元・副会長のCinema Days

映画の感想文を中心に、好き勝手なことを語っていきます。

「山の焚火」

2025-01-24 06:22:35 | 映画の感想(や行)
 (原題:HOHENFEUER)85年作品。ストーリーだけに着目すればとんでもないインモラルなシロモノであり、単なる怪作として片付けられるところだ。しかし、この舞台設定とキャラクター配置によって、何やら神話の世界のような雰囲気を醸し出している。ヌーボー・シネマ・スイスの旗手として知られるフレディ・M・ムーラーによる作品で、85年のロカルノ国際映画祭にて大賞を獲得している。

 アルプスの奥地で、荒れた農地とわずかな家畜にすがってささやかに生きる4人の家族が主人公。十代半ばの息子は、生まれつき耳が聞えない。だが、しっかり者の姉のサポートもあり健やかに育っている。ある日、些細なことで息子は父親と仲違いし、家を飛び出して山小屋で一人暮らしを始める。姉はそんな弟を心配してたびたび小屋を訪ねるのだが、やがて何と姉の妊娠が発覚してしまう。思いがけない近親相姦に激高した父親は、猟銃を持ち出してすべてを終わらせようとする。



 バックに控えるアルプスの大らかな自然の風景に対し、序盤から登場人物たちの周囲には神経質なくらいに繊細な緊張感があふれている。それをさらに強調するのが音響だ。風の音やハチの羽音、または柱時計の針音などが、静謐な情景の中で効果的に扱われている。まさに何かが起きる“予感”が画面の隅々にまで漲っている。そして、その中に生きる息子の思春期独特の肉体の焦燥感も浮き彫りになっていく。その切迫感が、観る者をとらえて離さない。

 姉と弟との性交渉というモチーフも、こういうドラマ設定の中ではごく自然に納得させられるのだ。もちろん作者は彼らの行為を異常なものとして扱っておらず、その罪を批判する姿勢も見せない。このような設定では“自然なもの”として描かれているのだ。しかし、親の世代のモラルとしては許されない。

 終盤の筋書きと、それに続くエピローグは、一般的な道徳律の世界から離れた“彼方の次元”へと旅立つような映画的スリルを味合わせ、圧倒される思いである。ピオ・コラーディのカメラによる映像は痺れるほど美しく、作品の格調高さに貢献している。トーマス・ノックにヨハンナ・リーア、ロルフ・イリック、ドロテア・モリッツらキャストはすべて好演。なお、タイトルの意味はラストシーンで分かるのだが、実に深い余韻を残す。

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