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元・副会長のCinema Days

映画の感想文を中心に、好き勝手なことを語っていきます。

「森崎書店の日々」

2011-03-09 06:37:40 | 映画の感想(ま行)

 とても肌触りが良く、好きなタイプの映画に仕上がっている。勝因の一つは、神田神保町を舞台にしていることだ。古本を扱う店舗が建ち並ぶこの街は、先端のメディアを追い求める世相からは隔絶した空間である。

 もちろん商売である以上、他の業界と同じくそこにはシビアなビジネスの構図が存在するはずだが、流れる時間は確実に外の世界よりも遅く、ゆったりとした空気が漂う。ただしそれは、いずれは衰退してゆくそのスピードが遅いということでもある。多くの者が古書自体に価値を見出せなくなった時代にあっては、縮小均衡に向かうしかない。だが、日常を離れて羽を休めるには絶好のスポットだ。

 ヒロインの貴子は恋人だと思って付き合っていた会社の同僚から“別の女と結婚する”と軽く言われ、ショックを受け仕事も辞めて引きこもり状態になる。そんな彼女に声を掛けたのが、神保町で小さな古本屋を営む叔父の悟だ。二階の部屋が空いているから越してこないかと言う。家賃は不要で、時たま店の番をしてくれるだけで良いとのこと。

 気分転換を兼ねて叔父の世話になることにした彼女だが、それまで知らなかった書物の魅力を理解出来るようになり、同時に太平楽に生きているように見える叔父の屈託も知るに及び、確実に心境の変化が訪れる。

 神保町の雰囲気、そして天井まで古本が積み上げられた叔父の店の佇まい、特に屋上でくつろげる二階の部屋の造型等には、観ていてホッとするものを感じる。人生の僅かな時間でも良いから、こういうところで暮らしてみたいと、切に思う。古くからやっている喫茶店のマスターや、本が大好きなそこのウエイトレス、また彼女に想いを寄せる若い男など、幾分浮世離れはしているが皆味がある。

 しかし、ここは“いつまでもいられる場所”ではないのだ。人の心に踏み込んでいくことに対して臆病だった貴子は、叔父の“応援”を得て自分を振った男に本音をぶつけることになる。ここのパートだけが明らかに異質で、それが否定的な評に繋がっている例も目にするが、私はこれでいいと思う。こういうシビアな場面がなかったら、ただフィーリングが良いだけの“環境映画”になってしまったはずだ。また、ヒロインの転機を扱う上でも重要な作劇部分だと思う。

 主演の菊池亜希子は初めて見る女優だが、本業がモデルだけにスタイルが良いのは当然として、何とも柔らかいオーラを纏っており好感度が高い。まだ深い演技は無理だが、長回しに耐えられるだけの粘りもある。この年代(20代後半)には他にあまり良い人材がいないだけに、これからも映画に出て欲しい。

 叔父に扮する内藤剛志も今回はノンシャランな出で立ちが板に付いた妙演だ。岩松了や田中麗奈、きたろうといった脇の布陣も万全で破綻がない。これが長編第一作になる日向朝子監督の腕前はけっこう達者だ。原作は八木沢里志の同名小説。ビターなテイストも組み入れられたスローライフな映画で、観れば何か本を手に取りたくなる。なかなかの佳作だ。
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