早いものでもうお彼岸を過ぎた。朝夕はめっきりと涼しくなって気持ちよい秋風が吹いている。けれどもまたまた巨大な台風が今週末にも襲ってくるそうで、その被害が怖い。今年の異常気象は何とかならないものだろうか。台風が通り過ぎるまで首をすくめて隠れていなくては。
ミニ菜園、夏みかんの木の下に今年も彼岸花がお彼岸に併せて咲きました。
この一ヶ月、色んなことがあった。まず、私の左半身問題。ダットスキャンやMRI検査の結果はうすうす感じていたようにパーキンソン病、もしくはその症候群だと神経内科の先生からお話しがあった。一昨日のことだ。治療は薬とリハビリ。特にリハビリが大事だと。先月からジムで水中歩行に取り組んではいたが、改めてリハビリに精を出しなさいと言われたのだった。心配で付き添ってくれた妻や娘、杏莉ちゃんも一緒にお話しを聴いてくれたのだが、ラジオ体操を新たに始めたと言うと、「それは良い、効果があるだろう」と先生も褒めてくれた。毎日が日曜日の私、私の仕事はリハビリになる。
薬はパーキンソン病とその症候群では種類が違うような旨を話してくれたが、取りあえず最初の薬を処方された。かなりきつい薬だそうで最初の2週間は1日に半錠、その後20日間は1日1錠に増やし、その時点で薬の効果を見極めるというものだった。パーキンソン病には特効薬は無いと聞いていたが、気長に向き合うことが必要だと再認識した。と言うことで昨日から薬を飲み始めた。効果はまだ分からない。
秋と言えば運動会。先週の日曜日、アンちゃんが通うカトリック幼稚園で運動会が催された。アンちゃんにとっては初の運動会。パパママ両家のジジババも応援を楽しみにしていたのだが、丁度奏汰君、啄人君の小学校の運動会とダブったのでばぁばは小学校の方へ顔を出した。奏汰君が小学校最後の運動会になるので見納めになると思ってのことだった。
年少クラスのアンちゃん、まず最初はかけっこ。練習では1番になると頑張っていたのだが、本番はスタートで逡巡したためか、3番となった。先生のスタートの合図にあまりにも早く応じたので他の子がついて行けず、そのために思わず立ち止まってしまったのが原因だと見て取れた。あまりにスタートが良すぎたのだ。それでも走りっぷりは良く、懸命に頑張りましたよ。
その次は音楽に併せて踊るリズム演技。曲はももクロの「シャオインシャオ」。踊りや体操が大好きなアンちゃん、表情豊かに踊り回りました。
最後のゲームは「ハリサシ競争」 ウサギさん・かめさんチームに分かれて針縫いを競うもの。アンちゃんはかめさんチームのラスト。玉留めする役。お友達と手をつないで元気にグラウンドを駆け抜けました。
今年の運動会は熱暑の影響もあって午前中だけ。最後に卒園生の徒競走があって、卒園後6年になる和君もでた。先生方の中には覚えておられる人もいたようで、和君、頑張って成長の跡を見せた。
運動会の翌日、北九州市民囲碁まつりに参加した。黒崎にあるデパートの催場で開催されたのだが、試合形式は1チーム5人の団体戦。私は毎週通っている足原囲碁クラブの大将四段として出た。実は8月末にも小倉囲碁センターで納涼囲碁大会が開催されたのだが、その時も5人チームの大将で参加してチームは優勝したのだった。その時に小倉の代表として是非とも参加して欲しいと囲碁センターから言われていたので、それを実現したことになる。
開会式
大会は九州・山口各地から64チームが参加し、東京の日本棋院からもゲスト棋士として溝上知親九段、武宮陽光六段も参加するという規模が大きいもので、会場はものすごい熱気に包まれていた。
足原囲碁クラブは8月と全く同じメンバー、やる気十分で臨んだ。試合は4戦し、勝ったチーム同士が組み合わせとなるため、優勝はチーム四戦全勝が最低条件。四戦全勝が複数いれば個人の勝ち数が優先される。その日私は前日のアンちゃんの運動会の疲れからか気分はなぜか停滞気味だった。そのためか、一回戦は途中慎重さを欠いて負けてしまった。それでも副将以下が順当に勝って二戦目に駒を進めた。そしてチームも私も順調に勝ち進んだ結果、チームは四戦全勝、個人は14勝6敗で戦いを終えた。
溝上九段から賞状を授与された足原囲碁クラブの会長。
準優勝の賞状
成績発表の結果、我がチームは全体で準優勝だった。優勝は福岡の元気溌剌高校生チームで個人成績で及ばなかったのだった。それでも準優勝は嬉しい。1年前に私が足原市民センターの囲碁クラブに顔を出し始めてこのような囲碁大会に参加することになったのだからなおさら嬉しい。大将としての責任も果たせたというものだ。
ミニ菜園、夏みかんの木の下に今年も彼岸花がお彼岸に併せて咲きました。
この一ヶ月、色んなことがあった。まず、私の左半身問題。ダットスキャンやMRI検査の結果はうすうす感じていたようにパーキンソン病、もしくはその症候群だと神経内科の先生からお話しがあった。一昨日のことだ。治療は薬とリハビリ。特にリハビリが大事だと。先月からジムで水中歩行に取り組んではいたが、改めてリハビリに精を出しなさいと言われたのだった。心配で付き添ってくれた妻や娘、杏莉ちゃんも一緒にお話しを聴いてくれたのだが、ラジオ体操を新たに始めたと言うと、「それは良い、効果があるだろう」と先生も褒めてくれた。毎日が日曜日の私、私の仕事はリハビリになる。
薬はパーキンソン病とその症候群では種類が違うような旨を話してくれたが、取りあえず最初の薬を処方された。かなりきつい薬だそうで最初の2週間は1日に半錠、その後20日間は1日1錠に増やし、その時点で薬の効果を見極めるというものだった。パーキンソン病には特効薬は無いと聞いていたが、気長に向き合うことが必要だと再認識した。と言うことで昨日から薬を飲み始めた。効果はまだ分からない。
秋と言えば運動会。先週の日曜日、アンちゃんが通うカトリック幼稚園で運動会が催された。アンちゃんにとっては初の運動会。パパママ両家のジジババも応援を楽しみにしていたのだが、丁度奏汰君、啄人君の小学校の運動会とダブったのでばぁばは小学校の方へ顔を出した。奏汰君が小学校最後の運動会になるので見納めになると思ってのことだった。
年少クラスのアンちゃん、まず最初はかけっこ。練習では1番になると頑張っていたのだが、本番はスタートで逡巡したためか、3番となった。先生のスタートの合図にあまりにも早く応じたので他の子がついて行けず、そのために思わず立ち止まってしまったのが原因だと見て取れた。あまりにスタートが良すぎたのだ。それでも走りっぷりは良く、懸命に頑張りましたよ。
その次は音楽に併せて踊るリズム演技。曲はももクロの「シャオインシャオ」。踊りや体操が大好きなアンちゃん、表情豊かに踊り回りました。
最後のゲームは「ハリサシ競争」 ウサギさん・かめさんチームに分かれて針縫いを競うもの。アンちゃんはかめさんチームのラスト。玉留めする役。お友達と手をつないで元気にグラウンドを駆け抜けました。
今年の運動会は熱暑の影響もあって午前中だけ。最後に卒園生の徒競走があって、卒園後6年になる和君もでた。先生方の中には覚えておられる人もいたようで、和君、頑張って成長の跡を見せた。
運動会の翌日、北九州市民囲碁まつりに参加した。黒崎にあるデパートの催場で開催されたのだが、試合形式は1チーム5人の団体戦。私は毎週通っている足原囲碁クラブの大将四段として出た。実は8月末にも小倉囲碁センターで納涼囲碁大会が開催されたのだが、その時も5人チームの大将で参加してチームは優勝したのだった。その時に小倉の代表として是非とも参加して欲しいと囲碁センターから言われていたので、それを実現したことになる。
開会式
大会は九州・山口各地から64チームが参加し、東京の日本棋院からもゲスト棋士として溝上知親九段、武宮陽光六段も参加するという規模が大きいもので、会場はものすごい熱気に包まれていた。
足原囲碁クラブは8月と全く同じメンバー、やる気十分で臨んだ。試合は4戦し、勝ったチーム同士が組み合わせとなるため、優勝はチーム四戦全勝が最低条件。四戦全勝が複数いれば個人の勝ち数が優先される。その日私は前日のアンちゃんの運動会の疲れからか気分はなぜか停滞気味だった。そのためか、一回戦は途中慎重さを欠いて負けてしまった。それでも副将以下が順当に勝って二戦目に駒を進めた。そしてチームも私も順調に勝ち進んだ結果、チームは四戦全勝、個人は14勝6敗で戦いを終えた。
溝上九段から賞状を授与された足原囲碁クラブの会長。
準優勝の賞状
成績発表の結果、我がチームは全体で準優勝だった。優勝は福岡の元気溌剌高校生チームで個人成績で及ばなかったのだった。それでも準優勝は嬉しい。1年前に私が足原市民センターの囲碁クラブに顔を出し始めてこのような囲碁大会に参加することになったのだからなおさら嬉しい。大将としての責任も果たせたというものだ。