12月6日 東京砂漠の金星と木星

2008年12月07日 | 風の旅人日乗
午後5時27分、旧東京商船大学キャンパスの横から、南西の方向を見たら、
こんな都会の真ん中なのに、まぶしい明かりの中で、
金星と木星がくっきりと夜空に輝いていた。
嬉しくなって写真を撮った。
右に見えているのは、月島(中央区)と越中島(江東区)を結ぶ相生橋。

午後2時から東京江東区の門前仲町で、東京海洋大学ヨット部OB会の忘年会。
旧・東京水産大学ヨット部OB会と旧・東京商船大学ヨット部OB会が統一されて初めての忘年会だ。
世間の人々が仕事に追われている中、ええ、飲み始めましたよ、午後2時から。

とても楽しい時間だったが、この日一番嬉しかったのは、
茂在寅男先生とゆっくりお話ができたこと。
茂在先生は、東京商船大学ヨット部を設立された方でもある。
95歳のお誕生日を間近に控えた94歳。
ぼくは、茂在先生が、東京商船大学教授として現役最後の時期の学生で、
先生から生の授業を受けることができた幸運な学生の一人だった。
以前から、東大での海洋文化シンポジウムや横浜国際ボートショーでのトークショーなどで、
茂在先生を至近距離でお見かけしていたが、
なんといっても茂在先生は人気者なので、
なかなか話し掛けるチャンスが回って来なかった。

今日はごく内輪だけの忘年会。ドキドキしながら、
「先生、25回生航海科のNです。
先生の、コンパスの自差修正の授業と、コリオリの力の教え方の分かりやすさがとても印象に残ってます!」
と勇気を持って、しかし緊張して話しかけさせていただいた。
「おお、君か。覚えてるよ。ヨットばかりで、授業なかなか来なかったな。
学校の越中島のポンドから九州までヨットで帰ったんだったよな」。

本当に、ビックリした。
今から30年以上前の、ただの劣等生である。
そんな学生を覚えて下さっていたとは・・・。
わずか数年前に挨拶したことがある人の顔を忘れることさえある最近の自分としては、
宇宙人のような茂在先生の記憶力に、心底驚いた。
そしてそれ以上に、ヨットばかりやっていてどうしようもなかった学生のことを覚えてくれていたことに、
心から感動した。

この日のうちに仕上げなければならない仕事があって、
とても残念なことに2次会には参加できなかったが、
お幾つになっても元気一杯の茂在先生とお話ができて、とても幸せな時間だった。

2次会に向かうみんなと泣く泣く別れた後、夜の仕事のための酔い覚ましを兼ねて、
富岡八幡と永代寺と成田山とにお参りして、それから参道で買った煎餅をかじりながら、
葉山までの帰宅コースを考えた。

門仲から月島まで散歩して、
地下鉄に乗って銀座一丁目に出て、
銀座の伊東屋で海外の友人たちに送るクリスマスカードを買って、
そして銀座から新橋まで歩いて、
それからJRとバスで新橋から葉山に戻る、
というコースに決めた。

越中島から月島に渡る相生橋の手前、
母校のキャンパスに置かれている明治丸の横でふと空を見上げると、
金星と木星が、都会の夜景に負けずに輝いている。
これには心底感動した。
写真も撮った。
けど、そのあと葉山に帰ってからの徹夜仕事にも、心底疲れた。
人生、ロマンだけでは生かしてもらえないものだね。

今後数日は、切羽詰った仕事に追いかけられます。
ジェロニモの太平洋横断航海の更新は、次回(いつかな?)ということで・・・。
申し訳ありません。