チエちゃんの昭和めもりーず

 昭和40年代 少女だったあの頃の物語
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昭和42年

2008年05月29日 | チエの玉手箱
「昭和42年」はチエちゃんの中で、特別な年です。
早生まれのチエちゃんは、9歳の小学4年生。
何が特別なの?と問われても、答えに詰まってしまうのですが、とにかく特別なのです。

 それは、こんなことではないのかと自分なりに分析しています。
それまでは、まだ幼く、自分中心の世界に生きていたわけで、小学4年生の頃に少し成長して、ようやく周りのこと、世の中の出来事に興味や関心を持ち始めたからではないかと・・・。

 その年の一番大きな出来事は、担任の先生が女の先生から、若い男の先生に替わったことでした。
小木先生です。チエちゃんたちは小木先生が大好きでした。子供というのは敏感で、少しでも若い人、自分達の年齢に近い人が好きものなのです。
よく風邪を引いてお休みする先生の下宿に、授業中に押しかけ、自習時間に何をやるのか聞いたものでした。先生もいい迷惑だったろうと思います。

 それから、グループサウンズ・ブーム。
42年のヒット曲には、タイガースの「君だけに愛を」「モナリザの微笑」、ブルーコメッツ「ブルー・シャトウ」などがあります。
「ブルー・シャトウ」の替え歌、
「森とんかつ 泉にんにく かーこんにゃく まれてんぷら しずかにんじん 眠ルンペン・・・」と、よく歌ったなあ。
少女マンガにも、タイガースやテンプターズの写真がいっぱいあった。

 フォーク・クルセダースの「帰ってきたヨッパライ」がヒットしたのも、この年でした。

 アメリカのサスペンスドラマ「逃亡者」が最終回を迎えたのもこの年ですって。
主人公リチャード・キンブルが、毎回危機一髪のところで逃げ切るおもしろさは、「24」どころじゃなかった気がします。

 それからね、チエちゃんの中では今でも、総理大臣といえば、佐藤栄作さん、アメリカ大統領といえば、ニクソン大統領(42年は違う人みたい)です。
あの頃は、総理大臣も大統領も、天皇陛下みたいに死ぬまで代わることはないと思ってた。

 もう一つ、お相撲さん、横綱といえば、やはり大鵬・柏戸を思い出します。
今は、外国人力士ばかりで、どうもねえ・・
今ではNHKだけが放送していますが、あの頃は民放もやっていて、アニメを見られなくなることがとっても不満でした。

 世の中のことに関心を持ち始めたなんて書きましたけど、これ、テレビばっかりですね。

 今日どうしてこんなことを思い出したかと言いますと、実は「昭和タイムズ」42年が届いたからでした~。
エヘヘ、受け売り~。