本当に大変なことになりそうだ
良平ががまんしてじっとしていると、ハチはやがて巣へ戻っていった。
その後も、ハチはひっきりなしにすきまから出入りをくりかえしていた。巣の中にいるのは、とても二、三匹だけとは思えない。いつのまにか、かなり大きな巣を作ってしまったようだ。
ハチは巣から出てくると、いつも物置の方へ飛んでいく。そのそばには、竹ぼうきを逆さに立てたような形のムクゲの木がある。白い花がちょうど満開で、まるで大きな白いたいまつのようだった。どうやらハチは、ムクゲの花と巣の間を往復しているようだ。
でも、ハチはミツを集めているのではないようだ。そのまわりを飛び回っているだけだ。
「早く退治しなけりゃなあ」
とうさんは、じっくりとハチを観察してからいった。
「なんだか、かわいそうだなあ。ほっときゃ、いいんじゃないの?」
良平がそういうと、
「だめだよ。あいつらはスズメバチなんだから。凶暴で毒もすごく強いから、年よりや小さな子が刺されたら、とんでもないことになる。肉食だから、ああしてムクゲの花に集まってくる他の虫を狩りしているんだ。」
とうさんは、いつになく真剣な顔をしていた。
たしかに、良平の家にはおじいちゃんとおばあちゃんもいるし、弟の孝司はまだ一年生だ。
そういえば、この前、庭仕事をしていたおじいちゃんが、
「今年はいやにハチが多いなあ」
って、いってたっけ。
「それに、ハチ毒アレルギーも怖いし」
「何? ハチ毒アレルギーって?」
「一度刺された人がハチの毒のアレルギーになると、二度目に刺されたときショック症状を起こすんだ」
「それって、危険なの?」
「ああ。死ぬこともあるんだってよ」
「へーっ、怖いんだなあ」
良平はあらためて、巣の近くでホバリングしているハチをながめた。
「浩二、もっとみんなに声を出させろよお」
長崎コーチの声が、体育館にひびきわたった。女性のコーチだけれど、体育大学の現役学生のせいか、すごく元気がいい。
「ナイスシュー」
「元気出していこうぜ」
みんなのかけ声が、あわてたように大きくなった。
キャプテンの浩二を先頭にして、大きな二つの輪を作るようにしてまわりながら、リターンパスとランニングシュートの練習をしている。
「じゃあ、明日のスターティングファイブね。センターは慎一、フォワードは雄太と達樹。そして、ガードは浩二と良平ね」
ウォーミングアップが終わると、長崎コーチはまわりにみんなを集めていった。
となりの浩二が、ニヤッとわらいかけてくる。良平も、ボールをチェストパス(胸の前からまっすぐ投げるパス)をするしぐさでこたえた。最近は、この二人のガードが、ランニングファイブを引っ張っている。シュートをうって得点を入れるポジションであるシューティングガードの浩二、パスまわしの中心になってゲームを組み立てるポイントガードの良平。なかなかいいコンビだった。
「でも、ゲーム中、いつものようにどんどんメンバーを変えていくからね。他のみんなも、五人に頼らないでがんばるんだよ」
長崎コーチはノートを閉じると、他のメンバーにもハッパをかけた。
「よし、いくぞお!」
浩二の号令のもと、ランニングファイブの練習が再開された。
その日の夕方、良平が弟の孝司とゲームをやっていると、
「おーい。だれか、これを着るの、手伝ってくれえ!」
玄関から、とうさんの呼ぶ声がした。二人がそのままゲームを続けていると、何度でも呼んでいる。かあさんは、買物にでもいっているのかもしれない。
「えー、なあに?」
ようやく二人で出ていくと、とうさんはダンボール箱の中から、銀色に光るコートのような物を取り出していた。ぶ厚い生地でできていて、まるで消防士の防火服か何かのようだ。そばには、同じ色のヘルメットと手袋も置いてある。ヘルメットの顔の部分は、細かい金属の網がついていた。
「何、これ?」
良平が、手袋をつまみあげた。孝司は、ぶかぶかのヘルメットを頭にかぶっている。
「防護服っていうんだってさ。スズメバチを駆除するっていったら、町役場で貸してくれたんだ」
「今からやるの? もう、外は暗くなってるよ」
「うん、暗い方がいいんだ。ハチは、夜は活動しないんだって。それに、巣にぜんぶ戻ってるから、一網打尽にできるし」
「ふーん」
「下からバルサンをたいて、上からは殺虫剤をまけば、きっと逃げ場がないだろう」
上下つなぎになっている服を何とか着こんだとうさんに、二人がかりでヘルメットをかぶせ、手袋もはめさせた。
「うわーっ、かっこいい!」
テレビのヒーロー物を熱心に見ている孝司が、うらやましそうに叫んだ。
「そうかあ?」
とうさんも、まんざらでもないような声を出している。
ヘルメットも手袋も、防護服にジッパーで取り付けるようになっているから、さすがのスズメバチもこれなら入りこめそうにない。
「良平、玄関、あけてくれ。それから、いいっていうまでは、絶対、外へ出てくるなよ」
とうさんは、最後になんとかブーツをはくと、右手に大きな殺虫剤、左手に懐中電灯を持って、玄関から外へ出て行った。
「おとうさん、がんばって」
声援を送る孝司に軽く手を上げて、さっそうと出ていった。
と、いいたいところだけど、歩きにくいのか、なんだかヨチヨチしている。これじゃあ、正義のヒーローというよりは、せいぜいまぬけな宇宙飛行士ってところだ。良平はふきだしそうになるのを、けんめいにこらえていた。
とうさんを送り出すと、
(どうする?)
って顔で、孝司がこちらを見た。
良平はコクンとうなずくと、すばやくダッシュした。二階の祖父母の家へは、外階段だけでなく玄関わきの内階段でもつながっている。
「ずるい、良ちゃん。待ってえー」
うしろから、半分泣き声をあげながら孝司が追いかけてくる。
二階の玄関の出窓から、二人で重なるようにして外をのぞいた。そこからだと、外階段がよく見える。
とうさんは、階段の下にでもいるのか、まだ姿が見えなかった。
二人はなんとか下をのぞきこもうとして、窓ガラスに顔をおしつけた。鼻がつぶされてしまって、外から見たら二匹のコブタみたいな顔になっていたかもしれない。
やがて、下の方から白い煙がたちのぼってきた。バルサンをたきはじめたのだろう。煙は外階段をつつみこむようにしてあがってくる。外階段と家の壁とのすきまからも、しだいに煙があふれて出てきた。
しばらくして、とうさんが階段をあがってきた。銀色のヘルメットをかぶり防護服を着たまぬけな宇宙飛行士は、一歩一歩、やっとバランスをとりながら外階段の一番上にたどりついた。そして、ハチがもぐりこんでいたあたりを、懐中電灯で照らしている。
そこからいつハチが出てくるかと思って、良平はドキドキしてしまった。
でも、すっかりねむってしまっているのか、ハチは一匹もあらわれない。とうさんは出入口と思われるところにノズルをつっこんで、殺虫剤をまきはじめた。
それでも、ハチはなかなか姿をみせなかった。
「下にも、ハチの出入口があるのかなあ」
良平がそういうと、今度は孝司がすばやく先に立ってダッシュした。良平もすぐに後に続く。
下の玄関脇の部屋の窓から、また二人で押し合いへしあいしながらのぞいた。
でも、バルサンの煙が立ち込めているだけで、やっぱりハチの姿は見えない。
と、そのとき、いきなりスーッと黒いものが上から落ちてきた。
つづいて、もうひとつ。それは、窓わくに落ちた。
ハチだ。ハチが巣から落ちてきたのだ。まだ、羽をかすかにふるわせている。
それからは、まるで大つぶの雨のように、ハチがどんどん落ちてきた。あまりにたくさん落ちてくるので、はじめは「おーっ」とか、「すげえ」っていっていた二人も、しだいにだまってしまった。
窓わくや階段下にとめてある二人の自転車のカバーの上に、びっくりするほどたくさんのハチが落ちている。
かなりいるような気がしていたものの、こんなにたくさんのハチがあの狭いすきまの下にひそんでいたとは思わなかった。
とうさんの殺虫剤や、バルサンの煙にやられたのだろう。みんな、もう死んで動かなくなっている。死んだスズメバチは、飛んでいたときとは違って、ずいぶん小さくなって2センチぐらいしかないように見える。丸くちぢこまって、まるで違う生き物のようだった。
「なんだか、かわいそうな気がするなあ」
孝司が、いつかの良平のようにつぶやいていた。
郡の秋季大会には、全部で十八チームが参加していた。会場の広川小には、朝早くから各チームのメンバーや応援の人たちが集まってきていた。
ピーー。
センターサークルでのジャンプボールで、川原イーグルスとの一回戦が始まった。
「ナイス、慎一」
コートサイドから、長崎コーチの声がひびく。チームで一番のっぽの慎一がけんめいにのばした指先でタップしたボールが、うまく浩二の手にわたっていた。浩二はすばやいドリブルで敵陣を突進すると、右サイドの良平にパス。良平はゴール下で待つ達樹にパスするとみせかけて、すばやく浩二にリターンパスした。
「シュート!」
長崎コーチの声に合わせるように、浩二がジャンプシュート。ボールはきれいな放物線を描くと、バックボードにも、リングにもふれずに、スポッとゴールに入った。ゴールのネットが水しぶきのように跳ね返る。スプラッシュゴールだ。
「やったあ!」
ランニングファイブの応援席は、早くも大騒ぎだ。その中には、良平のとうさんやかあさんもいる。
「おにいちゃん、がんばれえ」
孝司の声も聞こえてきた。
応援席の前では、美津代たち、四、五人の女の子たちが、チアガールが使うようなピンクのポンポンを本当に持ってきていて、うれしそうに飛び跳ねている。
こうして第一試合は、ランニングファイブのペースでスタートした。
けっきょく一回戦は、26対11で快勝した。ランニングファイブの調子は上々だ。みんな、練習どおりにいきいきと動けている。
短い休憩をはさんで、すぐに二回戦が行われる。対戦相手は串野ブルズ。
良平たち、先発の五人が、コートに出てきた。
「フレフレ、ランファイ。がんばれ、がんばれ、ランファイ」
観客席の声援も、一段と熱が入っている。美津代たちチアガールも、そろいの振り付けで応援してくれている。
「白井くーん、がんばってー」
黄色い声の声援に、浩二が手をあげてこたえている。
「良ちゃーん、ファイトー」
美津代の声も聞こえてきた。
良平はのっぽの慎一の陰に隠れて、聞こえないふりをした。
ピーー。
ホイッスルとともに、二回戦が始まった。
このゲームでも、ランニングファイブは、浩二と良平を中心にゲームをすすめていった。
良平の早いパスまわしから、一気に速攻をしかける。相手のディフェンスをくずしておいて、フリーになったシューターの浩二にボールを集める。
ロングシュート、ミドルシュート、カットインしてのレイアップシュートと、面白いように得点を重ねていく。
たまにシュートが外れても、慎一たちがリバウンドをがんばって、ボールをキープしつづけていた。
けっきょく、31対8と一方的な大差で勝って、ランニングファイブは楽々と午後の準決勝に進出した。
準決勝と決勝は、お昼の休憩をはさんで午後に行われることになっている。
良平はランニングファイブの仲間たちと一緒に、荷物を持って体育館の外へ出て行った。
体育館の中では気がつかなかったけれど、気持ちよく晴れ上がっている。日差しは強かったものの心地よい風が吹いていて、お弁当をひろげるのにはもってこいだった。
「ここで食べようぜ」
浩二が、校庭のはずれにあるコンクリートの段々に腰をおろした。良平や他のメンバーも、そのまわりにすわった。校庭のあちこちには、他のチームもお昼を食べに集まってきている。
「私たちも入れてよ」
美津代が、他の女の子たちと一緒にやってきた。
こうしてみんなでお弁当を食べていると、まるで遠足に来たかのようにのんびりしてくる。思わずバスケの試合で来ていることを、忘れてしまいそうだ。
そのときだった。
「良ちゃん、一本ぐらいシュート決めてよ」
いきなり、美津代にズバリといわれてしまった。冗談ぽいいい方だったけれど、けっこうグサッときて、何もいいかえせなかった。各試合の得点を見てもわかるように、浩二を筆頭にみんなが好調にシュートを決めていた。
ところが、どういうわけか良平だけは、二試合ともに無得点だった。特別調子が悪いとも思えないのだが、シュートがことごとくリングにあたって外にこぼれてしまう。長崎コーチのことばを借りると、「リングに嫌われてる」っていう奴だ。
「わかっちゃないなあ。だから、素人はいやなんだ。良平はアシスト(得点をおぜん立てするパスのこと)やスチール(相手のパスをカットして奪うこと)で、今日も大活躍してんだぜ」
となりにいた浩二が、代わりにいいかえしてくれた。
「そんなの、あたしだって知ってるわよ。でも、一本ぐらいシュートが入ったって、いいじゃないの」
美津代は、わざとふくれっつらをしてみせた。
準決勝でも、ランニングファイブは相手を大きく引き離していた。この試合でも、浩二を中心として、着々と得点を重ねている。
でも、良平だけは、あいかわらず無得点だった。
さっき浩二がいっていたように、パスやリバウンド、ドリブルなどは絶好調で、ゲームは実質的に良平がコントロールしているようなものだった。相手の意表をつくたくみなパスまわしで、みんなの得点をアシストしていた。
だけど、自分のシュートだけは、どうしてもうまく入ってくれない。
試合時間が、残り一分を切った。得点は18対9。ダブルスコアでリードしている。
相手選手のシュートがはずれて、味方ボールになった。リバウンドを取った慎一から、良平にパスがきた。
もう急ぐ必要はない。良平はゆっくりとしたドリブルで、相手コートに入っていった。ゴールの右側には浩二が、左側には雄太がパスを待っている。
良平は浩二にパスを出すと見せかけて、急に早いドリブルで相手ゴールに切り込んでいった。
左四十五度からのジャンプシュート。良平の得意のプレーだ。ボールはきれいな放物線を描きながら、ゴールへむかっていく。
(入ってくれえー)
必死の願いもむなしく、良平の放ったシュートは、リングにあたっておしくもはじかれてしまった。
「おしいなあ。良平、ファイト」
長崎コーチの、残念そうな声が聞こえてくる。
ピピーー。
試合終了の笛が鳴った。これで、ランニングファイブの決勝進出が決まった。
決勝戦の相手は、春季大会と同じ広川ロケッツだった。中学生なみに背の高い選手が多く、春の試合ではリバウンド(ゴール下でのボールの取り合い)で負けて、ゲームの主導権を握られてしまった。
16対18。わずか2点差で敗れて、ランニングファイブは優勝をのがしていた。
それ以来、「打倒ロケッツ」が、チームの合言葉になっていた。秋季大会でロケッツに勝つために、夏の合宿を初めとした苦しい練習にもたえてきたのだ。
長崎コーチがメンバーに指示していたのは、浩二と良平を中心とした速攻で対抗する作戦だった。良平たち、ランニングファイブは、その名のとおり、走り合いならどこのチームにも負けない自信があった。
「これから決勝戦を始めます」
場内のアナウンスとともに、両チームのスターティングファイブがコートに姿をあらわした。
「がんばれ、ロケッツ!」
「ファイト、ランファイ!」
両チームの応援席から、いっせいに声援がとぶ。
チラッと見たら、応援席の前では、美津代たちがポンポンを持ってならんでいる。彼女たちも緊張しているようだ。
あらためてセンターサークルの近くでながめると、やっぱりロケッツの連中は大きかった。センターやフォワードの選手たちは、ランニングファイブで一番ノッポの慎一よりも背が高い。比較的小柄なプレーヤーが多いガードポジションまで、長身の選手で固めていた。
良平たちは、体格では劣っても気合だけは負けないように、自分の向かい側の相手選手をにらみつけた。
試合は、予想どおりの大接戦になった。
ロケッツは、じっくりとした球まわしでディフェンスのすきをうかがう。そして、フリーになった選手が、遠目からでもどんどんシュートを放ってくる。ゴールすればそれでOKだし、はずれても背の高さをいかしてこぼれ球をリバウンドで確保する作戦だ。
それに対して、ランニングファイブは作戦どおりに速攻で勝負していた。ボールを良平に集めて、すばやいドリブルで敵陣に攻め込む。もちろん、浩二や他の選手たちも、全速力でゴール目指して走りこんでいく。
たがいにチームの長所を生かしたシーソーゲームになっていた。
「浩二ーっ!」
相手ボールを奪った慎一からパスを受けた良平が、大声で叫んだ。
全速力のドリブルで突っ走りながら、逆サイドの浩二にロングパス。浩二はまだ誰ももどっていない相手ゴールに、楽々とシュートを決めた。
「ナイスシュー!」
応援席で、歓声がおこる。これで、7対6と逆転だ。
「白井くーん、かっこいいーっ!」
美津代たちが、声をそろえて浩二に声援を送った。浩二は、派手なガッツポーズをしながら戻ってくる。
「良平、ナイス、アシスト」
声をかけてくれた長崎コーチに軽く手を上げながら、良平もすばやく自陣に戻った。
ゲームはその後も、一進一退の攻防が続いた。
「ラスト30秒!」
長崎コーチの叫び声がコートにひびいたとき、ちょうど相手のシュートがはずれて味方ボールになった。
得点は19対18。ランニングファイブのリードは、わずかに一点だけだった。
でも、このままボールを取られなければ、優勝だ。
「浩二、キープ!」
長崎コーチの声は、興奮ですっかり裏返っている。もう時間がないから、シュートをしないで、そのまま味方
でボールをキープして逃げ切る作戦だ。
さっきまでとはうってかわって、浩二がゆっくりと敵陣にむかってドリブルしていく。
「オールコートディフェンス! 時間がないよお」
相手方のコーチが必死にさけぶ。コート全体をマンツーマンでボールを取りにくる激しいディフェンスのことだ。ロケッツの選手が、猛烈な勢いで浩二にむかっていった。
でも、浩二はあわてずにフェイントで相手をかわすと、良平にパス。良平は少しドリブルしてから、フリーになっている達樹にパス。達樹は、すぐに浩二にボールをもどした。浩二がまたゆっくりとドリブルしてから、良平にパスした。ドリブルのうまい浩二と良平を中心に、ボールをまわしながらキープする。これが時間を稼ぐときの、ランニングファイブのやり方だった。
「くそーっ!」
ロケッツの選手の一人が、いちかばちかって感じで、良平に飛びかかってきた。良平が軽く体を入れかえると、勢いあまってころんでしまった。目の前には、がら空きの相手ゴールが、……。
次の瞬間、良平は、ドリブルでゴール下にカットインしながら、シュートしていた。
だめおしのゴール。飛び上がって喜ぶとうさんたち。
そして、
「良ちゃーん、かっこいーい」
って、叫ぶ美津代の声が、聞こえてくるはずだった。
ところが、ボールはリングのまわりをグルリと一周してから、外にこぼれてしまったのだ。練習なら絶対に入るイージーシュートなのに、わずかに力が入りすぎたのかもしれない。
「リバウンド!」
両方のコーチが、同時に叫んだ。慎一と達樹がけんめいにボールにむかってジャンプをしている。
でも、ボールを取ったのは、相手チームの選手だった。
「速攻!」
今度は、ロケッツのコーチの声が裏返っている。
思い切ったロングパスが、飛んでいく。けんめいに飛びつく浩二の手をかすめて、ゴール下で待つロケッツの選手にパスがとおった。
(まさか、まさか)
良平の願いもむなしく、ロケッツの選手のジャンプシュートは、ゴールへすいこまれていった。
ピピーー。
次の瞬間、試合終了の笛が鳴り響いた。
19対20。終了寸前のまさかの大逆転だった。
「うわーっ!」
大声で喜び合うロケッツの選手たちとは対照的に、良平たちはぼうぜんとしてコートに立ちつくしていた。
「飲む?」
帰りのバスでぼんやりと窓の外をながめていると、浩二がペットボトルのコーラを差し出してくれた。いつになくやさしい声だ。良平は黙って首を振った。
ほかのチームのみんなも、良平の失敗を少しもせめないでくれていた。あのままボールをキープしていたら、百パーセント優勝だったのに。
ゲームが終わって応援席に戻ったとき、
「よくがんばったぞお」
「ナイスゲーム」
応援席からも、はげましの声がかかった。
でも、良平はみんなの顔を見られずに下をむいていた。
「ドンマイ、ドンマイ」
そのとき、長崎コーチが走りよってきて良平の肩をたたいてくれた。
でも、あと一歩で優勝を逃したことを、コーチを含めたみんながどんなにがっかりしているか、なんとなく伝わってきてしまうのだ。
それが、良平にはたまらなくつらかった。いっそのこと、思いきり失敗を責めてくれた方が、気が楽になったかもしれない。
バスが、良平たちの学校前の停留所についた。
チームのメンバーは、みんなそろってバスを降りていく。良平だけは、なかなか席を立てずにぐずぐずしていた。
ようやく、良平が最後に降りてきたとき、
「良ちゃーん」
車で先に帰っていた美津代が、向こうから走りよってきた。
「ごめんね。あたしが、よけいなこといっちゃったから」
いつも元気な美津代が、泣き出しそうな顔をしていた。
「……」
良平は何も答えることができずに、無理して美津代に笑顔を見せようとした。
「じゃあな」
「明日、学校でな」
良平は、チームのみんなや美津代とおぐり公園の前で別れた。
「ただいま」
良平が家に戻ると、
「お帰りなさい」
かあさんが、いつものようにユニフォームやタオルなどの洗濯物が入ったバッグを受け取った。
かあさんも、居間でテレビを見ていたとうさんも、そして、そばにいた孝司でさえも、今日の試合の話題にはふれないでくれた。
翌朝、良平はめざましがなる前に眼がさめてしまった。いつものように、ふとんの中でぼんやりと今日は何曜日だったかを思い出す。
(月曜日か。あーあ、休みじゃないんだ)
と、その時、急に昨日の失敗を思い出した。シュートがリングのまわりをグルリと一周してから外へこぼれていくのが、録画されているかのように頭の中によみがえってくる。
月曜日の朝がゆううつなのはいつものことだけれど、その瞬間、大げさにいえば生きていくのがいやになった。学校で、浩二や美津代と顔を合わせたくない。もうこのままずーっと、ふとんにもぐりこんだままでいたい。
そう思いながら、ギューッと目をつぶった。
(なんであんなシュートしちゃったんだろう。あのままキープするだけでよかったのに)
自分でも、今だにわからない。やってはいけないことはわかっているのに、あの時は体が自然に動いてしまった。シュートをきめてさっそうともどっていく浩二の姿や、昼休みの美津代のことばが、やはり心のどこかにひっかかっていたのかもしれない。
(あー、もう一度あのときに戻れたら)
ゆっくりとドリブルしながら、ボールをキープする。タイムアップのホイッスル。大喜びで良平にだきついてくる浩二。歓声をあげながら飛び上がっている美津代たち。
だけど、それはもうかなわぬ夢だ。
まくらもとの時計を見ると、七時十分前になっている。あと十分でめざましも鳴り出すだろう。
でも、もうしばらく横になっていたら、本当に立ち上がれなくなってしまうような気がしてきた。ずる休みしたい気持ちをふりはらうようにして、めざましのアラームをオフにすると、良平はなんとかベッドから起き上がった。
「おはよう」
良平は一階に降りてくると、台所のかあさんに声をかけた。
「良ちゃん、おはよう。めずらしく早いじゃない」
かあさんは、いつものように朝食のしたくをしているところだった。
隣の洗面所からは、とうさんの電気カミソリの音が聞こえている。
「おはよう」
洗面所のとうさんにも声をかけた。
「おにいちゃん、おはよう」
とうさんは、ひげそりをしながら答えた。
良平は手早く着替えると、いつもの自分の役割を果たすために、玄関のドアを開けて新聞を取りに外に出た。
良平の心とはうらはらに、今日も空はすっきりと晴れ上がっている。空気がすんでいて、大きく深呼吸すると気持ちがよかった。
郵便入れに近づいて、差し込まれていた朝刊をぬきとった。月曜日はちらしがはさまっていないので、いつもより軽い。
玄関に引き返そうとしたとき、物置のあたりで何かがピカッと光ったような気がした。
よく見てみると、いつのまにできたのか、物置とムクゲの木の間に、大きなクモの巣がかかっていた。朝日を受けて銀色にキラキラと輝いている。
(あれっ?)
良平は、玄関に入るのをやめて立ち止まった。クモの巣に、ハチが一匹、ひっかかっていたのだ。黒と黄色のしまもよう、スズメバチのようだ。もしかすると、おとといの生き残りかもしれない。
良平はもっとよく見えるように、ムクゲの木に近づいていった。
今かかったばかりなのか、ハチはけんめいに羽をふるわせてのがれようとしている。
でも、もがけばもがくほど、クモの糸がからみついてくるようだ。
と、そのとき、巣の反対側に一匹のクモがいるのに気がついた。足に白黒のまだらもようのある大きな奴だ。だんだんハチに近づいていく。このままだと、ハチはクモにやられてしまうかもしれない。
「あっ!」
思わず、声を出してしまった。どういうはずみかくもの巣がちぎれて、たれさがったくもの糸にハチが宙ぶら
りんになったのだ。
ここぞとばかりに、ハチは必死にもがいている。
(がんばれ!)
良平は、心の中で思わず声援を送ってしまった。
その願いが通じたように、からまっていた糸がとうとうはずれて、ハチはそのまま下へ落ちていった。
近づいてみると、地面に落ちたショックなのか、ハチはしばらくあたりをうろうろと歩きまわっている。クモの巣からのがれるのに、力を使い果たしてしまったのかもしれない。
良平は、そのままじーっとハチの様子をながめていた。
しばらくして、ハチはようやく地面から飛び立つことができた。
でも、どことなくフラフラした飛びかただった。いつものように一直線に飛べずに、ユラリユラリとした感じだ。高度もなかなか上がらない。
良平は、ハチの飛んでいる姿を目で追っていった。
ようやく少し高く飛べるようになったハチは、あの外階段にあった巣ではなく、どこか遠くへむかっていく。もしかすると、もうあの巣はあきらめて新天地をもとめてゆくのかもしれない。
良平はなんだかホッとしたような気分で、遠くへ飛び去っていくハチを見送った。
良平が食堂にもどると、テーブルの上にはもう朝食がならんでいた。
ネクタイをしめていつもの席にいるとうさんに、良平は何もいわずに新聞を手渡した。
「良平。たしか、おぐり公園にバスケのゴールがあったよな」
とうさんは、コーヒーを飲みながら良平にいった。
「うん」
良平がうなずくと、
「今度、おとうさんとやってみないか?」
とうさんはコーヒーカップをおろすと、良平の顔を見ながらいった。
「えー。ぼくもやりたい」
起きてきたばかりの孝司が、話しに割り込んできた。まだパジャマ姿のままだ。
「しょうがないなあ。じゃあ、三人でやるか」
とうさんはそういうと、新聞を読みながら朝食を食べはじめた。
テーブルの上には、湯気を立てている紅茶と、二つ目玉のハムエッグが置いてある。それを見たら、良平も急におなかがすいてきた。
「いっただきまーす」
良平は、あつあつのトーストにガブリとかぶりついた。