5月8日(日)。今年も、母の日に花を贈ることができた。
姑も、実家の母も80歳を過ぎて健在である。ありがたいと思う。
実家を訪問すると、母が買い物に連れて行ってほしいというので、連れだって出かけた。
母は、腰が曲がり、歩くのがつらいからだ。
駐車場へと向かう坂道を下りながら、母は唐突に話し出す。
「わたしは、もう何にも思い残すことはなくなったよ。
80歳まで生きたんだもの。
母親よりも、父ちゃんよりも、2人のあんちゃんよりも長く生きた。
2~3年前までは、お父さん(チエちゃんのお父さんのこと)を残して、
先に逝ったらと思うと心配だったけど、今はもうそんなことも思わなくなったよ。
残った人は、残った人でやっていくものさ。
だから、もうなんにも思う残すことはないんだ。」
「・・・・・」
父親と2人の兄をガンで亡くした母は、自分もガンになると思い込んでいる。
何か身体の変調がある度に、医師の診察も受けないうちから、今度こそ絶対にガンだからと身辺整理を始める。
タンスには下着・靴下・夏物・冬物などの貼紙がしてあるし、押し入れには毛布・布団・夏掛けなど、台所にもお葬式などの行事用の食器がどこに入っているかなどが貼り付けてある。
そして、必ず言うのだ。
お父さんをひとり残して逝くのが心配だと。
炊事はできないだろうし、掃除や洗濯だってひどいものだろう。
男やもめに蛆がわくというけれど、きっとゴミ屋敷になるにちがいない。
近所付き合いだって、上手くできるだろうか。
そんな母を、父は「また母ちゃんの病気が始まった」とあきれた顔をして見ている。。
「どうしたの? 急に、そんなこと言って。」
「ん? だから、もう何の心配もなくなったんだよ。」
年を取るということは、そんなものなのかなと思った。
いや、きっとまた、取り越し苦労をしているのだろう。
けれども、近い将来、私は母との別れに向き合わなければならいのだとも思った。