現代児童文学

国内外の現代児童文学史や現代児童文学論についての考察や論文及び作品論や創作や参考文献を、できれば毎日記載します。

グードルン・パウゼヴァング「沈黙の家」そこに僕らは居合わせた所収

2018-08-20 08:39:02 | 作品論
 戦争中、主人公のギナジウム生が下宿していた家の向かいには、古い屋敷がありました。
 そこには、ユダヤ人の老夫婦は住んでいました。
 ある日、老夫婦は強制収容所へ入れられることになり、その後にはナチス党の地区委員の家族が越してきました。
 敗戦を迎え、ロシア軍がくる前に、地区委員は家族を射殺して自殺しました。
 この物語を、単なる因果応報のお話だとは思いたくありません。
 それよりも、より普遍的な価値の変遷の証だととらえた方がいいと思います。
 そして、その変遷は今でも日本でも続いています。

そこに僕らは居合わせた―― 語り伝える、ナチス・ドイツ下の記憶
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みすず書房
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山下祐介「東京の震災論/東北の震災論――福島第一原発事故をめぐって」辺境からはじまる東京/東北論所収

2018-08-19 08:56:55 | 参考文献
 東北(他の地方も同様としています)が、いかに東京に搾取されてきたかを語ることから論が始まります。
 そして、福島第一原発事故をめぐる東京と東北での、受け取り方やアクションの違いについて述べられます。
 さらに、様々な東北で行われている事業(公共のも、企業が行うものも)が、疑似原発として同じ構造のもとに行われているとしています。
 その究極の姿として、東京自身がひとつの疑似原発であり、その拠る所の脆弱性を指摘しています。
 逆に、原発が疑似東京であったことが、今回の事故を引き起こしたと結論付けています。
 全体としてうなづける点も多いのですが、論の進め方に問題点が多いと思いました。
 一般的な論文と違って、先行する論文や立場の違う意見の紹介がほとんどなく、かなり主観的に書かれていて、説得力に乏しい感じがしました。
 また、政治的にやや偏った立場で書かれているので、客観性に欠けています。
 筆者の政治的立場を全くなくして文章を書くことは不可能ですが、こういう書き方の論文を巻頭にすえると、それだけでこれ以上読み進めたくないと思う読者も多いことでしょう。
 最後に、この本は編者の小熊英二に惹かれて手にしたのですが(実際にその名前で検索してこの本を知りました)、小熊は巻末で赤坂憲雄と対談しているだけだったのでがっかりしました。
 小熊も偉くなって(年を取って)自分で論文を書かなくなったのかと思うと、かつての「1968」などの大作の愛読者からすると、少し寂しい気がしました。

「辺境」からはじまる―東京/東北論―
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明石書店
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宮沢賢治「鹿踊りのはじまり」注文の多い料理店所収

2018-08-18 09:51:12 | 作品論
 岩手県、宮城県を中心に東北地方各地(東北以外でも愛媛県などに同様の踊りがあるそうです)に伝わる伝統芸能である鹿(しし)踊りの起源について、賢治らしい想像力を膨らませて描いています。
 実際の鹿踊りの起源がどのようなものであるかは明らかになっておらず、念仏踊りなどの仏教系や山伏が介在する神道系など諸説ありますが、東北の農民の自然観、労働観、宗教観などが一体となって生まれたものと思われます。
 賢治は、自然の代表としての鹿たちと農民の代表である嘉十とが踊りや歌を通して次第に一体化していく様子を描くことで、それらを表現しています。
 特に、鹿たちが土地の言葉を話すことが、嘉十との融合を自然なものにしています。
 童話の手法としては、この作品集の他の作品でも使われている、子ども読者の大好きな繰り返しの手法(これは、民話などの語りでも使われている手法です)が有効に使われていて、鹿たちと嘉十だけでなく読者たちも踊りや歌に参加できるようにしています。
 私自身は、四十年ほど前に、岩手県北上市で鹿踊りを見たことがあるだけなので、賢治が親しんであろう花巻地方のそれとどこまで一緒なのかはわかりませんが、太鼓踊りと獅子舞が融合したような迫力のあるものでした。

注文の多い料理店 (新潮文庫)
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新潮社
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宮沢賢治「月夜のでんしんばしら」注文の多い料理店所収

2018-08-17 17:01:24 | 作品論
 線路わきに並んだ電信柱(この作品が書かれた1921年当時は、とうぜん石炭を燃やして走る汽車(蒸気機関車)の時代ですが、信号や車内の電燈などのために、線路わきの電信柱から電気を引き込んでいたようです。汽車にはパンタグラフはありませんから、どのように電気を引き込んでいたかは寡聞にして知りません)が、月夜に行進する話です。
 軍隊の行進、鉄道、電気、それらのすべてが、当時の(特に地方の)子どもたちには新しい珍しいものだったことでしょう。
 そう考えると、この作品は今の読者が感じるような牧歌的なものでなく、もっとモダンなものとして受容されていたのではないでしょうか。
 私も子どものころに、塾の帰りに駅から家までを、同じように京成電車の線路わきを、夜(月夜の日もあったことでしょう)に歩いていましたが、怖がりだった私(特に夜空を風に吹かれて横切る雲の様子が怖くてたまりませんでした)は、ただ一刻も早く家にたどり着くことばかり考えていて、残念ながら賢治のように空想をはばたかせることはありませんでした。

注文の多い料理店 (新潮文庫)
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新潮社
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青山文平「つまをめとらば」つまをめとらば所収

2018-08-16 08:40:10 | 参考文献
 直木賞を受賞した短編集の表題作です。
 ひょんなことから二人暮らしを始めた、幼馴染ですでに隠居している老武士たちの姿を描いています。
 この作品でも、算学、戯作、身分を超えた男女関係などに関する作者の薀蓄が語られ、面白い読み物になっています。
 短編集を通して、全体はおおらかな女性讃歌になっていますが、その一方で江戸末期の下級武士の生活も描かれています。
 もちろん歴史小説なのですから作品世界で遊ぶだけでいいのかもしれませんが、それを現代に書くのならば、たんなる読者(高齢者が多いでしょう)の暇つぶしとしての読み物であるだけでなく、現代の様々な問題(高齢者社会、格差社会、女性の社会進出への障壁など)にも、作者の視線を照射してもらいたい気がしました。

つまをめとらば
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文藝春秋
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おくりびと

2018-08-15 09:48:18 | 映画
 2008年公開の映画で、アカデミー賞外国語映画賞を受賞しています。
 それまで一般の人にはほとんど知られることのなかった納棺師の仕事を、全国的に知らしめました。
 フェリーニやベルイマンが受賞していたかつてのアカデミー賞外国語映画賞受賞作品と比べると、芸術性よりも娯楽性が強い映画ですが、アカデミー賞自体がエンターテインメント作品に傾斜している現在では、この賞に適していたかもしれません。
 極端な設定や偶然の多用やご都合主義のストーリ展開などで観客を十分に楽しませつつも、死とは何か、生きるとは何か、父と子の和解、母と子の和解、夫婦の和解などの重いテーマを、次々に訴えかけてくる監督の腕前はさすがのものです。
 また、その背景には、つねに重厚な音楽が流れ、ところどころで山形の美しい四季が描かれていて、作品の格調を高めています。
 ただ、お葬式や火葬場のシーンや、山崎努がいろいろなおいしそうな物を食べるシーンが頻出するので、どうしても伊丹十三監督の「お葬式」や「タンポポ」を連想してしまいます。

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セディックインターナショナル
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吉村萬壱「行列」虚ろまんてぃっく所収

2018-08-15 08:25:32 | 参考文献
 他の誰の作品にも似ていない、強烈な個性を持った短編です。
 エロとグロの塊のような作品なので、そのまま児童文学の創作の参考にはなりませんが、ここに書かれたような強烈なイメージを持った作品は、没個性的な作品ばかりの今の児童文学だからこそ必要なのかもしれません。

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文藝春秋
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宮沢賢治「山男の四月」注文の多い料理店所収

2018-08-14 11:09:44 | 作品論
 山男が騙されて丸薬にされかかる話です。
 この作品集の中では、あまり出来がいいとは言えない作品でしょう。
 ファンタジーの一種なのですが、その作品世界に賢治らしいオリジナルな部分が感じられませんし、描写も賢治にしては平凡です。
 特に、ラストがこの種の作品では一番やってはいけない「みんな夢だったのです。」というオチのつけ方なのです。
 また、作品が書かれた時代から無理はないとも言えるかもしれませんが、人種差別的な内容や表現も目立ちます。
 
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青山文平「ひともうらやむ」つまをめとらば所収

2018-08-14 09:52:31 | 参考文献
 第154回直木賞を受賞した短編集の巻頭作です。
 幕末の地方の藩における友人夫婦の刃傷事件に巻き込まれて、武士を捨てて釣り道具の職人になった男の話です。
 最近のエンターテインメント作品の傾向なのか、この作品も描写や文章力で読ませるのではなく知識の披瀝や状況の説明でストーリーを展開していきます。
 確かに物語に必要な情報は効率よく読者に伝達されているのですが、文学性や滋味などは望むべくもなく、人物像も紋切り型で物足りませんでした。
 このような作品が評価され、多くの読者にも読まれているとしたら、児童文学の世界だけでなく、文学全体が大きく変質しているのでしょう。

つまをめとらば
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文藝春秋
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大塚英志「方程式でプロットがみるみる作れる」物語の体操所収

2018-08-13 08:23:13 | 参考文献
 ここでは、大塚は八十年代に人気のあった小説やコミックスがそれぞれ物語の構造が同一で古典的なものであったことを、蓮實重彦の「小説を遠く離れて」などを引用して述べています。
 そして、それらは、プロップの「昔話の形態学」やミッシェル・シモンセンの「フランスの民話」で分析されているように非常に起源が古く、「七つの登場人物」に分類できる「三十一の機能」を持つことを示しています。
 そして、この方程式通りに書くと「エンターテインメント」が、何らかの方法でこの方程式を解体して書くと「純文学」ができあがります。
 ほとんどの書き手は、この方程式を意識しないで書いていると思われます。
 エンターテインメントの書き手になりたいのならば、もっと意識してみるといいかもしれません。
 純文学の書き手の場合には、方法論よりも何を書きたいかが優先されることが多いと思います。
 ただ、どのように描くかを考える時に、この方程式を頭に入れておくと有効と思われます。

 
物語の体操―みるみる小説が書ける6つのレッスン (朝日文庫)
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朝日新聞社
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吉村萬壱「夏の友」虚ろまんてぃっく所収

2018-08-12 08:26:32 | 参考文献
 「夏の友」とは、夏休みの宿題のドリルのことです。
 題名だけでなく、小学校五年の夏休みを父方の実家で過ごした思い出を描いた前半は、まるで70年代か80年代ごろの「現代児童文学」の作品のようです。
 緻密な子ども時代の記憶や個性的な登場人物の描き方は、やや性的な表現はあるものの毒にも薬にもならない作品が多い現在の児童文学作品より、今の子どもたちにとっても面白いかもしれません。
 後半の大人になった主人公が出てくるようになると、吉村独特のエロとグロが満載の独自の作品世界が広がります。
 でも、こういった世界をストレートに描くより、それを内包しつつ抑えた表現で描いた前半の方が、一般的な読者には受け入れやすいのではないかと思いました。

 
虚ろまんてぃっく (文春e-book)
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文藝春秋
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ミスター・インクレディブル

2018-08-11 20:47:25 | 映画
 2004年のアカデミー長編アニメ映画賞を受賞した作品です。
 2018年に公開された続編の「インクレディブル・ファミリー」と比べると、CGの技術はかなり古いですが、普通の人間になろうと苦悩するスーパーヒーローたちの苦悩は良く描けています。
 また、家族全員のスーパーパワーがバランスよく描かれていて、母親(イラスティ・ガール)に偏っていた「インクレディブル・ファミリー」よりも楽しめます。
 赤ちゃんのジャック=ジャックがパワーに目覚めるのも、続編(実際には14年かかりましたが)を期待させています。
 なお、ラストシーンは、「インクレディブル・ファミリー」の冒頭の部分につながっています。

Mr.インクレディブル (吹替版)
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丸尾美保「大正期におけるロシア昔話の受容について」

2018-08-11 15:56:06 | 参考情報
 日本児童文学学会の第51回研究大会で、発表された研究発表です。
 大正期には、驚くほどたくさんのロシア昔話が日本で紹介されたそうです。
 その変遷と原典、訳者による違いなどを丹念に調べた労作です。
 ただ、発表が淡々とレジュメを読むだけで、用意されたプロジェクターなども使われなかったので、せっかくの内容が時間切れで十分にアピールできてませんでした。
 調べたことをレジュメ通りに話すのではなく、考察の部分をパワーポイントなどを使ってまとめたりして、プロジェクターを使ってもっと詳しく説明すればよかったと思いました。
 また、司会者たちの再三の注意に従わずに、終了時間を超過してそのまま話し続けたのも好感が持てませんでした。
 しかし、今回発表された研究は、鈴木三重吉の訳の変化と雑誌「赤い鳥」の関係など、もっと考察すれば面白くなりそうなテーマでした。
 また、「なぜその時代にロシア昔話」なのか、当時の政治的、社会的背景との関連などについても研究を広げられると思います。

ロシアの昔話 (福音館文庫 昔話)
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進撃の巨人 Season2 覚醒の咆哮

2018-08-10 18:48:09 | 映画
 「進撃の巨人」Season2(第26話から第37話まで)の劇場版総集編です。
 今までの劇場版総集編(その記事を参照してください)と同様に、ストーリー全体の流れはわかるようになっているのですが、細部が欠けているので正確に理解するのは難しいです。
 全体的には、初めは人間対巨人の戦いだったものが、次第に人間同士(あるいは人間が巨人に変身したもの同士)の戦いに変化しているので、いいもん側と悪いもん側があまりはっきりしていなくて、巨人を倒した時の達成感(もともと巨人=絶対悪とするのも一種の差別なのかもしれませんが)がかなり減っています。 
 また、これは戦闘物やスポーツ物のマンガやアニメに共通することなのですが、次第に人間ドラマを描くシーンよりも戦闘や試合や練習のシーンが増えていきます。
 このことは、「進撃の巨人」でも同様のことが言えそうです。
 最後に、男性ファンにはミカサ・アッカーマンやクリスタ・レンズのような美少女キャラクターが、女性ファンにはリヴァイ兵士長やエルヴィン隊長のようなかっこいい男性キャラクターが魅力なのは言うまでもありません。

劇場版「進撃の巨人」Season2-覚醒の咆哮-[初回限定版Blu-ray]
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ポニーキャニオン
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神沢利子「あほう鳥とくじら」いないいないばあや所収

2018-08-10 11:40:55 | 作品論
 誰もが子どものころに経験する、家具や庭木を使った空想の冒険ごっこの日々。
 私も友だちやいとこたちとしましたし、私の息子たちも特に二段ベットを使って熱心にやっていました。
 そのうそっこ(私の育った地域ではうそんこといっていました)と本当(同じくほんこといっていました)の世界の区別がつかないさらに幼い子どもたちの様子が、この作品では鮮明に描かれています。
 子どもの成長に欠かすことのできないこれらの発達段階のリアルとファンタジーの入りじまった世界は、おそらく児童文学の世界(特にファンタジーにおいて)の大きなよりどころでしょう。
 その時の記憶を大人になっても忘れないでいられることは、児童文学作家の大事な資質のひとつです。
 この作品は、そんな児童文学作家の創作の秘密を垣間見せてくれます。
 
いないいないばあや (岩波少年少女の本)
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岩波書店
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