今回は、「色絵 花鳥文 小皿」の紹介です。
これは、平成2年に、地元の田舎の古美術店から買ってきたものです。
それまでは、田舎の古美術店には、古九谷とか古九谷様式と言われるようなものは売っていませんでした(><) ですので、これは、私が田舎の古美術店から買ってきた古九谷とか古九谷様式の第1号と言えるもので、私にとっては記念すべき物となります(^-^*)
古九谷伊万里説が少しずつ浸透してきて、古九谷と言われていた物が少しずつ値を下げ、それに伴い、少しずつ田舎の市場にも登場するようになったからでしょう。
この小皿につきましては、その辺の事情のことも含めて、既に、かつての拙ホームページの「古伊万里への誘い」の中で紹介していますので、次に、その紹介文を再度引用し、この小皿の紹介といたします。
表面
側面
裏面(その1)
裏面(その2)
生 産 地 : 肥前・有田
製作年代: 江戸時代前期
サ イズ: 口径;14.6cm 高さ;2.8cm 底径;7.9cm
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<古伊万里への誘い>
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*古伊万里ギャラリー114 古九谷様式色絵花鳥文小皿 (平成19年10月1日登載)
使用擦れのひどい小皿である。それでも、表面の使用擦れが酷くても、裏面の使用擦れまではそれほどでもないのが普通である。
ところがこの小皿、表面の使用擦れのみか裏面の使用擦れまで酷くなっている。裏面の赤など消えかかっている。どれだけの期間、どれだけの頻度で使用されたのかは不明であるが、相当に使い込まれたことだけは確かである。
当時は、高価な貴重品として、国内の富裕層向けに作られたものであろう。でも、死蔵されることなく、盛んに使用されていることがわかるわけである。
きっと、皆に愛玩され、繰り返し、繰り返し使用されたのであろう!
「どのような方が、どのような時に使用したのであろうか!」
そんなことを空想させてくれる、愛らしくも気品のある小皿である。
江戸時代前期 口径:14.6cm 高台径:7.9cm
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*古伊万里バカ日誌52 古伊万里との対話(花鳥文の小皿) (平成19年9月筆)
登場人物
主 人 (田舎の平凡なサラリーマン)
朝 顔 (古九谷様式色絵花鳥文小皿)
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・・・・・プロローグ・・・・・
主人は、今度は何と対話をしようかと「押入れ帳」をめくりながら検討していたら、平成2年に買ってきて以来書棚に飾ってある古九谷様式の花鳥文の小皿とはまだ対話をしていないことを発見した。
書棚に飾ってある物達とは既に全部と対話済みと思っていた主人にとっては大変に嬉しい発見であった。
そこでさっそく対話をしようと思って書棚から小皿を引っ張り出してきたが、小皿に描かれた花が「朝顔」であることに気付いてしまった。
時は秋である。「これではちと季節はずれになるな!」とは思ったが、「伊万里の文様は季節に関係の無い文様との組み合わせが多いんだ!」、「読書の秋でもあるから、源氏物語の「朝顔」を読み直してもらって、それと関連付けてもらえばいいや!」などとの強引な屁理屈を並べ、対話を強行しはじめた。
主人: お前は書棚の中にいるので、ちょくちょく見かけてはいるんだが、今、よく見たら、「朝顔」が描いてあるんだね。「花」が描いてあることは知っていたんだけど、そこまでは知らなかったな。
朝顔: 私のことなど、どうでもいいので、気付かなかったんでしょう。
主人: ま、そういうわけでもないが、意外と詳しくは見てないものなんだね。「心ここにあらざれば見れども見えず!」というところだろうか。
ところで、私は、「朝顔」というと、雅な王朝文学の「源氏物語」の「朝顔」を思い出すな~。
朝顔: ご主人様は、「源氏物語」に造詣が深いんですか?
主人: この~! 嫌味を言うもんじゃないよ! 年寄りをひやかすもんじゃないぞ!
自慢じゃないが、「源氏物語」は、大学受験の際に拾い読みした程度だ。それから半世紀近くも経過しているので、それさえもほとんど忘れてしまったが、所々は少し覚えている。「朝顔」も、その「所々は少し覚えている」分野の一つかな。と言っても、「朝顔」という巻名があったことぐらいしか覚えてはいないが、、、、、。トホホだね。
朝顔: そうでしたか。今度、ゆっくりと「源氏物語」を読んでみてください。特に、「朝顔」のところはじっくりと読んでくださいね。
主人: わかった。今度、図書館から借りてきて、ゆくりと読んでみよう。勿論、口語訳のものになるけどね。
ところで、私は、お前を、平成2年に買っているんだ。しかも、地元の田舎の骨董屋でね。それまでは、地元の田舎の骨董屋なんかには、およそ、古九谷などは出てこなかった。そういう点では記念すべき出来事だったと思う。この頃から、田舎の骨董屋にも、ポツリ、ポツリと古九谷が出現するようになってきたと思うね。
朝顔: それまでは田舎の骨董屋さんには古九谷は出てこなかったんですか。
主人: そうなんだ。古九谷は骨董品の中でも別格だった。「田舎になんか在るわけがない! 在ったとしてもそれは偽物にちがいない!」という風潮が強かったからね。だから、たまに出てきても別格扱いだった。
「やきもの」は、陶器の場合は傷も許されたが、磁器の場合は厳しかった。例えば、陶器の場合は、抹茶茶碗なんか、補修をした箇所をむしろ一つの景色として尊んだりしているね。それで、わざわざ茶碗を割り、それを補修したりもしている。でも、磁器にはそんなことは許されていないな。だが、古九谷の場合は、「古いんだから、多少の傷はしょうがないんだ。」と、傷に対しても寛容だったね。
朝顔: それで私には傷があるんですか。
主人: 勿論、無キズにこしたことはないが、古九谷の場合は多少の傷は許されるんだよね。その許される理由だが、以前は、古九谷は数が少なく極めて貴重で高価でもあったから、多少の傷も大目に見てもらえたんだろう。でも、古九谷伊万里説が普遍的となって、古九谷の数が多くなってきた現在では、その理由も変わってきていると思う。古九谷の場合は、素地が純白ではないから、多少の傷の補修跡もさほど目立たないからだろうかね。鑑賞にそれほどの支障がないからだろう。