エッセイ「なぜ私は社会科塾講師になったのか?」
第19回 大学時代4
前回,一緒にいて幸せな友人に出会えた,というお話をしました。
その同時期に,やっと趣味が見つかりました!
それが今回のお話です。
前回お話したように,大学1年の後期で,なんとなくとった「西洋近代美術史」の授業。
これが,私にとって運命の出会いでした。
当時の私は,歴史というものに興味がありませんでした。
大学1年の春から夏にかけて,趣味を探す一環で,歴史関連の本も読んだけれど,
面白いとは思っても,それ以上ハマらなくて・・。
美術は,元々は好きでした。とくに絵を描く方。今思うと,上手な方の絵を描く子でした。
しかし,小5のいじめの際に,自分の絵についても馬鹿にされました。
写実画や静物画,などのリアルな絵は上手な方でした。(抜群にうまいわけではないですが・・)
しかし,大人びた絵を描いていたので,親に描いていると思われていました。
左の絵は,小3のときのもの。好きなぬいぐるみを描こう,というテーマだったかな?
もっと上手な絵があったのですが,もうどこへ行ってしまったのか・・・。
逆にマンガ絵は,当時はとても下手でした。
母がリアルな絵もマンガ絵も上手だったので,
いじめのとき,友人(仮)に「お母さんは絵が上手なのに,セザールちゃんは絵が下手だね。本当にお母さんの子?」と言われ,
だんだんと自分の絵に自信がなくなってしまいました。
小5・6のいじめられたときの担任は,私に対する評価がすこぶる低く,小4までは絵画コンクールによく選出してもらっていたのに,
小5からはまったく選出されず,図工の評価も低かった。
中学生の1~2年のときは,先生が美術でなく音楽の先生が美術を担当し,
「ダダイズム」のなんたるかを知らないのに,「ダダイズム」以外の美術を認めない,
つまり,私のような写実的なまじめな絵画を描く人を評価しない先生でした。
そのころは勉強ができるようになり,そちらの方が楽しいので,
美術に対して,「もうどうでもいいや。先生は,私が私でいるかぎり,私のことは認めないから。」とあきらめていました。
幸い,中3のときは,美術の専門の美術の先生が美術の担当になり,
私の絵を評価してくれたので,
なんとか美術の内申点が「5」になって助かりましたが・・。
でも,もうそのころには,
まったく美術への興味が薄れ,
内申「5」をもらっても,
「やった!もう1つ上のランクの高校を受けれる!」という
受験に関する気持ちだけしかなく,
「美術」で「5」をもらえたこと自体は,もうどうでもよかったようです。
どの科目でもいいから「5」をもらえればよかっただけでした。
(上の絵は,中3の夏休みの課題で描いた「夏の静物」。)
高校では友人との時間が大切で,「美術」の授業を選択したものの,
「大学受験は,内申関係ないから適当でいいや。」と思い,本当に「適当」に授業を受けていました。
左の絵は,高校2年のときに描いた作品。テーマは「自分の好きなもの」。
当時は古典が好きだと思い込んでいたので・・。
でも,絵と和歌の内容がマッチしたいない気がする・・。
大学1年の時点で,
私にとって「美術」は苦い思い出しか思い出せないものになっていました。
「どうせ,私の絵は評価されない!」とやさぐれていました。
そんなとき,「西洋美術史」を受けました。
最初の授業のとき,先生が,
「美術と政治・当時の権力者は大きく関係していて,
ときには美術はプロパガンダとして使われていた!」とおっしゃいました。
衝撃が走りました。
それまでは,
「美術というのは心のキレイなものの結晶」
「美術を観賞するときは,この作品は良い物,という前提で見るもの」
と私は思いこんでいました。
それが違うとは!!
「絵画という視覚的アピールしやすいツールを使うことで,当時の人々に,意図した印象を与えやすいのだ。」と。
私は,小5のとき,ある人物が意図的に流したうわさというツールで,
私に対して悪い印象をインプリンディングさせられた友人(旧)たちにより,いじめられました。
なので,「意図的に相手に自分の思い描く印象を与える」ことに対し恐怖を覚えていました。
それまでは,それに対して逃げの姿勢でいました。
しかし,もし,自分が,そちらほう(意図的に相手に印象を与える)をすれば?
いじめのように,他人に対し「悪い印象」を与えるのではなく,自分に対し「良い印象」を与えられるのではないか?
他人に対し,自分を「良い人・できる人」という印象を与えるにはどうすればいいのだろう?
その方法を,「西洋近代絵画」は教えてくれるかもしれない!と。
(※こちらは先生がおっしゃったのでなく,私だけが考えたことです。)
先生の授業で,
「絵画を上手にプロパガンダとして使った代表的な人にナポレオン・ボナパルトがいます。
彼は,自分の戦争に従軍画家を連れていき,自分の軍人としての素晴らしさを国民に伝えようとしました。
さらに,当時,著名な画家であったダヴィッドという画家に,自分を描かせることで,国民に
自分はアレキサンドロス大王やハンニバルに並ぶ『英雄(エロイカ)』であると印象つけるような絵画を描かせた。」と。
その『英雄』であると印象づけた絵画は,私たちがよく見る,ナポレオンが馬にまたがっている絵画です。
高校時代に私も,ダヴィッドが描いたナポレオンの絵画を見て,「ナポレオンってすごい人そう。」という印象を持っていました。
「ナポレオンとダヴィッドにやられたり!やるなナポレオン!すごいぜダヴィッド!師匠!」と感動しました。
1回目の「西洋近代美術史」の講義のあと,
私はナポレオンやダヴィッドの本を買いあさり,たくさん読みました。
ダヴィッドの本は日本に少なく,いろんな本屋を探し歩きました。(笑)
実際の絵画も観たいと思い,美術展にもいろいろ行きました。
そうすると,次第に,「歴史」そのものと,「美術」そのものに興味が出てきました。
小5~中2までで失われた美術への情熱も再燃しました。
「あのときの先生たちは,私のまじめな絵画を気にいらなかった。でも,私は,そのまじめな絵画を追求しよう!」と。
私の興味を持ったダヴィッドとは新古典主義の代表的な画家で,新古典主義はまじめな絵画です。
「まじめな絵画しか描けない」で侮辱され続けた私。
でも,「まじめな絵画」が根底になければ,新しい芸術は生まれなかったのだ。
それで,久しぶりに,自分で絵を描きました。
そうしたら,ひどい出来に・・。
小4までの絵が描けない。あのときの方が上手だった・・。
すごくショックでした。6年以上のブランクはとてつもなく重いものだった・・。
でも,
それよりも
「ダヴィッドのような絵を描きたい!」が先立ちました。
左の絵は当時描いた,ダヴィッドの『自画像』の模写です。
全然,似てないし,つまらない動きになってしまった・・。
大学1年の秋での「西洋近代絵画史」の出会いから,
「フランス革命とナポレオン時代」
が好きになり,それに派生して,
「ナポレオン」「ダヴィッド」の2人が大好きになり,
フランスそのものが大好きになり,美術史全体が好きになり・・,西洋史全体が好きになり・・と
「西洋史」と「絵画」が私にとって,
10年経った今でも,一番好きなもので,
長く続く趣味になりました。
趣味があると,辛いことやイライラすることがあっても,ストレス発散できる。
趣味って素晴らしい!
大学1年のお話はここまでです。
次回は,これと同時期での部活(能楽部)とマンガに関するお話です。
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