96年作品。おそらく世界初の“パソコン通信を題材にした映画”である。東京に住む食品会社勤務の昇(内野聖陽 ID:ハル)と盛岡在住の美津江(深津絵里 ID:ほし)は映画フォーラムのチャットで知り合い、メール交換を始める。最初は本音を隠して相手の出方を探る二人だが、次第に惹かれ合うようになる。監督はお馴染みの森田芳光。
これは実にチャーミングな佳篇である。しかし、勝因はなんと“パソコン通信を題材にしようとして原案を練ったわけではない”ということなのだ。“映画において文字を読ませるにはどういう方法があるかと考えたときに、パソ通があるなと思いついた”(by 森田)。映画のテーマは通常は演技や映像、セリフによって語られるが、もし文字によってそれが可能ならば従来とは違うテーマの切り口が得られるのでは・・・・と考えること自体がノーマルな映画人らしい野心の持ち方であり、決してマニアのそれではない。
単なるパソコンおたくが映画を作るとメカやネットワークに対する説明に終始し、ストーリーもナゾのオンラインソフトをめぐるサスペンスものとか、回線を通じてのゲーム合戦とか(笑)、どうやっても“ネットワーキングの映像化を目指す”ことを出発点にしているため狭い世界に入りこんでしまうと思う。対してこの映画はマニア的趣向を排除し、メニューもチャットと電子メールしか出てこない。
根底はラブストーリーであり、ネットワーキングは二人のコミュニケーションの手段であり、それが文字だけであるため様々な誤解を生むが、逆に気持ちを文字として整理するため心情の揺れが的確に表現されてしまう。特に前半、ほしはネット上で男だと名乗っていて、それはウソなのだが文面に自分を偽る痛々しさが出ていて、それがハルによって頑なな心が和らいでいくプロセスをこれまた文字だけで表現していく展開には、作者のコミュニケーションに対する真摯な態度が窺われてこころよい。
映像的仕掛けの面白さは全盛期の森田をほうふつとさせる。ディスプレイ画面の描写が全篇の半数以上を占め、一見そっけないが、文字の出てくるスピードや行数などに細心の注意が払われており、見ていてあまり疲れない。新幹線に乗ったハルと線路の近くにいるほしがハンカチを降り合ってお互い知らせる場面は特に素晴らしい。顔は知らなくても確実に相手は存在している、そんな不思議な感覚が画面を覆い、ビデオの粗い映像と共に強く印象に残る。
目からウロコが音をたてて落ちたのは、主人公の二人が過去に送ったメールのタイトルをスクロールするところ。二人の心境の変化の履歴が一目瞭然で、まさにネットワーキング以外では不可能なアプローチだ(たとえば手紙ではこうはいかない)。あと作劇面では、エッチなことばかりメールに書いてくるヘンな女の子(戸田菜穂 ID:ローズ)が主人公二人にからむくだりが面白い。反面、ほしに結婚を迫る屈折した青年実業家や彼女の昔の恋人(事故死している)の友人が出てくる場面はつまらない。奇をてらってハズしてしまうこの監督の悪い癖が出ている。
文字だけで真心が、好意が、賛同が、批判が、そして恋愛感情さえもが伝わってしまう電脳メディアの不思議。またそれを可能にしてしまう人間の心の奥深さ。今日のようなインターネットが普及する以前に、通常の意志伝達の手段とは別のコミュニケーションの方法を持ってしまったネットワーカーの幸運(あるいは不運?)を実感せずにはいられない。野力奏一の音楽と高橋比呂志の撮影も要チェック。
これは実にチャーミングな佳篇である。しかし、勝因はなんと“パソコン通信を題材にしようとして原案を練ったわけではない”ということなのだ。“映画において文字を読ませるにはどういう方法があるかと考えたときに、パソ通があるなと思いついた”(by 森田)。映画のテーマは通常は演技や映像、セリフによって語られるが、もし文字によってそれが可能ならば従来とは違うテーマの切り口が得られるのでは・・・・と考えること自体がノーマルな映画人らしい野心の持ち方であり、決してマニアのそれではない。
単なるパソコンおたくが映画を作るとメカやネットワークに対する説明に終始し、ストーリーもナゾのオンラインソフトをめぐるサスペンスものとか、回線を通じてのゲーム合戦とか(笑)、どうやっても“ネットワーキングの映像化を目指す”ことを出発点にしているため狭い世界に入りこんでしまうと思う。対してこの映画はマニア的趣向を排除し、メニューもチャットと電子メールしか出てこない。
根底はラブストーリーであり、ネットワーキングは二人のコミュニケーションの手段であり、それが文字だけであるため様々な誤解を生むが、逆に気持ちを文字として整理するため心情の揺れが的確に表現されてしまう。特に前半、ほしはネット上で男だと名乗っていて、それはウソなのだが文面に自分を偽る痛々しさが出ていて、それがハルによって頑なな心が和らいでいくプロセスをこれまた文字だけで表現していく展開には、作者のコミュニケーションに対する真摯な態度が窺われてこころよい。
映像的仕掛けの面白さは全盛期の森田をほうふつとさせる。ディスプレイ画面の描写が全篇の半数以上を占め、一見そっけないが、文字の出てくるスピードや行数などに細心の注意が払われており、見ていてあまり疲れない。新幹線に乗ったハルと線路の近くにいるほしがハンカチを降り合ってお互い知らせる場面は特に素晴らしい。顔は知らなくても確実に相手は存在している、そんな不思議な感覚が画面を覆い、ビデオの粗い映像と共に強く印象に残る。
目からウロコが音をたてて落ちたのは、主人公の二人が過去に送ったメールのタイトルをスクロールするところ。二人の心境の変化の履歴が一目瞭然で、まさにネットワーキング以外では不可能なアプローチだ(たとえば手紙ではこうはいかない)。あと作劇面では、エッチなことばかりメールに書いてくるヘンな女の子(戸田菜穂 ID:ローズ)が主人公二人にからむくだりが面白い。反面、ほしに結婚を迫る屈折した青年実業家や彼女の昔の恋人(事故死している)の友人が出てくる場面はつまらない。奇をてらってハズしてしまうこの監督の悪い癖が出ている。
文字だけで真心が、好意が、賛同が、批判が、そして恋愛感情さえもが伝わってしまう電脳メディアの不思議。またそれを可能にしてしまう人間の心の奥深さ。今日のようなインターネットが普及する以前に、通常の意志伝達の手段とは別のコミュニケーションの方法を持ってしまったネットワーカーの幸運(あるいは不運?)を実感せずにはいられない。野力奏一の音楽と高橋比呂志の撮影も要チェック。